第4話

 先輩に料理を教え終わった翌日。

 俺はいつも通りバイトに向かう。

 これまでと違い、少し重い足取りで。

 そして、バイト先に着いて俺は腰を抜かしそうになった。


 なんと、俺のバイト先に先輩がいた。

 しかも、店員として。


 驚きを隠せない俺に、バイト先の先輩が説明しにきた。

 説明しにきたのは牧瀬真希。

 みんなからは真希さんと呼ばれ親しまれている頼もしい人だ。


「新人のことに驚いているの?今日から幸村君と同じ時間働いてもらう松藤さん。今日は少し早く来たから、いろいろ仕事の説明をしてた。ついでだから、今日の朝は私が面倒を見るけど、それ以降は君が先輩として面倒を見るように。」

「ちょっと待ってください。松藤さんは俺の先輩なんです。だから、面倒を見るというのはちょっと。」

「ちょうどいいじゃないか。知り合いならより仕事しやすいだろうし、職場にも馴染みやすいだろう。」

「いやでも―――」

「じゃ、よろしく。」

「ちょっ、真希さん。真希せんぱーい。」


 真希先輩は仕事に戻っていった。

 仕事とはいえ、俺は先輩の先輩になってしまった。

 仕事中なんて呼べばいいんだ。

 頭を抱えながら仕事場に行くと、先輩がすれ違いざまにこそっと囁いてきた。


「よろしくね幸村くん!」


 破壊力抜群のそれは、俺の悩みを吹き飛ばした。



 昼休憩になって先輩と仕事中の呼び方について話し合う。


「先輩のこと仕事中は何て呼べばいいですか?」

「そっか、ここでは私が幸村くんの後輩だもんね。どうしよっか。」

「さすがに先輩のことを呼び捨てとかできませんし。それに、松藤さんってのもなんかしっくりこなくて。」

「うーん、れな先輩ってのはどうかな?」

「れな先輩。れな先輩。いいですね。れな先輩でいきましょう。」

「決まりだね。」



 ♢



 先輩とバイトを一緒にするようになって一週間が経った。

 晩御飯を一緒に食べることは無くなったが、バイトの行き帰りとバイトの時間と先輩と一緒にいられる時間は増えたように感じる。

 だけど、晩御飯を一緒に食べていた時の方が幸せだったと感じていた。


 ピンポーン。ピンポーン。

 風呂から上がって晩御飯を作ろうとしていた時、家の呼び鈴が鳴った。

 ドアを開けると、先輩がいた。


「うおっ。急にどうしたんですか先輩?」

「幸村くんに手料理を食べさせる約束してたから、今日食べてもらおうと思って。いいかなぁ?」

「はいもちろん。あっ、料理運ぶの手伝いましょうか?」

「いいよ、座って待ってて。すぐ持ってくるから。」

「わかりました。」


 完全に忘れていた。

 俺がパンツを見られた時、冗談で先輩に先輩のパンツ見せてと言って、先輩が代わりに手料理食べさせてくれるって言ったこと。

 覚えていて、約束を守ってくれるなんて。


 先輩が料理を俺の部屋に持ってきた。

 炒飯、青椒肉絲、蛋花湯、と中華料理だけだが、どれもとてもおいしそうだ。

 先輩が料理を皿に盛り付け終わった。


「さあ、召し上がれ。」


 だが、俺は食べない。


「幸村くんどうかしたの?」

「いえ、どうもしませんけど。」

「じゃあ、何で食べないの?」

「先輩が食べさせてくれるんでしょ。」

「えっ!どっ、どうしてそうなるの。」

「だって先輩あの時こう言ったじゃないですか。代わりに手料理を食べさせてあげるって。だから、先輩が食べさせてくれるんですよね?手料理を。」


 先輩は顔を真っ赤にした。


「私ちょっとトイレ。」


 先輩はそう言って、逃げるようにしてトイレに駆け込んでいった。

 それを見た俺はこうつぶやかずにはいられなかった。


「あの顔は反則だろ。」


 あの照れているような、恥ずかしがっているような、言葉で表すのは難しい顔。

