第3話

 「────そこのアナタ! 大丈夫ですか!?」



 声が放たれる。

 虎市が顔を上げると、そこには広間の反対の通路側から現れた人影があった。

 甲冑と刀剣で武装した、金色の髪をした小柄な少女。



 「……ぼ、冒険者なのか!?」

 「はいその通りです!」



 少女は快活にそう答えると、虎市に素早く駆け寄ってくる。



 「大丈夫ですか、生きてますか? この護符を触っても火傷とかし始めませんか? 信仰上の問題で掛けてほしくない回復魔法属性とかありますか?」

 「あ、アンデッド化とかコンプライアンスとか考慮して対応が丁寧なのは助かるんだが今はそれどころではなくてだな……」



 虎市がよろよろと背後を指差すと、そこには既に広間の入り口に到達した多数の白いナニカの姿があった。

 少女はそれをみて驚きに息を呑むが、次の瞬間キッと表情を改めると、そのまま白いナニカ達に対して身構える。

 瞬間。



 《ケイトリン/能動行動アクション/戦技:咆哮ロアー/発動》



 「がお────────っ!」



 少女が吠える。

 同時、その全身から指向性衝撃波めいた音の波が放射され、白いナニカの集団を強かに打ち貫いた。

 白いナニカ達はその轟音と圧力に倒れ伏し、或いは腰を抜かしたように尻もちを付き、苦悶に動きを止めた。



 「これは……!?」



 虎市は驚愕した。

 少女が何をしたのかはわからないが、一瞬でモンスターの集団が無力化されたのである。

 驚きに固まる虎市を他所に、少女は肩を貸して立ち上がらせるとそのまま広間の外、反対側の通路へと駆け出した。



 「逃げましょう!」

 「お、おう……!」



 少女の言葉に答え、虎市は共に走り出す。

 敏捷の値は未だ高いままであるが、スタミナが回復しきっては居ないため、その速度は少女と同程度である。

 だがそれは少女がかなりの身体能力を以て高速疾走している事に他ならなかった。



 「済まない、助かった……!」

 「いえいえ、冒険者が冒険者を助けるのは当然のことです!」

 「い、いやまぁオレは冒険者じゃないんだが……」

 「え、そうなんですか? なら何故ここに?」



 少女の言葉に虎市はバツが悪そうに答える。



 「いや、俺もよくわからなくてな……ここが何処なのかも、何処へ行けばいいのかもさっぱりで」

 「ナルホド! 私と同じですね!」

 「は?」

 「奇遇!!」



 少女は走りながら親指を立てて此方に笑顔を向ける。

 虎市は顔をひきつらせて言った。



 「じゃあコレ何処に向かって走ってるんだ!?」

 「適当ですね! 私もこのダンジョンで迷ってたところなので何処がどう繋がってるとかはとんと!」

 「残念な回答が力強い! いやどうすんだよ実際!!」

 「この先が出口だったら我々の勝利ですかね……これは一か八かの勝負ですよ!」

 「意義薄い博打だなオイ!!」



 口論にもならないレベルの口論を繰り返しながら二人は通路を抜ける。

 そこは……。



 「行き止まりですね! 残念!」



 通路を抜けた先は大きなドーム状の広場だった。

 眼前には朽ちた何らかの建物の跡が存在しており、異様な存在感を示していた。

 ここがこのダンジョンにとって何らかの意味がある場所であるのは一目瞭然である。

 だが、同時にそこは他に続く通路の存在しない、袋小路の空間でもあった。



 「うーん、何でしょうね此処」



 少女は腕組をし体全体を横に傾けて疑問を表現する。



 「普通こういう最深部みたいな場所にはダンジョンコアがある筈なんですが、ここはそういう感じではなさそうですね」



 少女の言葉にしかし虎市はよく分からず、曖昧に周囲を見渡した。

 広場に存在する建物跡はダンジョンの外壁に存在していた幾何学模様に対して建築様式が違い、その有り様は周囲に対して浮いて見える。

 と、不意に。その建築物のデザインに虎市は既視感を覚えた。



 「これ……神社か?」

 「神殿シュラインですか? それにしては様式が違うようですが。あんまり見たことがないというか」

 「え?」



 少女の応答に虎市は視線を向け、そして気づく。



 「あー、成程。そういえば言葉通じてるなという感じだが、自動翻訳みたいなのが機能しているのか」



 そして神社というものは此方の世界には無いため、近しい概念で翻訳された結果、神社が神殿になったのだろう……と虎市は推測する。

 少女は虎市の様子に怪訝そうな顔をすると声をかけようとし、しかし直ぐに背後を振り返った。



 「追いつかれました!」

 「なっ、もうか……!」



 慌てて虎市も追従すると、そこにはやはり白いナニカの群れがあった。その数は減っているようには見えない。



 「さっき倒れたのは……」

 「《咆哮ロアー》は広域に無力化スタンを引き起こす声を放つ【戦士ファイター】の職能技能ファンクションスキルなんですが、ダメージを与える効果はないんです」

 「成程、用語が多くてよくわからんが……」



 虎市は脂汗を拭いながら呻く。



 「とにかく絶体絶命って話か。くそ、ステを弄ってる時間も取れんな」



 虎市は背後を振り返る。

 鎮座する神社めいた廃遺跡。神を祀る座。

 彼は自分をこの世界に事故のように放り込んだ謎の存在を想起し、思わずつぶやいた。



 「恨むぜ神様よ、こんな巻き込まれ方しておいて最後はコレってのはよ……」



 拳を握りしめ、御社殿のような風体の廃墟を睨む。



 「アンタが神様だったとしたら、何とかしてくれよ……この状況を」



 祈るように呟く。

 否、実際それは祈りだったのだろう。

 実在に何の根拠もない何かに対する、具体性の無い願い。祈願。

 だからだろうか。

 その声が放たれた時の虎市の感情は純粋な驚きであった。



 『────助けを求めるか────』



 突如、虎市の脳内に声が響き渡った。

 驚愕し、周囲を見渡してみても声の主らしきものは見当たらない。

 すわ幻聴かと考えるも、横に居た少女もまた驚きに満ちた顔で周囲を見回している。



 『────汝────迷える者よ────我に助けを求めるか────』

 「誰だ!?」



 虎市は誰何するが、しかし。

 目前に白いナニカ達が迫るのを見て取って思い直し、即座に叫んだ。



 「いや、それよりも! 何でも良いから助けてくれ!!」



 虎市の言葉に声の主は一瞬沈黙し、そして答えた。



 『────具体的にどうやって────』



 「えっ具体的に? や、やっつけてくれ! 目の前のモンスターの群れを!!」

 『────それは────無理かな────』

 「無理なのかよ!!」

 『────その願いは私の力を超えているってやつ────他にはないかな────』

 「ほ、他に!? えー、じゃあここから逃してくれ!」

 『────それはイケる────手段は如何なされますか?────おまかせも選択できますが────?』

 「い、いいから早く! 何でも良いから!!」



 虎市は地団駄を踏む勢いで叫んだ。

 声の主はうむ、と頷く気配を見せると、次の瞬間。



 『承諾した────』



 放たれた声とともに、虎市と少女を光に飲み込んだ。

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