第16話

 『────問おう、あの怪異の弱点が知りたいのか? であれば────力を貸そう────』

 「お前……まさか、ずっとついてきていたのは────」



 虎市は驚愕した。

 あの時聞こえた謎の声の主が、猫の姿でずっと付けてきていたのだ。



 『────どうした────力が欲しく────は────ないの────か────…………』



 と、その時であった。

 虎市の脳内に響く声が、俄にノイズ混じりに霞み始める。



 「な、何だ?」

 『────いか────ん────力の枯渇が────深刻────これ以上────は────……』

 「お、オイ!」



 声はどんどん掠れ、遠くへ消え去っていく。

 虎市は焦り声を上げると、次の瞬間。

 猫が口を開いた。



 「────あーこれ以上はダメなんぬ。もう口でしゃべるんぬ」

 「喋れるのかよ!?」

 「しゃべれるんぬ」



 ハイそうですが何か、的な顔で猫は答える。



 「もう念話する信仰も枯渇して餓死寸前なんぬ。ここからはクチトークなんぬ」

 「き、急激に威厳が……いや、何? 信仰?」

 「ネコは神なんぬ。見れば分かるんぬ」

 「いやわかんねーかな……唯の白猫かな……」

 「まぁ零落して久しいのでちょっと高難易度問題だったかもしれないんぬ。昔はスゴかったし神社もあんなに朽ちてはいなかったんぬ」

 「神社……」



 虎市は思い返す。

 昨日見た謎の神社跡。それは確かに朽ち果てたという形容が相応しい荒れた遺跡という体であった。

 あの場所に祀られていたというのであれば、成程零落した神というのも説得力はある。その上で唯の猫にしかみえないが。



 「急いでるだろうから詳細は省くんぬがはお前に起死回生の逆転奇跡を授けてやれるんぬ。だけどそれをやるには信仰パワーが足りないんぬ。補充が必要ぬ」

 「補充……どうやるんだ!」

 「神のパワーは即ち信仰、信仰とは即ち信心、そして奉納品ぬ」



 猫はちらり、と虎市の開いていたウィンドウに視線を向け、そして告げる。



 「お前の持ってる魔核結晶186個全部賽銭箱に投げるんぬ」

 「はあ!?」

 「お賽銭なんぬ。手っ取り早い信仰補填はそれなんぬ。スピードコースなんぬ、急がねぇとケイトリンちゃんが危ないんぬ? なら迷いなく一括払いが正しい行いぬ。原理原則ぬ」

 「この野郎、足元見やがる猫だな……!」



 虎市の言葉に猫は鼻で笑うように顔を歪めると、前足で床を叩く。

 眼前に空間投影ウィンドウが現れる。



 「ほら、その奉納ウィンドウに投げ込むドラッグアンドドロップんぬ。ネコは拙速を尊ぶんぬ」



 ぺしぺし床を尻尾で叩きながら催促する猫に苛立ちを覚えつつ、虎市は《目録》リストにある魔核結晶を指で弾きフリック、奉納ウィンドウなる窓に投げ込んだ。

 ちゃりーん。



 「虎市さん祈念スーパープレイありがとうございますんぬ~」

 「スーパープレイ……?」

 「祈念スパプ祈念スパプなんぬ。貰って嬉しい信仰心なんぬ。この信仰で打開策を授けるんぬ」



 ネコは得意げに鼻を鳴らすと、視線を大広間の中央──未だケイトリンと激戦を繰り広げる悪魔に向ける。


 「あのレッサーデーモンとお前の呼ぶ怪異は瘴気、邪悪な力の化身んぬ。魔の力なんぬ。よって神聖な力に弱いんぬ。正確には対消滅なんぬが詳細は省くんぬ」

 「な、成程……悪魔には悪魔祓いってことか」



 ネコの言葉に虎市は頷く。

 神社に祀られる神とあの悪魔然とした悪魔では宗派が違う気もしないでもなかったが、そもそもこの神を名乗るネコが虎市の知る既存宗教のものなのかも怪しい所である。当然あの悪魔もだ。

 そういうものだととりあえず自分を納得させる。



 「よって今からの力をお前の武器に宿し神聖武器ホーリーウェポンにするんぬ」

 「俺の武器を?」

 「そうなんぬ。だがこれには問題が幾つかあるんぬ。まずひとつ目にして根本的問題なんぬが、今の信仰量だと大した大きさの神聖武器は作れないんぬ。精々その腰の短剣を聖別するくらいなんぬ」



 言われ、虎市は腰に下げられた短剣に手を伸ばす。

 この短剣はケイトリンを追いかけ村から飛び出した際にロビンが渡してくれたものであるが、その用途は戦闘用ではなくどちらかと言うと山道で藪を払ったり細かい作業に使用するマチェットかサバイバルナイフのような存在である。

 これであの怪物と戦うのはかなり心細い。



 「もうひとつの問題は、お前に神聖武器渡してもあんまり役に立ちそうにないんぬ。ケイトリンに渡したい所なんぬが、があそこに近づいたら多分余波でミンチなんぬ」

 「まぁそれはな……」



 ネコの脆弱さはともかく、虎市についてもお前は弱いとネコに堂々宣言された形だが、全くその通りなので反論しようがない。

 仮に聖別された短剣が本当に効果のある武器であったとしても、当てられなければ意味はないのだ。



 「────確認したいんだが。仮にお前の神聖武器とやらでレッサーデーモンに攻撃できたとして、本当に効果があるのか?」

 「そこは保証するんぬ。30分無償保証なんぬな。良心的神格……」

 「何だその短期保証は。いやそこじゃなくてだな」



 虎市は思考する。状況がどうあれ、事態を動かせる要素がこのネコの神聖武器しかないのであれば、それを用いなんとかするしか無い。

 と、その時であった。



 《対象物品の鑑定:完了/結果を見る

  残り時間:00分

  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■》



 「うおっ、何だ急に!?」



 突如目の前にポップアップしたウィンドウに虎市は面食らうが、それは鑑定を行っていた例の黒いカードの鑑定結果を示す窓であった。

 その鑑定内容に目を通した虎市は数瞬の沈黙の後、投影されていたステータスウィンドウに指を伸ばす。



 「成程、これは……ワンチャンあるか」



 口元を歪め、自身のステータスをリセットする。

 時間は一刻を争う。虎市は迅速にステータスを再構築リビルドすると、ネコに向かい告げた。



 「短剣の聖別を頼む。────俺が一撃ぶちこんでやる」

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