 照れている最高にかわいい女の子としか言えないような顔。

 きっと、二次元にも三次元にもあれよりかわいい照れ顔はないと言えると思った。

 今もトイレに隠れてあの顔をしていると思うと見たくてしょうがない。

 先輩のことが愛おしい。

 だけど、せっかく先輩が俺の為に作ってくれた料理が冷めてしまうのは嫌だ。

 だから、先輩をこれ以上刺激しないようにしてトイレから呼び戻さなければ。


「先輩、料理が冷めちゃいます。だから出てきてください。」

「だったら一人で冷める前に食べるといいよ。」

「先輩は約束を守ってくれる人でしょ。だから俺は先輩が出てくるまで食べませんよ。それに、感想は先輩の顔を見て言いたいですから。」



 せっかく落ち着いてきたのに、デレてしまった。

 なんであんなセリフが口からポンポンと出てくるの。女をデレさせないと気が済まないの。

 けど、ずっと意地を張っているわけにもいかない。

 幸村くんの言う通り、このままだと料理が冷めちゃう。

 頑張って作った自信作だから、幸村くんにはおいしい状態で食べてもらいたい。

 ここは、私が妥協するしかない。


「わかった。幸村くんに食べさせる。だけど、恥ずかしいから目はつぶって。それを守ってくれるなら・・食べさせてもいいよ。」

「わかりました。目はずっとつぶってます。」


 俺がそう言ったすぐ後に、トイレのドアが開いて、先輩が出てきた。

 先輩は俺の横に座ってレンゲでチャーハンをすくう。


「ほら、目つぶって。食べさすから。」

「はい。」


 俺は目をつぶる。

 そして、先輩の「あーん。」に合わせて口を開ける。

 目をつぶっているからか、いつもより味に敏感な気がする。


「うまいです先輩。炒飯だけじゃなくて、他の料理も早く食べさせてください。」

「ちょっと待って。人に食べさせるのなんて初めてなんだから。」

「そっか。嬉しいです。先輩の初めてを貰うことが出来て。」



 ほんとに何なの。

 目をつぶってても私をデレさせるの。

 幸村くんが目をつぶっててよかった。

 私が幸村くんにデレているところを見られないで済んだ。



 先輩が次の料理を口に運んできてくれるのが遅い。

 ちらっと、本当に一瞬だけ目を開けて先輩を確認する。

 すると、小さい声でぼそぼそ言いながらデレていた。

 急に先輩が俺の方を見てきて焦って目をつむる。

 あぶなかった。

 かわいかったから本当はもっと見ていたかったけど、目を開けたことが先輩にバレたらもう食べさせてもらえないから、ここは我慢する。


 俺は、すべての料理を先輩に食べさせてもらった。

 そして、全て食べ終わって目を開ける。


「先輩、どれも俺好みの味でめちゃおいしかったです。違う料理も食べたいって思いました。今度は自分で食べますから、また俺にご飯作ってください。」

「わかったよ。だけど、私ばっかり作るのはフェアじゃないから、幸村くんも私に何か作ってよね。」

「わかりました。なら、明日からは交互に晩御飯を作るっていうのはどうですか?」

「それじゃあ、明日は幸村くんね。」

「了解です先輩。」

「じゃあ、私は帰るね。」

「皿とかは置いといていいですよ。洗って明日返しますから。」

「ありがとう。なら、今日はもう帰るね。」

「はい、ごちそうさまでした先輩。」

「お粗末様でした。おやすみ幸村くん。」

「おやすみなさい。」


 自分から先輩に交互にご飯作りましょうとか言ってしまった。

 断られたらどうしようとも思ったけど、言ってよかった。

 これで、これからはプライベートでも先輩と関われる。


 さて、明日は何を作ろうか。

 明日からの生活が楽しみだ。


 


 






 






 

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