第9話
葵と同棲を始めて一週間が経った。
今日は、葵は病院に行く日で、俺は先輩とデートの予行練習に行く日だ。
葵が病院に向かうのを見送って、出かける準備を始める。
そもそも女子と二人で出かけるというイベントを体験したことが無い俺は、こういう時どんな格好をすればいいのか全くわからない。
ネットで調べてみたが、おしゃれはよくわからなかったし、服もそんなに持ってないから、デートでどう振舞えばいいのか、何がタブーなのかだけ確認する。
結局俺は、自分が持っている服の中で一番おしゃれだと思った服を着ていくことにする。
葵を病院まで送っていった先輩とは、あらかじめ待ち合わせをしておいた。
俺は待ち合わせまで時間があったが、早く待ち合わせ場所に行って待つことにした。
土曜日の朝だからか、町は人で溢れかえっている。
待ち合わせ場所の駅も人が多かった。
一応わかりやすいように、モニュメントのような物の近くで待っていることを先輩に連絡しておく。
程なくして、先輩はやって来た。
何度も先輩の私服は見ていたが、今日は一段とおしゃれしているように感じる。
俺はおしゃれがわからないけれど、今日の先輩はいつもより気合が入っているような気がした。
「お待たせ。遅くなってごめんね。」
「まだ待ち合わせ時間より早いですから気にしないでください。」
「そう言ってもらえると助かる。」
先輩と合流して、デートの予行練習が始まった。
俺にとっては人生初のデートだ。
嫌でも緊張で固くなってしまう。
それが先輩に伝わっていなければいいと思い先輩の方を見ると、俺の緊張が伝わったのか先輩も少なからず緊張しているみたいだった。
「まずは、どこに行きますか?」
「えっ。考えてきてないの?」
「先輩がいろいろと教えてくれるんじゃなかったんですか?」
「予行練習って言ったからデートプランくらい考えてきてると思ってた。」
「すいません。」
「じゃあ、今から考えよう。幸村くんはデートといえばどこのイメージがある?」
俺は少し考える。
あまり知らないが、だいたいレジャー施設だろう。
「遊園地とか映画館とかですかね。」
「その二つだと、葵と行くなら映画館だね。」
「デートスポットのイメージを言っただけでしたけど、遊園地じゃなくてよかった。」
「遊園地嫌いなの?」
「トラウマとかで乗れるアトラクションがほとんどないので。それに、俺と一緒に行っても楽しめないでしょうから。」
「遊園地がダメな人って珍しいよね。」
「そんなことないと思いますけど。」
先輩との会話に意識を集中したことで少し緊張が解けてきた。
それは、先輩も同じみたいだった。
「それじゃあまずは、映画館に私をエスコートして。」
俺よりも少し背の低い先輩の上目遣いでのお願い。
先輩は少し恥ずかしがっているのか、頬が少し赤く染まっている。
俺は、その場で抱きしめたいという大きな衝動をなんとか抑え込み答える。
「わかりました。上手くできるかはわかりませんけど先輩のことをエスコートさせてもらいます。変なとこがあったらすぐ言ってください。」
「うん。」
先輩が頷いてから俺は、先輩のエスコートを始めた。
休日だから人が多く、はぐれたらいろいろと大変そうだから先輩の右手をそっと握る。
「離さないでくださいね。はぐれたらいけないですから。」
先輩からの返答はない。
だけど、返事はもらった。
俺の手をぎゅっと握り返す、「うん」という返事を。
先輩のエスコートを始めて二十分程経って、映画館に着いた。
外を歩いていた時よりも映画館の方が人が多い。
それを見て俺は、先輩と距離を詰める。
「えっ、ちょ、どうしたの急に近づいてきて。」
「これだけ人が多いと、かわいい先輩のことをなんぱしたり、痴漢したりしようとするやつがいるかもしれませんから、そいつらから先輩のことを守れるようにするためです。」
「ありがと。・・・・でも・・近すぎだって。」
「先輩何か言いましたか?」
「ううん。なんでもないよ。」
人混みをかき分け券売機の列に並ぶ。
かなり長い列だから、待っている間に見る映画を決められそうだ。
「先輩何見ますか?」
「私は見たい映画二つあるんだけど、一つは葵も見たいって言ってたから、もう一つのSFアクションかな。そっちは私が出すから、葵も見たがってる映画の方のチケットは、幸村くんが来週用に二枚買ってね。」
「わかりました。」
俺には見る映画を提案する権利もないのか。
そう思ったが、俺が見たい映画は先輩と同じSFアクションだったからまあいいか。
