第10話
早朝。
村に煙るような
まだ眠りについたままの村は静寂に包まれ、僅かに生き物たちの囀る音が漏れるのみ。
その中を足音を立てながら歩く人影は、ケイトリンのものだった。
「今日は霧が濃いですねー、これは探索に手間取りそうです。昼前までに晴れてくれないと最悪ダンジョンにたどり着けないかも……困りました」
うーん、と声を上げながら歩くケイトリンの姿は寝間着の上にガウンを羽織ったものだ。
少女は霧の中、冒険者ギルド兼宿屋であるロビンの店の前にある広場に赴くと、その場で大きく伸びをし、柔軟体操を始める。
「
「ゴッブ」
快活に独り言を語るケイトリンに合いの手が入る。
声の方に振り向けば、そこには直立する白い大福があった。
「うわっゴブリンナンデ!?」
「ブッ!?」
ケイトリンは驚愕し反射的に柔軟体操の為に上げていた両腕を勢い良くゴブリンに振り下ろした。
バカンッ、と音を立ててゴブリンは脳天から叩き伏せられ地面にひしゃけて倒れる。
光の粒子となって消えるゴブリン。
「あ、あー……。すいません反射的にやってしまいました」
消えたゴブリンの遺体の後に残った宝石めいた魔核結晶を拾い上げ、語りかけるように謝罪するケイトリン。
魔核結晶は魔物が死亡時に残す構成物質のうち、文字通り核の部分になるものの事だ。
魔物は自然動物とは違い死亡時に肉体が消滅し幾つかの残留物質を残して消え去るが、魔核はその中で必ず残るとされるものである。これがあるという事は、即ちこのゴブリンと呼ばれる白い大福は間違いなく魔物であるという証拠となるのだ。
「────というか、ゴブリンが村に?」
さっとケイトリンの顔色が変わる。
ゴブリンに限らず魔物は自然動物と異なり通常では自然界で活動していることは稀だ。にも関わらず村の中に現れたということは、このゴブリンは十中八九あの探索中のダンジョンから外に出てきた類であることは想像に難くない。
「いけない、もうダンジョンから魔物が溢れてきている……!」
異常な進行度だ、とケイトリンは思った。ダンジョンは発生と同時に魔物を生産──実際にどう生み出しているのかは不明ではあるが──し、それがダンジョン内に収まりきらない、もしくは何かが「外に侵攻するに十分である」と判断した場合にのみ外に出る。
確かに、昨日ダンジョンに探索に入った段階でもゴブリンの生息数はかなりのものだった。その上であれから更に数を増したとしたら?
「────これは、一刻の猶予もない……!」
村にいる戦闘要員はケイトリンのみだ。もしあの数のゴブリンが村に大挙して襲いかかった場合、被害を出さずに対処することは不可能だろう。
直ぐに武装し村の中を捜索、他にゴブリンが侵入していないか確かめた後、早急にダンジョンへ向かわねばならない。
急がねば。ケイトリンは踵を返し、宿へと走った。
◆
「いやー……よく寝てしまった。目覚まし掛けそこねたのは入社直後の新人時代にやらかして以来だなぁ」
朝。
ぼやきながら虎市は宿の二階から食事の為に一階の食堂へと降りる。
と、そこで何やら難しい顔を突き合わせて言葉を交わす数人の男女達を発見した。その中にはロビンの姿もある。
虎市は直後に解散した井戸端会議に一人残ったロビンに声をかける。
「おはようございます、ロビンさん。物々しい雰囲気でしたが何かあったんですか?」
「ん? ああ虎市くんか、おはよう。いや実はね……」
ロビンは顔を顰めながら虎市に語る。
それは、早朝に村にゴブリンが現れた為、原因であろうダンジョンを対処するためにケイトリンが一人で発ったという話だった。
しかも、そのダンジョンで魔物の大量発生が起きていることは確実であるという。
「そんな危険な所へ一人で……!?」
「まぁ俺も止めたんだけど、やると言って聞かなくてね……。それに村にまでゴブリンの侵入を許したとなると実際大事だ、早急に対応しなければならない事態であることは事実なんで止められなくてね」
偵察のための探索とはワケが違うのだけど、と苦々しく言うロビン。
虎市は急な展開に思考が追いつかず、立ち尽くすしか出来なかった。
「俺はこれから近隣の街に冒険者を派遣してもらうよう連絡をしなくちゃいけないから、虎市君は申し訳ないけど食事はそこに置いてあるのを適当に食べておいておくれ」
ロビンはそう言うと早足で冒険者ギルドのカウンターへと向かう。
虎市はそれを見送るしかない。余りにも突然の話であったからだ。
「魔物の大量発生……そんな危険な状況のダンジョンにケイトリンさんは一人で向かったっていうのか」
頭を掻く。
昨日まではダンジョン探索とはいってもまだ余裕のある感じのものを想像していた。実際、偵察としてもう一度潜る程度であればその感覚はそう間違ったものではなかっただろう。
だが、一夜にして状況は急変した。如何に敵があの珍妙な大福めいたゴブリンだとしても、昨日以上の量を相手にするとなると話が違ってくる。
「どうする……行くか?」
固唾を呑み、呻く。
恩返しのために手を貸すというには危険度が大きくなりすぎている。それ以前に自分が赴いたとして果たして彼女の力になるのかも不明だ。最悪足手まといとなり共倒れという可能性も高い。
握る手に汗が滲む。
悩み一歩も動けないでいた虎市に、しかし不意に足元から声がかかった。
「にゃーん」
「……ん?」
虎市が声の主を見やると、そこにはいつの間にか一匹の白いネコが座り込んでいた。
鳴く。
「にゃーん」
「お前……森からケイトリンさんが連れてきてたネコか。今まで何処に居たんだ?」
虎市の問いに当然ネコは答えることはない。
だが、そのネコは暫くの間じっと虎市を見上げた後、すっくと立ち上がり冒険者ギルドの入り口へと歩を進め、そしてまた振り向き虎市を見た。
ついて来い。そう言っているようだった。
「……まさか、案内してくれるのか?」
虎市の言葉にネコは答えない。
だがその佇まいは、彼の行動を待っているかのように感じられた。
「────ち、腰の抜けた話だ。手伝うって覚悟を決めたのに一晩寝たら忘れちまったのか? 調子の良い野郎だな、オイ」
ピシャリ、と自らの頬を張る。
迷いはある。だが、それ以上にあのお人好しの少女を助けねばならないという思いを奮い立たせ、上回らせた。
未だ脚は重いが、それを振り払うように虎市は足を振り上げ一歩を進む。
「大体、ここがゲームめいた非常識な世界で彼女が冒険者だって言っても、見た感じは年端の行かない少女だ。いい大人になって大分経つ俺が任せっきりでのうのうと待っていられるかってんだよ」
独りごち、歩みを進めた虎市はしゃがみ込みネコを撫でる。
「猫、案内頼んだぞ」
「にゃーん」
虎市の言葉にネコは鳴き声を返す。
それは心なしか満足気に聞こえるものだった。
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