第12話
「……まぁ。アレ以外は、という話だが」
視線を部屋の奥へと送れば、そこには無造作に置かれた装飾された大きめの箱があった。
鍵らしきものはなく、単に物を入れておく為の収納箱といった風体であるが、ここはダンジョンである。
「宝箱ですかねー?」
「そういうのやっぱりあるんですか、ダンジョンって」
「ありますよー、どういう理屈なのかまでは知りませんがダンジョンは魔物だけではなくこうして宝箱も生成してくれるんです。魔物と違って無限湧きはしないんですけど」
不公平ですよね、等と鼻息荒く不満を述べるケイトリンに苦笑しつつ、虎市は警戒しながら宝箱へと近づく。
《虎市/
虎市から放射された不可視の波動が箱を探査するが、それらしい形跡は無い。
万が一に備え虎市は箱の後ろ側に回り込むと、手振りでケイトリンも脇へ退かせた後に箱を開いた。
何事もなく箱は開かれる。
「────滅茶苦茶に丸めた紙が詰め込んであるんだが」
「あ、これは緩衝材ですね。宝箱のトレジャーが小さい場合入れてくれてるんですよ」
「誰が……?」
疑念の声に首を傾げるケイトリンを置いておいて、虎市は丸めた紙を掻き出していく。
果たして、現れたのは手のひらサイズの黒い
「これは?」
「いや、これは私も初見です。小さいトレジャーというと大体宝石とか霊薬とか
それにしても本当に小さかったですね、等というケイトリンの感想を聞きながら虎市はカードを観察する。
カードの大きさはいわゆるICカード定期券やクレジットカード、或いは店舗ポイントカードといったアレらと同じ程度のサイズであり、だが両面共に漆黒であり何か読み取れそうなものは存在しない。
手触りは固く、滑るような無機質さがある為紙でできているという感じではなさそうである。
何であれば前述のクレカかポイントカードか社員証かという感じである。一見しただけでは正体は掴めそうにない。
「……そういえば《
《虎市/
《対象物品を鑑定中。しばらくお待ち下さい。
残りおよそ:30分
■□□□□□□□□□□□□□□□□□□》
「えっ時間掛かんの!?」
思わず声を上げる。
正面に現れた空間投影ウィンドウには《鑑定》の結果が得られるまでの所要時間がご丁寧にバーまで使用して表示されていた。
「普通こういうのその場でパッと情報が出てくるものなんじゃないのか……?」
「あれっ、トライチさん《鑑定》できるんですか?」
不意に、ケイトリンが横から覗き込んでくる。その視線は《鑑定》窓に注がれており、興味深げに眺めていた。
「見えるんですか?」
「《鑑定》の画面は意図して非表示にしておかないと他の人も見れちゃうんです。あれ、結構時間掛かってますね」
「普通はもっと早いんですか」
「私が見たヤツだとそんなに掛かってなかったですけど、未知の物品であるほど時間は掛かるものらしいですね。《鑑定》する側に予め物品に対する情報があればもっと早いらしいです。私が《鑑定》を持ってるわけではないので詳細はわからないんですが……それにしても何か長いですね」
ケイトリンの言葉に虎市はふむ、と頷く。
幾ら【★
リビルド特性はチートの類ではあるのだろうが、根本的な問題として虎市自身のレベルが低いため発揮できる性能もそれ相応というのがある。
今後は鑑定するにしてもリビルドしてからの方がいいのかもしれない。
虎市はそう考えた。
「しかしこの宝箱の中身が状況を打開してくれる、みたいなのを期待しないでも無かったが、そううまい話はなかったか」
「ちょっと
言ってお互いに苦笑する。
虎市はカードを懐に収める所作でさり気なくインベントリに格納すると、さて、と腕を組んで思案した。
「しかしあのゴブリン……? すごい量でしたね」
「そうですね、正直この規模のダンジョンにあんなに同じ種族だけ大量に出現するというのは中々見ない状況だと思います。ダンジョンモンスターは繁殖している訳ではないので必ずしも同一種だけが増えるという感じではないんですが、その上であれなので……何か普通ではない事が起きているような気がします」
「普通ではない事か……」
正直に言えば虎市にとっては此方の世界に転移してきて此の方普通ではない事などなかったので実感が湧かないところであるが、専門家であるケイトリンがいうのであれば頷くしかない。
どちらにせよ魔物が大量に出現していることには変わりがないのだ。
ともあれ、現状を顧みれば考えても仕方が無いことである。虎市は一旦この謎を横に置くことにした。
(それよりも……どうしたものか、あの量は)