今日見る映画は、午後一番に上映されるものを見ることになった。
今はまだ十一時過ぎで、上映まではかなり時間がある。
「先輩昼ご飯はいつにします?」
「映画見るときに何か食べるだろうし、早めに食べようか。」
「そうですね。」
俺と先輩は、映画館から出て昼ごはんを食べる店をネットで探す。
映画館から遠すぎず、値段も高すぎないような店が好ましい。
先輩と話し合って、近くにあるイタリアンの店に行くことになった。
外観は、おしゃれなカフェのような感じだ。
店内は思ったよりも広く、木で作られたイスとテーブルがずらりと並んでいる。
昼食には少し早い時間だから店内は空いていた。
店の奥の方のテーブル席に案内されてお冷とメニューを渡された。
先輩と俺はそれぞれメニューを見る。
パスタにピッツァ、スープ、肉料理、魚料理、野菜料理、米料理、パン料理、デザートとかなりたくさんの種類があり、本格的なイタリア料理の店だとわかる。
料理によっては高いものもあるが、値段が高いものはそれほどない。
俺はラグー・アッラ・ボロニェーゼを、先輩はヴォンゴレ・ビアンコをそれぞれ注文した。
♢
俺たちは会計を済ませて店を後にする。
値段はお互いに千円いってない。
それでいて、あのクオリティ。
見た目も味も完璧な一皿だった。
これなら葵と来るのにもよさそうだ。
もう少し安ければ、個人的に通っていろいろな料理を食べてみたいと思った。
「すごくおいしかったね。」
「はい。値段もそこそこでしたし。」
「葵とのデートもこの店なら間違いないと思うよ。」
「それを今俺も考えてました。」
「そろそろ映画館に行こっか。ポップコーンとか買いたいし。」
「そうですね。」
俺たちは再び映画館へと向かった。
みんな昼ごはんを食べに行っているのか、人がほとんどいなくなっていた。
十二時半の上映時間には余裕で間に合う。
昼ご飯は食べる量を抑えてまだまだ食べられるから、 俺と先輩はフードとドリンクを買いに行った。
俺と先輩は、ポップコーンのLサイズを二人で食べることにする。
その方がデートっぽいという理由からだ。
それから、俺はコーラ、先輩はジンジャーエールのMサイズを注文した。
俺は買ったポップコーンとジュース、トイレに行った先輩の荷物を持ってシアターに入場する。
俺と先輩の席は、ペアシートだ。
俺たちが来た映画館は偶然にもペアシートがあり、まだ空いていたため、来週のデートのために体験しておくことにした。
ちなみに、来週の葵との映画のチケットは、ペアシートで予約しておいた。
ペアシートは、普通の席より少しゆったりした感じだ。
先輩が戻ってきてから俺もトイレに行っておいた。
二人そろってから上映まで、来週葵と見る映画の話を先輩にしてもらった。
映画泥棒のCMも終わり、いよいよ映画が始まる。
映画が始まると、先輩は俺が膝の上に抱えているポップコーンに手を伸ばしてくる。
ペアシートの座席の間の肘掛けにはトレイを置くための穴がなかったため仕方なくこういう形になった。
映画は前評判以上の面白さだ。
ポップコーンを早々に食べ終えた俺たちは、手に汗握る展開の連続にいつの間にか手をつないでいた。
映画が終わり、シアター内の電気が徐々についていく。
シアター内が明るくなって、俺と先輩はお互いに顔を向き合った時に手をつないでいることに気づいた。
すぐにお互いに赤面し、顔を背ける。
けど、お互いになぜか手を離さなかった。
少し時間が経ってから俺と先輩は、手をつないだままシアターを出た。
♢
映画を見た後俺たちは、映画館の近くにあるショッピングモールを訪れた。
ショッピングモールを訪れた理由は、俺が来週のデートに着ていく服を買うためだ。
おしゃれがわからない俺は先輩に相談し、今日先輩に服を選んでもらうことになった。
モール内にある店を一通り見てから先輩が選んだ店に入る。
先輩にいろいろと服を合わせられたり、たくさん試着したりして、オールシーズンの青に近い色のジーンズ、白を基調としたTシャツ、少し大きめの明るいグレーのシャツを購入することになった。
途中からは、店員さんと俺でいろいろ着せ替えをして遊んでいるようにも見えたが、服選びをお願いしている手前文句を言えなかった。
服を購入して店を出ると、時刻は四時を回ったところだった。
俺たちは、モール内のカフェでコーヒーを頼んで一息つく。
「先輩これからどうしますか?」
