第8話

 夕食。

 ロビンの手で二人のテーブルに運ばれてきた料理を口にした虎市が放った感想は端的だった。



 「!? うまい……」

 「ですよねですよね! ロビンさんの料理の腕前はちょっと類を見ないですよ、王都の酒場や冒険者の宿でも中々ここまでの料理は出てこないんですよ!」



 自分の感じたことを虎市にも感じてもらえて嬉しいのか、ケイトリンはニコニコしながら料理について熱弁する。

 だが虎市の驚きはロビンの田舎の酒場に似合わぬ料理の腕前に向けられたものではなかった。

 それは一言で表すなら「味が濃い」という事だ。

 虎市は中世欧州風ファンタジー世界の常として食事の質も中世から近世程度のものを想像していた。

 だが実際に口にしたこれは、現代日本人である虎市の舌からしても美味いと感じるものであり、表現は悪いが問題なく食べれる程度のものだ。

 これは恐らくロビンの腕前のみでこの味なのではなく、この世界、この地方の料理は概ねこのレベルの味の濃さが平均的なのだろう。



 「これは助かるなぁ……」

 「ですよね、旅先でこんなに美味しいものが頂けるなんて! 私も初めて食べたときは神様に多めに祈りを捧げてちゃいましたから」



 虎市とケイトリンはお互い微妙にニュアンスを違えながら言葉を交え、食事を進めていく。

 驚きから言葉少なに食べていた虎市だったが、やがて空腹もある程度満たされ余裕が出てきた辺りで自分の非礼に気づいた。



 「すいません、ご馳走して頂いたのに一人で黙々と食べてしまって……」

 「いえいえ、食事なんですから集中して頂くのは当然です! 私もほら、もう平らげちゃいましたし」



 見ればケイトリンの料理は全て空となっていた。その量は虎市の倍はあった筈であるが、虎市の料理が減り半ばという所であるのに対してこれである。

 肉体労働である冒険者であればこの位は当然なのだろう、と虎市は感心する。



 「さすが冒険者という感じですね。……ケイトリンさんは冒険者になって長いんですか?」

 「え、そう見えました?」

 「堂に入った感じで感心しましたよ。旅の途中でこの村に立ち寄られたと聞きましたが、やっぱり冒険の途中だったりしたんですか?」



 虎市は世間話という体で話題を振る。

 実際の所、虎市にとって冒険者という存在はフィクションでは馴染み深いものだが、その知識がこの世界においてどこまで適応出来るものなのか分からない未知の存在でもある。

 実際、ケイトリンは出会いからの流れの荒々しさで失念していたが虎市の認識では背丈の低い、かなり幼い容姿をした年若い少女であり荒事を行うような年齢には見えなかった。

 そういう知識の齟齬、分かってるつもりになってしまっている所を修正するため、虎市はそれとなくケイトリンに冒険者についての情報を聞き出そうとしていた。

 この話題も冒険者の情報を得られないかと行われた、気軽な質問の類に過ぎない。

 ────だが、告げられた言葉は意外なものだった。



 「いえ、実は……私は冒険者を引退しようと思っていた所なんです。所属していたパーティを追放されてしまったので」

 「えっ……!?」



 驚く虎市の視線の先で、ケイトリンは微笑を崩すこと無く続ける。



 「私、以前は迷宮都市という冒険者が沢山集まる所で冒険者パーティに所属して活動していたんです。私が駆け出しの頃から所属していた所だったんですが」



 ────ケイトリンが語る所によれば。

 冒険者というのはその仕事内容は様々であるが、概ねその求められる所は荒事……特に魔物との戦いとなる。

 魔物を統べる魔王が討伐されてより百年、世界は大きな災厄もなく平和そのものであったそうだが、それを支えていたのは冒険者という職業があったからだった。

 天然自然に存在する動物と異なり、魔物という存在は基本的に自然繁殖するのではなく発生するものであり、その発生場所は迷宮……すなわちダンジョンとよばれる施設に限られる。

