第15話
「トライチさん見てください、ダンジョンコアです!」
ケイトリンの指差す先、ドーム状に広がる大広間の中央には、淡く明滅しながら浮かぶ巨大な宝玉があった。
幾何学模様の刻まれた巨大球体といった体のそれは、断続的に強く発光すると呼応するように床に刻まれた紋様が輝き、その中から大量の大福──ゴブリンらを発生させている。
「何だ……? ゴブリンを生産してるのか?」
「作り出しているのか何処からか召喚しているのかはよく分かってないんですが、とにかくダンジョンコアはああやって魔物を出現させているんです。なので、ダンジョンコアを破壊すれば魔物の出現は止まりますし、ダンジョン自体も消滅する形です」
ケイトリンの言葉に虎市はふむ、と頷き顎を撫でる。
そもダンジョンというものがまずよく分かっていない虎市であったが、緊急事態につき元世界のフィクションで得た知識を適応して判断するというかなり曖昧で危険な行為を行わざるを得ない状態である。
本来であれば軽率な判断は控えたい所だ。
とはいえ、この状況で取るべき行動はわかりやすい。虎市は言った。
「よく分からんが纏めてやっちまえ!」
「はいっ! 迅速果断に一網打尽です!!」
《ケイトリン/
《ケイトリン/
振り抜かれた大剣より放たれた荷電衝撃波が津波の如く迸り、大量のゴブリン達ごとダンジョンコアを飲み込む。
大広間に居たゴブリンらは一瞬のうちに消滅する──が、しかし。
「!?」
虎市が驚愕に息を呑む。
ゴブリンらを駆逐せしめた一撃を以てしてもダンジョンコアは健在であったからだ。
「アレ喰らって無傷なのか……思ったより硬いんだなダンジョンコアって」
「いや……そんな筈は」
呑気に感想を述べる虎市に対し、ケイトリンは珍しく緊迫した面持ちで呻いた。
困惑気味に言う。
「普通この威力の攻撃を受けて壊れないダンジョンコアはまず無いです。ましてやここはゴブリンを生産しているような低レベルダンジョンなのに……」
「ダンジョンの中枢部がそんなに壊れやすいものなのか?」
「普通は中枢部はボスモンスターがガードしてますからね。てっきりさっき倒した中に混ざっていた上位ゴブリンがそれなのかと思っていましたけど────」
ダメージを受けた様子はなく、まるで何事もなかったかのように中空にて輝く球体。
だが次の瞬間、それは突如として鳴動、放電を始める。
「何だ!?」
驚きに叫ぶ虎市の視線の先、爆発的にエネルギーを放出し始めたダンジョンコアは輝きが最高潮に達した瞬間、圧縮されるように小さくなり、やがて黒点へと姿を変えた。
一瞬の静寂。刹那、空間が軋むように砕け、黒点が空間を飲み込むように膨張した。
姿を表す。
《虎市/
─────────────────────────────────
■エネミーデータ:
名称:レッサーデーモン
分類:悪魔
能力:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
概要:
─────────────────────────────────
「うぐっ!?」
虎市の脳が軋むような激痛に眩む。
目前には突如として発動した《
頭痛に苛まれながら虎市は呻く。
「レッサーデーモン……?」
「
虎市の疑問の声を聞いたケイトリンが驚愕に叫ぶ。
「悪魔は100年前の対魔王戦以降、全く目撃情報の無い魔物って聞いてます! 本当なんですか!?」
「い、いや……そう書いてはあるんだが」
虎市は頭を掻く。
恐らく《鑑定》のレベルが低すぎたか、或いは関連する知識技能が不足しているかで十全な情報を得ることが出来なかったのだろう。判定失敗といった所である。
「とりあえずレベル15らしいが、どうなんコレ!?」
「15……その、私は10ですので」
苦虫を噛み潰したかのようにケイトリンが答える。
虎市は固唾を呑んだ。自分とケイトリンのレベル差は現在7であるが、二人の能力の差は歴然だ。それを踏まえて5レベルの差があるとなると、相当な実力差ということになるだろう。
「ゴブリンばかり出現していたダンジョンに何故悪魔が……いえ、それ以前にコアが魔物になるなんて、聞いたことがありません」
呆然と視線の先にそびえる悪魔の巨体を見やりながらケイトリンが呻く。
この状況は冒険慣れした少女にとっても予想外の事であるらしい。
『■■■■■■■■』
レッサーデーモンの喉が動き、口らしき部位から何らかの音が発せられる。
それが何を意味するのか理解できず虎市は眉を顰めた──次の瞬間。
《ケイトリン/
《レッサーデーモン/
ケイトリンの放った電光斬撃がレッサーデーモンの繰り出したエネルギー球と激突し、互いの中間地点で大爆発を巻き起こした。
余波で大気が大きく波打ち、衝撃で虎市は吹き飛ばされるように背後へと飛ぶ。
(魔術──攻撃魔術なのか、今のが!)