「当日は幸村くんがこのモールで葵に何かプレゼントしてあげればOKだよね。あとは、家で幸村くんがご飯を作ってあげればデートはOKでいい?」
「はい。葵とのデートでは映画の時間を昼ごはんと時間を空けようかと思ってるんで。」
「だったら、これから私に付き合ってくれない?」
「わかりました。」
俺は先輩に連れられて、電車に乗る。
そして、バッティングセンターに着いた。
「先輩どうしてバッティングセンターに?」
「せっかく・・デートなんだから、私が好きなことも知ってほしいなと思って。」
「そうですか。先輩の好きなことなら、楽しみましょ!」
まず先輩が百二十キロのバッターボックスに入る。
先輩は左打席に入り次々と来る百二十キロの直球を簡単に打ち返していく。
「すごっ。さすが先輩。」
先輩が全球打ち終わり、俺の番がくる。
「がんばってね幸村くん!」
「はい。先輩くらい打つのは無理ですけど頑張ります。」
先輩に応援されるのは普通に嬉しい。
だけど、打てずに恥ずかしい思いをすることになりそうだ。
俺も先輩と同じ左打席に入る。
ボンッ。
勢いよく迫って来るボールを見てバットを振る。
ブンッ。
ドン。
バットは空を切り、ボールは後ろの壁に当たる。
落ち込んでいる暇もなく次の球がくる。
ボンッ。
キィーン。
打球はピッチングマシンの後ろのネットまで飛ぶ。
まともに打てたのはこの一回だけだった。
「まあ、初心者なら百二十キロをバットに何度も当てられるだけですごいよ。」
「先輩、俺に遠慮しないで好きなだけやってください。先輩が打つところを見てるだけで楽しいですから。」
「そう?ならお言葉に甘えて。」
そう言って、先輩は五回ほど続けてプレイした。
先輩が打ち終わった後、今度はストラックアウトの場所へ。
こっちは、俺が六枚、先輩が七枚といい勝負ができた。
バッティングセンターを出ると外は暗くなってきていた。
「そういえば、葵は今日実家に泊まるんですよね?」
「うん、そうだよ。」
「じゃあ先輩、ご飯食べて帰りませんか?」
「いいね。そうしよっか。」
俺と先輩は駅に向かいながらよさげな店を探す。
人が多い時間帯だから、もちろん手をつないで。
「ここはどう?」
「中華ですかいいですね。ここにしましょう。」
俺と先輩は見た目が少し汚い、名店っぽそうな中華料理屋に入った。
中はほぼ満席の繁盛ぶりからして、おいしい店なのかもと期待を膨らませる。
カウンターで二人並んで座りメニューを一緒に見る。
俺は麻婆豆腐定食を、先輩は回鍋肉定食を注文した。
食べている途中で、お互いの料理を交換して食べたりした。
どちらの料理のおいしく、適当に入った店だったがあたりだった。
♢
家の近くまで帰ってきて、俺も先輩もまだ家に着いてほしくなくて公園に入りベンチに座った。
二人で星を見ながら他愛のないことを話していると、先輩が俺の肩に頭を預けてきた。
「ちょっ、先輩?」
「少しこのままでいさせて。」
「じゃあ俺も。」
俺も先輩の方に頭を預ける。
お互いに頭を預けあった状態でなんでもない時間が流れる。
俺は、このなんでもない時間がいつまでも続いてほしいと思った。
けど、終わりはくる。
「もういいよ。ありがと。」
「はい。」
それから俺たちは、手をつないでゆっくり、ゆっくり家に帰った。
家の前までたどり着き、先輩の手を離さないといけないとわかっているが、先輩のやわらかくて、小さい綺麗な手を離したくはなかった。
けれど、俺が手を離さないと先輩はいつまでも家は入れない。
俺は先輩の手を離し、先輩に「おやすみなさい。」と伝えて自分の家に向かう。
すると急に、服の後ろを掴まれた。
「どうしたんですか先輩?」
俺は振り返ろうとする。
「こっち向かないで。そのまま聞いて。」
先輩の声を聞いて振り返るのをやめる。
「あのね、今日はありがとう。葵とのデートの予行練習って言ってたけど、すごい楽しかったし、楽しんじゃった。その・・もしまた時間があったりしたら、・・・・また一緒にデート行ってくれる?」
先輩の声は少し震えているようだった。
そして、俺の服を強い力で握っていた。
「はい。俺も楽しかったです。だから、また行きましょうね!」
俺がそう言うと、先輩は俺の体を九十度自分の方に向かせ、背伸びして俺の左頬にちゅっ、とキスをした。
そして、「おやすみ。」と言って、急いで自分の家に帰った。
俺はというと、しばらくその場から動くことができなかった。
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