第14話

 石畳と石壁による無機質な空間に、白く蠢く影達がひしめく。

 数十分前に虎市とケイトリンがゴブリンと対決した大通路は新たに奥より現れた増援によりさらなる混雑を見せていた。

 最早通路の天井まで達する大福達のすし詰めから吐き出されるように脱した数名のゴブリンらは、手持ち無沙汰といった体で通路を徘徊する。

 と、その時。



 「ゴッブ……!?」

 「ゴッブ?」



 一体のゴブリンが声を上げ、自分たちが来た方向とは逆側の通路の奥を指差した……ような所作を取った。

 ゴブリンらがそちらを見やると、そこにはいつの間にか彼らではない影が立っていた。



 「ゴブリンよ、私は帰ってきました!」



 ケイトリンは堂々仁王立つと大きく声を上げ言い放つ。

 距離を置き背後から見守る虎市は渋面し呻いた。



 「態々此方の居場所を知らせる必要は……」

 「大丈夫、トライチさんが強化してくれた新生超ニューハイパーケイトリンこと私であれば、正々堂々もれなく優位です!」



 自信満々にそう言うと、ケイトリンは手にした大剣を両手で掲げ、そして宣言した。



 「《雷霆付与チャージアップ》!」



 《ケイトリン/能動行動アクション/魔術:雷霆付与チャージアップ/発動》



 瞬間、剣に集った輝きが炸裂し、猛烈な電流となって刀身に収束する。

 帯電した大剣をケイトリンは姿勢を変え、八相──刃を肩口に担ぐように構えた。



 「むんっ!」



 《ケイトリン/能動行動アクション/魔術:魔力放出チャンネルエナジー/発動》



 気合の掛け声と共に全身から青く輝くエネルギーが噴出する。

 放射された魔力の圧力は空気を震わせながら通路を伝導し、魔物達の本能を脅かした。

 ゴブリン達は動揺する。何をしているのかは分からないが、何か拙いことが起きようとしているということだけが視線の先にて猛然と魔力を放出する人間から見て取れたからだ。

 そして、それが意味する所は明らかである。



 「ゴッブ!!」



 白大福が嘶き、ケイトリンに向かい一斉に襲いかかる。

 だが、しかし。



 《ケイトリン/能動行動アクション/戦技:咆哮ロアー/発動》



 「がお────────っ!」



 放たれた《咆哮》がゴブリン達を吹き飛ばす。

 転倒し、或いは苦悶して膝をつく大福らを確認し、ケイトリンは剣を振り放った。



 《ケイトリン/能動行動アクション/戦技:薙ぎ払いクリーヴ/発動》



 距離にして20余メートル。

 届かぬはずの間合いを、しかし。

 剣より放たれた衝撃と稲妻の奔流が嵐となって通路を押し流し、ゴブリンらへと到達した。

 雷光が全てを焼き尽くす。



 「ゴッバァー!?」



 悲鳴すら一瞬で掻き消え、応戦したゴブリン達だけではなく通路にみっちり詰まっていた大福達ごと焼き払った荷電衝撃波の渦が収まると、そこには無数に散らばる魔核結晶だけが残されていた。



 「……うわぁ。これは引きますね」

 「自分のやった事だろうに」

 「いや、正直ここまでとは……こんな《薙ぎ払いクリーヴ》見たことないですよ。通路がすっかりスッキリです」



 唖然とした表情で稲妻を纏った大剣を降ろし、構えを解きながらケイトリンがあたりを見渡す。

 とはいえ、虎市にもその気持は分からなくもない。

 自分の仕込みとはいえ、その効果は予想以上という有り様だったからだ。


 ケイトリンが行った一連の職能技能ファンクションスキルの連続使用は、虎市の発案したものだった。

 【★勇気クラージュ】のレベル2職能技能を確認した虎市は、2つの技能に注目した。



─────────────────────────────────


 《魔力放出チャンネルエナジー》:魔力を放出して能力を高める。上昇率は魔力値に依存する。持続可能。使用中は毎ターン魔力を消費する。


 《雷霆付与チャージアップ》:武器に魔力値依存威力の雷を付与する。また放射することで攻撃の射程を伸ばすことも出来る。


─────────────────────────────────



 《魔力放出チャンネルエナジー》は魔力によって各種能力値を強化する職能技能である。ケイトリンは【★勇気】を習得するために【戦士】のレベルを下げざるを得ないが、この《魔力放出》を使用することで戦力低下を補って余りある能力を得ることが可能となる。

