第1話 

 桜舞う四月。

 俺は難関私立高校に入学する。

 金持ちでもない俺がこの私立の高校を選んだのには訳がある。

 この学校は、成績優秀者は学費などが免除される。それに、入試で特待生合格すれば、入学にかかるお金や必要な物までタダだ。


 だから、俺は冗談じゃなく睡眠時間以外はずっと勉強した。

 一人になってしまったあの日から。

 修学旅行から帰って来たあの日から。



 ♢



 俺は、父、母、二つ年上の姉、俺、五つ年下の弟の五人家族だった。

 中学三年の五月。

 俺が中学の修学旅行に行っている間に、家族は俺以外みんな殺された。

 当時世間を騒がせていた連続放火魔に家に火をつけられて、寝ていた四人はみんな焼死した。


 修学旅行から帰って来た俺に待っていたのは、家族全員の死と家の全焼というとても受け入れがたい現実だった。

 俺のことを迎えに来た親戚に話を聞いたときは信じられなかったが、実際に自分の目で家が全焼して無くなっているところ、誰かもわからないなってしまった死んだ家族の顔を見れば、嘘だ、夢だ、という思いはものの見事に粉砕され、これが現実だと受け入れざるをえなかった。


 修学旅行の楽しかった気持ちから一転、俺は底の見えない絶望という暗闇に引きずり込まれそうになっていた。

 そんな俺を救ったのは、一枚の写真と家族との約束。

 燃えてなくなった家から奇跡的にきれいなまま出てきたその写真は、俺が五歳の七五三の時の写真、家族全員が映っている写真だった。

 その写真を撮った時に、俺は家族とある約束をした。

 それは、大人になったら必ず医者になるという約束。

 

「お父さん、お母さん、俺お医者さんになる。」

「ふふっ。急にお医者さんになるなんて、どうしたの漂?」

「さっき服着替えてる時にね、お店の人に大人になったら何になりたいって聞かれてね、それで俺考えてお医者さんになりたいって思った。」

「なんで、お医者さんなんだ漂。前までプロサッカー選手になりたいって言ってたろ。」

「えっと、おじいちゃんもおばーちゃんも病気で死んじゃったでしょ。それでね、お父さんとお母さんがおじいちゃん、おばーちゃんになった時にね、病気になっても治してあげられるように、お医者さんになる。」

「漂、お医者さんになったら、お母さんとお父さんだけじゃなくて、お姉ちゃんと了のことも治してあげてね。約束できる?」

「うん。約束する。俺家族みんなを病気から治してあげられるお医者さんになる。」

「家族だけじゃなくて、もっといっぱいの人を病気から助けてあげられるお医者さんになるんだぞ。」

「うん!」


 俺は、この約束の半分を守ることはもうできない。

 だけど、もう半分はこれからの俺次第で守ることが出来る。

 きっと天国から俺のことを見守ってくれている家族に医者になった姿を見せるために、改めて本気で医者を目指すと固く心に誓った。


 この約束と誓いが俺を立ち直らせた。



 ♢



 俺は親戚の家で暮らすことになったが、育ち盛りの子供の面倒を見るのは一般家庭には、お金の面ですごく迷惑をかけることになる。

 だから、俺は優秀な成績さえ収めていればお金のかからないこの高校を進学先に決めた。

 そして、死ぬほど勉強して特待生合格を果たした。

 これ以上迷惑をかけたくないし、高校に入学してからも優秀な成績を収め続ける必要がある俺は、勉強に集中するために親戚の家を出た。

 親戚の家で暮らしていても、いつも一人だからというのも理由の一つかもしれない。


 部屋の鏡の前で変なところがないか確認する。

 今日の入学式で代表挨拶をすることになっているから身だしなみは整えておかなければならない。

 制服を完璧に着こなし、忘れものがないことを確認して、家族の写真に一言声をかける。


「いってきます。」


 俺は一人暮らしを始めた家を出て、徒歩で学校に向かう。

 徒歩だと時間がかかるが、俺は大学の学費の為にお金を節約しているため、新しい自転車を買ってないから仕方ない。

 それに、自転車だと登下校中にほとんど勉強できないから、むしろ徒歩の方がいい。

 

 入学式が始まった。

 俺の挨拶の番がやってくる。


「新入生代表挨拶。今年度入学試験首席、幸村漂。」

「はい。」


 ステージに上がり、決められた挨拶を読み上げて無事に役目を終わらせられた。



 ♢



 入学式から一か月。

 俺は、付き合いが悪いから特進クラスで完全にぼっちになってしまった。

 そんな俺の友達は、体育の授業でいつも余る俺とペアを組んでくれる進学クラスの中谷悠翔だけだ。

 悠翔は、俺が弁当じゃなくて食堂で食べるときは、いつも一緒に昼ご飯を食べてくれるいいやつだ。

 だけど、悠翔は俺が女子に興味ないって知ってるくせに、よくあの子かわいくねと言ってくる。

 いつもは無視しているが、たまたまその日はだれ?と聞き返して俺も一緒にその人を見た。その人は二つ年上の先輩で、学校で一番かわいいと悠翔が言っている。

 だが、そんなのは見た瞬間にわかった。

 ショートカットが良く似合っていて、短い髪をうしろで結んでいるのが綺麗なうなじをちらりと見せ、余計に彼女を魅力的に見せた。

 女子に興味のなかった俺だが、彼女には見惚れてしまった。

 悠翔に聞くと、彼女は『松藤れな』という名前らしい。彼女は常に成績トップで、運動神経も抜群、顔もスタイルもいいまさに才色兼備な人だった。


 先輩を一目見たあの日から、先輩がいると目で追ってしまうようになってしまった。体育祭、文化祭、クラスマッチ、などの、全校生徒で行う行事の時はいつも。

 そして、たまに目が合うと嬉しいし、すごくドキドキした。


 しかし、先輩とは何もなく、先輩は卒業していった。



 ♢



 一年の間、俺は学校が終わるとすぐに大手コーヒーチェーン店に向かい、16時半から20時半まで4時間バイトをして家に帰る。土日と祝日は、10時から18時まで8時間バイトという生活をしていた。

 それで一年間特進クラスでトップであり続け、無事に一年次の学費を全額免除できた。


 先輩が卒業したことで、学校での楽しみは何一つなくなってしまったが、受験勉強が本格的に始まるから勉強に集中出来て、これはこれでよかったのかもしれない。

 そう思いながら勉強とバイトに明け暮れていた春休み。

 一年間無人だった隣の部屋に人が引っ越してきた。

 そして、引っ越しの挨拶に来たお隣さんを見て俺は驚きを隠せなかった。


 隣に引っ越してきたのは、憧れていた先輩。

 松藤れなだったからだ。




 

 

 


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