態勢を立て直しながら胸中で呻く。
直接的に威力を投射する魔術を初めて目撃した虎市は驚きに目を見開き、レッサーデーモンへと視線を向ける。
その先では既に、高速でレッサーデーモンへと突撃するケイトリンの姿があった。
《レッサーデーモン/
レッサーデーモンの放つ無数の光弾を突進するケイトリンは《薙ぎ払い》の広域電光を壁として展開、防御する。
対消滅し虫食いの光壁と化した《薙ぎ払い》をくぐり抜け、少女は剣の間合いへと接敵した。
だが次の瞬間、レッサーデーモンの石柱の如き脚が高速で振り上げられた。
砲弾のように突き出された前蹴りに対し、少女は大剣で応じる。
二つの威力が激突し、轟音が大広間を揺るがした。
「す、すげぇ……」
大広間の壁に張り付くようにして観戦していた虎市が感嘆の声を上げる。
ゴブリンのような低レベルの弱敵ではない、本物の脅威たる魔物と冒険者の激突。
その迫力に気圧された虎市は戦いの流れに反応すら出来ずただ見守ることしか出来ない。
「しかし……戦えてはいるが、これは」
虎市の《鑑定》によって格上と目されていたレッサーデーモンに対し、ケイトリンは《魔力放出》を全開にする事で十分に渡り合うことが出来ていた。
仮に同レベル帯のパーティメンバーが数人いれば勝利は盤石だったかもしれない。
だが──それはつまり、現状ではこれ以上はないという事でもある。
「拙いな」
俄に脂汗が滴る。虎市は呻いた。
「ケイトリンのスキル構成は対多数戦用の雑魚散らしビルドだ。……単体で強いボスに対して有効な
虎市の視線の先、巨人と相対する少女の攻撃は一見して猛攻のように見える。
だが、よく観察してみれば実際にはそれはレッサーデーモンの攻撃を迎撃し、或いは阻止する動きでしか無い。有効打がないのだ。
《雷霆付与》の大剣が通用していないわけではない。
だがそれは格上の戦士に対してこの真剣は当たれば殺せるのて勝てる、等とのたまうのに等しい。
ましてや、この巨大な悪魔に何度当てれば勝利できようか。
「
虎市は吐き捨てるように言うと、パーティウィンドウと自らのステータスウィンドウを展開する。
ケイトリンの欄を見るに、まだ生命力と魔力量には余裕があるように見える。だがそれは今はまだ、という話に過ぎない。
ならば虎市に今できるのは支援──即ち
だがどうやって?
虎市は思案する。
「俺のレベルで出来る生半可な
苛立ちに頭を掻く。
「ええい、せめて弱点がわかれば────」
『────弱点が知りたいのか────?』
不意に。
虎市はその声を聞いた。
それは覚えのある……正しく、このダンジョンで昨日聞いた不可思議な声であった。
「な、何……!?」
突然脳内に響き渡った声に驚いた虎市は咄嗟にあたりを見渡す。
そして目に入ったのは──一匹の猫だった。
猫の瞳が輝く。
『────問おう、あの怪異の弱点が知りたいのか? であれば────力を貸そう────』
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