 そして《雷霆付与チャージアップ》……これは基本的に幾つかの【魔術ウィザードリィ】に存在する《魔力付与エンチャントウェポン》と同質のものであるが、ケイトリン曰く雷の属性を付与する魔術は通常では存在しないらしく、希少なものであるらしかった。

 だが、虎市が注目したのはそこではない。真に重要なのは射程距離である。

 虎市は射程距離の延長効果がある《雷霆付与》と剣を振るい周囲の敵を攻撃する【戦士ファイター】の範囲攻撃スキル《薙ぎ払い》を組み合わせる事で範囲攻撃を投射しようと考えたのである。

 その結果がどうなったのか……それは目前に散らばる大量の魔核結晶が語っていた。



 「思った通り、ケイトリンの適性は魔法戦士型だったんだな」



 虎市は腕を組んで頷く。

 ケイトリンの能力値傾向は『エルフの炉』によって戦士としての必要能力値だけではなく魔力も高い水準で保持されていた。

 その魔力から導かれる潤沢な魔力量は多少の職能技能乱用を苦にしない程であり、威力の方も今回のような魔術と戦技の組み合わせでも何れかの効果が物足りないということもない。

 《咆哮》についても低レベルの習得である場合は効果は据え置きで消費魔力が高いという特性が豊富な魔力量を持つケイトリンには相性がよく、そのまま1レベルだけ習得し活用できていた。



 「魔力量の方は……よし、余裕あるな」



 虎市はケイトリンとパーティを組んだことによりお互いの生命力と魔力量を確認できるようになっていた。

 ケイトリン曰く、『パーティを作成し登録する』という行為を行うことによりステータス表示の共有化や通話、情報の送信、アイテムの転送等が出来るという。

 完全にゲームかVoIPアプリかという機能に虎市は鼻白んだが、経験値も共有されるとのことで二つ返事でパーティを組むこととした。



 「おお、レベルが上っている」



 大量のゴブリンを倒した為だろう、虎市のレベル表示は2から3へとランクアップしていた。

 一方でケイトリンには変動がないため、やはり低レベルの魔物を幾ら数をこなした所で得られる経験値はたかが知れているという事なのだろう。



 「よし、魔核結晶は俺が《目録インベントリ》で回収するから、後で山分けしよう。コレに気を取られて追加注文がお出しされる前に奥に急いだほうがいい気がする」



 虎市の言葉にケイトリンは頷くと、未だ帯電する剣を構えたまま前に出る。



 「多分ゴブリン達が詰まってる通路の方に向かって攻撃しながら進めば中枢部に到達できるはずですし、索敵もそこそこに走って行っちゃいましょう!」

 「なんか対処の方法がアクションゲームみたいになってきたな……」



 虎市はぼやきつつも駆け出したケイトリンを追って走りだす。

 ケイトリンの言う通り進行方向の通路には渋滞を起こしたゴブリン達がみっちりしていたが、ケイトリンが剣を振るうと全てが荷電衝撃波によって粒子と消えた。

 追従しながら《目録》の回収口を床上ギリギリに展開し掃除機めいて魔核結晶を回収する虎市は、数字が三桁に到達した魔核所持数を見ながら呟く。



 「これ買取に出したら幾らになんのかな」

 「魔核結晶は魔物からしか採取出来ないのでゴブリンの奴でも小銭くらいにはなりますねー。これだけ貯ればたかがゴブリンされどゴブリンって感じです!」

 「成程……やっぱり取っててよかったなぁ《目録》。やってることは掃除機だが」



 《目録》のリストに魔核とは別に石ころやホコリ等が増えていくのを見ながら走り続ける虎市は、雷光迸らせながら疾走する前方のケイトリンを見やる。

 疾走を続け一際そびえる大福の壁と化した大量のゴブリン達を吹き飛ばすと、やがて視界が大きく開けた。

 通路を抜け、大広間へと出たのだ。



 「トライチさん見てください、ダンジョンコアです!」

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