第10話

 パニックになっていた頭を落ち着かせて、俺は家に帰る。

 頭を落ち着かせても、体はどこか落ち着きがなかった。

 俺は、体も落ち着かせ、いろいろと考えるために風呂に入ることにした。


 お湯の沸いた風呂に入り、髪と体を洗って湯船に浸かる。

 俺は今日初めてデートをした。

 それも憧れの先輩と。

 俺は脳裏から離れない、ついさっきの先輩の行動を考えていた。

 バッティングセンターに行くところからは、予行練習じゃなくて完全に先輩と俺のデートだ。

 先輩はそれをわかってて俺に提案してきたし、俺もわかってて受け入れた。

 公園では互いに体を預けあうようなかんじで一緒に星を見た。

 家の前で俺が先輩の手を離して別れたくなかったように、先輩も俺と別れたくなかったから俺の服を掴んできたのか?

 もしかして、俺のことを好きに・・。

 ここで先輩のキスを思い返し、左頬に手をあてた後、嬉しさと興奮と夢かもという気持ちとが混在してしまったぐちゃぐちゃな気持ちを鎮めるために、顔を湯船の中に沈める。


 ボコッ。

 ボコボコボコボコボコ。


 息が苦しくなるまで耐えて水面から顔を出す。

 はぁはぁ、ふーー。

 水が滴る髪をかき上げ、濡れた顔を手で拭く。

 正直、妹の彼氏を先輩が好きになるとは思えない。

 だから、最後に先輩のしたいことに付き合った俺にお礼をしてくれたんだろう。

 俺はそう結論づけ、風呂から上がった。



 ♢



 玄関のドアを勢いよく閉めてその場にしゃがみ込む。

 そして、熱くなった顔を手をあてて冷ます。

 少しずつ冷えていき落ち着いてくる顔とは対照的に、心の中は、胸のドキドキは治まらない。


 あーーーもう。

 何してんのわたし。

 なんでキスしちゃったの。

 これからどうすればいいの。


 頭の中はどんどんごちゃごちゃとしていき、心はまったく鎮まらない。

 さっきの自分の行動が、彼の顔が、ドラマや映画の一つのシーンのように脳内で何度も何度も再生される。

 そして、そのたびに顔が熱くなり、心臓が激しく鼓動する。

 靴を脱ぎ、荷物を置いて、何とかベッドに辿り着き倒れこむ。


 少し時間が経ち、やっと落ち着いてくる。

 落ち着いてきて、自分が何をしてしまったのか気づく。


「どうしよ。私葵の、妹の彼氏に頬とはいえキスしちゃった。」


 その事実に気づいたことで、自分の本当の気持ちに気づいてしまう。

 なんとなくはわかっていても違うと思おうとしいてた、蓋をして気づかないようにしようとしていた気持ちに。


「もしかして、私いつの間にか幸村くんのこと好きになってた?」


 今まで異性を恋愛対象として好きになったことがないから、今自分が恋してるかどうかわからない。

 でも、好きかもしれないと思っている。


 恋愛にルールは存在しない。

 彼女がいる人を好きになったらいけないことはないし、既婚者を好きになってはいけないわけでもない。

 だから、幸村くんに彼女がいたとしても好きになってはいけない理由は本来ならない。

 けど、幸村くんに葵と付き合うように仕向けたのは他でもない私。

 仮に私が幸村くんのことを好きになったとして、私が今更幸村くんのことが好きになったから奪うというのは虫が良すぎる。

 それに、全く知らない赤の他人ならともかく、今幸村くんと付き合っているのは私の大切な妹。

 私が自分の気持ちを優先させることなんてできない。


 私はベッドの上で仰向けになり天井を眺めながら考え、情報だらけの頭の中を少しずつ整理していく。


 初恋は忘れたくても忘れられない。


 今は亡き私の親友が言っていたことを思い出す。

 私が今幸村くんのことを好きになっているかどうかはわからない。

 けど、私が初めて恋をするのは幸村くんだとなぜか強く思う。

 このままいくと私の忘れられない初恋は、妹と妹の彼氏を取り合う最悪の記憶になりかねない。

 まだ完全に幸村くんのことを好きになっているわけではないから、明日からは最低限の接触にする。

 そして、照れないようにする。

 お隣さんだし、葵のこともあるから関係を断つことはできないけど、これからは幸村くんのことを好きになってしまわないようにしよう。


 頭の中の整理が一段落し、一息つく。

 落ち着くと疲労が一気に押し寄せてくる。


 今日は疲れた。


 私は目を閉じ、襲ってくる眠気に逆らわず身を委ねた。



 ♢



 ガチャッ。


「ただいまー。」


 その一言で俺は目を覚ました。


「おかえり。」


 寝起き感満載の声で言うと、葵はすぐに俺のところまで来て布団をはがした。


「お・は・よ・う。」

「おはよー。」


 俺は目をこすりながら返す。


「珍しいね漂がいつも通りの時間に起きてないなんて。」


 声の感じから怒っているのかと思っていたが、どうやら葵は怒っているわけではなさそうだ。


「昨日はなんかいつもより疲れちゃって。」

「ふーーん。」


 少し何かを疑うような顔をした気がしたが、特にそれ以上何を聞いてくるわけでもなく、葵は朝食の準備を始めた。

 俺は顔を洗い、着替えを済ませる。

 そして、いつもより遅めの朝食を急いで終わらせ、その後すぐに家を出る。

 葵が昨日何していたかを聞いてこなくてよかったと思いながら、俺は気持ち早歩きでバイト先に向かった。




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