 このダンジョンというものは世界各地で条件を満たすと突然出現するものであり、こればかりは平和の世となった現在でも途切れること無く出現し続けていた。

 このダンジョンを攻略し、消滅させることで魔物の拡散を食い止めるのが冒険者の主な役割であるという。

 ケイトリンもこの冒険者を志し故郷より迷宮都市へ旅立ち、そして仲間とともに活動していたのだ。……先日までは。



 「私は【戦士ファイター】として活動していたんですが、パーティに加入した際にリーダー格の方に《咆哮ロアー》を重点的に伸ばすよう指示されたんです」



 《咆哮ロアー》。それは虎市も聞き覚えのあるワードだった。

 虎市がケイトリンと初めて会った際に助けられた、【戦士ファイター】の職能技能ファンクションスキルである。



 「《咆哮ロアー》は広域に無力化スタンを与える叫び声を放つもので、【戦士ファイター】が初期から取れる職能技能ファンクションスキルの中では範囲、効果、速射性、コスト……どれを取っても優秀な、強力なものなんです。なので私が《咆哮ロアー》に特化することで他の方々を支援し、戦う────この戦法によって所属していたパーティは連戦連勝、冒険者ギルドの任務もダンジョン攻略も失敗すること無くずっと活動してきたんです」



 ですが、と。

 ケイトリンは力なく笑う。



 「《咆哮ロアー》は強力な攻撃ではあるんですが、欠点というか……無力化スタン自体の欠点でもあるんですが、ある程度のレベルの魔物には効果が殆どないんです。なのでパーティが中堅レベルであるCランクに到達したことにより攻略許可が降りた中規模ダンジョンに出現するモンスターには《咆哮ロアー》を絡めた戦術は機能せず、方向転換を余儀なくされました」



 虎市は声も無く呻く。ここまで聞かされればこの世界について疎いとしても何が起きたのか、想像に難くない。



 「まさか……自分たちで成長方針を指示しておいて、役に立たなくなったらパーティを追放したのか!?」



 思わず声を荒げ、虎市はテーブルを叩く。



 「そんなもの、最初から使い捨てるつもりで利用してただけじゃないか!!」

 「いえ、そんな事は……私は指導の結果、自分の意思で《咆哮ロアー》を伸ばしたので……」

 「それは知識も経験もない新人を自分たちの良いように誘導して使い捨ての道具に仕立て上げただけだ! 指導なんてとても呼べるか!!」



 もはや叫び声となった虎市の言葉にしかし、ケイトリンは黙って首を左右に振る。



 「それでも……私は《咆哮ロアー》を伸ばしたことでパーティの皆さんを助け冒険できたことを、嬉しく思っているんです。だから、これについてはこれ以上はなにもないんです」



 ケイトリンはそう告げ、虎市に笑いかけた。

 虎市は言葉もない。ケイトリンは笑顔の端々に僅かに悲しげな表情は覗かせるが、そこに怒りや嘆き、そして憎しみは無かったからだ。

 本人にこう言われては第三者である虎市には何も言いようがなかった。



 「ただ、同時に《咆哮ロアー》しか使えない【戦士ファイター】は中堅レベル帯では出番はありませんので……冒険者を引退して故郷に帰ろうと思って、その最中にこの村に立ち寄ったんですよ」

 「そんな……」



 虎市は我知らず食って掛からんばかりに前のめりになっていた姿勢を崩し、脱力するように椅子にもたれかかった。

 ケイトリンはそんな虎市を見て苦笑すると、ですが、と声色を改めて明るく言い放つ。



 「そんな時にこの村で魔物が見つかったらしいので調査してほしいという依頼をロビンさんから受けまして。これは最後に冒険者として皆さんのお役に立てるチャンスだなーと!」



 ケイトリンは言いながら拳を握り込んで笑う。



 「なので、トライチさんは安心して村にいらっしゃってくださいね。私が必ずやダンジョン討伐を成功させて平和を守っちゃいますから!」



 出会った時のように快活に笑うケイトリン。

 だが虎市はその明るい笑みを直視することが出来なかった。

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