心中で呻く。あの通路にすし詰めになるレベルで湧いて出ているゴブリン達を倒すには、対多数攻撃……所謂範囲攻撃スキルが必要になる。
これを今現在用意できるのは虎市をおいて他に居ない……のだが、ここで大きな問題があった。
それは先程の《鑑定》と原因を同じくするもの。
(レベルが足りないんだよなぁ)
思わず首を捻る。ここで例えば何かしらの【
確かにこれによってゴブリン達を一網打尽に出来るかもしれない。
だがそれは長くは続かないだろう。虎市はステータスを魔力に割り振っていないし、仮に割り振ったとしても何度も撃てるほどの魔力量を確保すると相当偏ったビルドになる。そして根本的にレベルが低い虎市ではそれを以てしても何度も範囲攻撃を放つだけの魔力を確保できないのだ。
なんであれば上位種ゴブリンに対しては威力面でも一撃必殺とはいかないかもしれない。
先程のゴブリン達との戦いでレベルアップしていればまだよかったのだが、残念ながらステータスウィンドウのレベルの欄に変動はない。一体倒しただけで上がった前回とは違い、2レベル以降はそう簡単に上がらないようだ。
(この娘をリビルド出来れば話は早いんだがなぁ)
思わず心の中でボヤく。
此の場において最も──というか唯一の戦力はケイトリンである。
ごく短時間肩を並べただけでも彼女が虎市よりもかなりレベルが高いことは確実であった。
とはいえ、リビルド特性は虎市のみの能力であることもまた確実である。
何故ならこの世界でステータスや技能を再調整出来るのであればケイトリンの古巣のパーティは新人を使い捨てたりはしないし、本人も冒険者を引退しようとは思わないはずだからだ。
現実的に考えて彼女をリビルドするというのは流石に虫の良すぎる話である。
《────普通に考えたのであれば。》
(……いや、どうだ? 本当にそうか?)
ふと閃き、知らずステータスウィンドウを展開する。
自らの能力を示す情報の羅列。
そこには相変わらず数値のリセットの項目が表示されていた。
これは自身のステータスウィンドウにしか表示されていない──ハズである。
「……ケイトリンさん、不躾で申し訳ない。一つお願いがあるんですが」
「え、何です?」
虎市と同じく──或いは真似をするように腕を組んで眉にシワを寄せていたケイトリンは虎市の突然の発言に顔を上げ問う。
虎市は暫くの逡巡の後、意を決して答えた。
「ケイトリンさんのステータスを見せて貰いたいんです」
虎市は考える。ステータスとは自身の能力を数値化、及び文章化──つまりデータ化したものだ。
今までこれをゲーム的な単なる数字の集合としか見ていなかった虎市であったが、しかし。
このステータスというものは言ってみればプライベートなもの、つまり個人情報に相当するものである。
元に虎市は冒険者ギルドでロビンによってデータを閲覧された際に異世界人である事がバレそうになっていた。実際は表示されていなかったため正体が割れることはなかったが、これは結果論である。
つまりこの世界において自身のステータスを他人に開示するということに対し強い抵抗感があるかもしれない……というのは想像して然るべき事柄だった。
ギルドでは身の潔白の証明という理由があったが、此の場においてはそのような必然はない。
ましてや相手は年頃の少女に見える。虎市の言動は
虎市は固唾をのむ。
「いいですよ、ハイどうぞ!」
「ワオーあっさり」
ケイトリンは何気なく空間を
投げられるんだ……と虎市がぼんやり思うのを他所に、ケイトリンは笑顔で首を傾げる。
「でも私のステータスなんて見てどうするんです?」
「え? えー……」
余りにもあっさりしていた為毒気が抜かれたような顔になっていた虎市は顔を振って我に返ると、提示されたステータスウィンドウを見た。
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■名称:ケイトリン
レベル:10
HP:183
MP:116
▼能力値
筋力:23
耐久:22
敏捷:18
知覚:15
魔力:23
精神:12
▼クラス技能:
【
▼
《
▼特徴:
『エルフの炉』:エルフの魔力の源である身体特徴を持つ。
『ドワーフの理』:ドワーフの強靭な肉体と同様の体格を持つ。
『小柄』:
─────────────────────────────────
ケイトリンの能力が示される。
そしてその中に虎市はある項目を発見した。
《割り振った能力値をリセット》
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