第2話

 男が意識を取り戻すと、そこは薄暗い部屋の中だった。



 「────ウワーッ!?」



 叫びながら身を起こす。

 慌てて手足を触り確認すると、そこには五体満足な自分があった。

 続き勢いよく周囲を見渡せば、そこには石造りの閉鎖空間がある。

 無音。



 「────」



 男は沈黙し、左右を指差しして確認する。

 幾何学模様の刻まれた、石造りの部屋。正面と右には通路が続いている。



 「……ダンジョンっすな」



 フィクションで得た知識を口にする。

 異世界召喚。ダンジョン。知ってる味のヤツである。

 息を吐く。



 「とりあえず静かに考え事をする時間と空間は与えられた感じで結構結構」



 独りごち、正面を見る。

 そこには未だ浮いたままの謎の空間投影ウィンドウが展開されていた。

 なんとなく体を左右に動かしてみると、そのウィンドウも追従するように移動する。



 「これは……俺に付随しているステータスウィンドウってヤツ、なのか?」



 首を傾げつぶやく。知ってはいるが、同時に初めて見るものでもある。ましてや実在するなど露ほども思っていなかった代物だ。

 男は展開するウィンドウのうち、正面の一つを見た。



────────────────────────────────────

 名称:鵺澤ぬいざわ虎市とらいち

 レベル:1

 HP:60/60

 MP:30/30

 AR物理防御値:10

 AER悪影響抵抗値:10

 ▼能力値

  筋力:10

  耐久:10

  敏捷:10

  知覚:10

  魔力:10

  精神:10

 ▼クラス技能:

 ・なし

 ▼職能技能ファンクションスキル

 ・なし

 ▼特徴:

 ・なし

────────────────────────────────────




 「鵺澤ぬいざわ虎市とらいち……俺の難読名字もちゃんと表示されている」



 男……鵺澤ぬいざわ虎市とらいちは顎をさすりながらつぶやき、指でウィンドウをつつく。

 指はウィンドウに触れ通り抜けそうで通り抜けない何とも言い難い感触を返した。とりあえず触れるようではある。



 「こういうのは大体能力値とかスキルとかが書いてあるもんなんだろうが……何もないな」



 ステータスウィンドウには能力値、技能、職能技能、特徴の欄がパッと見存在する。

 それぞれがどういうものなのかはよく分からないが、問題なのが能力値以外全て空欄なのと、右上の数字である。



 「作成ポイント」



 読み上げる。

 何かを作成するポイントのようだ。だが何を? 虎市は考えた。



 「……これもしかして、キャラメイク状態の窓なんか」



 RPG等の一部のゲームではまず自分の分身であるキャラクターのデータを作成する、キャラメイクから始まることがある。

 初期作成用のポイントを割り振って選択可能な技能を習得したり、能力値を伸ばしたり。そういう事をするゲームを虎市も幾つか遊んだことがあった。

 恐らくこれがそうなのだろう、と虎市は判断する。



 「……多分あの謎空間で説明とかキャラメイキングしてたんだろうな、勇者候補とか呼んでた彼らに。で、俺は考慮の外なので完成前に吐き出されたと」



 適当に当たりをつける。

 幸いなのは自分はキャラメイクさせてもらえないとかそういう事はなかったという所だ。

 何か知らん場所に吐き出された上に何の能力もないとなれば最悪というほか無い。


 虎市はとりあえず能力値と表示されている欄を適当にタップする。



 ▼能力値

 ・筋力:10 → 11



 「お、上がった」



 数値は動いた。だがこれがどの程度の事なのか、これが判断できなかった。



 「よくわかんねぇなあ」

 「ゴッブ」



 虎市のぼやきに同意の声が上がる。

 数瞬、虎市は沈黙の後顔を上げた。

 そこには、モンスターが居た。



 「ゴッブ、ゴッブ」



 それは、直立する短い手足の生えた白い直立する楕円形の何かとしか言いようがないナニカだった。

 顔(?)には愛嬌のある大きな目と端の釣り上った口があり、戯画化された笑顔に見える。

 妙に弾力性のありそうな見た目も相まって、ファンシーなゆるキャラのぬいぐるみか、或いは端的に大福のようにも見えなくもない。

 身長が成人男性と同じ程度あるが。



 「な、なんだぁ?」



 虎市は警戒して良いのか悪いのか判断できず困惑した。

 何か変な声で鳴いているし通例としてモンスターのように見えるが、反面そのファンシーな見た目は敵意のない友好型という見方も出来るだろう。



 「そうだな……一概に敵対モンスターとも決めつけられないだろう。第一村人の可能性もあるし……」



 虎市はそう考えると、両手を上げて無害さをアピールしながら声をかけた。



 「やあ、俺はわるいニンゲンじゃないよ。君は一体ダレなのかな────」



 瞬間、白いのの口が開き円錐形の硬質針めいたものが高速で吐き出され虎市を襲った。

 避ける。



 「普通に敵じゃねーか!?」



 反り返って背後に倒れ込む。尻もちを付きながら舌のような硬質針を回避した虎市は、叫びながら触れていた能力値を雑に連打し適当にポイントを全振りすると、とっさに掴んだ地面の石を全力で白いのに投げつけた。

 破裂音。

 


 「ヴッ……!」



 ボッ、という大気を貫く音が轟くとともに、虎市の手から放たれた野球のボール程度の石は猛烈な速度で白いのを貫通しその体に大穴を開けると、そのまま通路の奥に消え去り、やがて大きな破砕音を響かせた。

 ぐちゃり、と白いナニカは力なく地面に倒れ伏し、そのまま動かなくなる。



 《虎市:レベルアップ 1→2》



 ポップアップしたウィンドウに文字が表示される。

 だが虎市はそれどころではなかった。



 「た、倒した……?」



 突然のことで心臓を強く打ち鳴らす虎市は、目の前に未だ展開するステータスウィンドウを見た。



 ▼能力値

 ・筋力:11 → 80



 「……咄嗟に筋力値に全部ポイントつぎ込んだのか」



 つぶやき、納得する。

 咄嗟に何も考えずに全振りした能力値が偶々筋力で、その結果反射的に投げた石がメジャーリーグ投手が9人くらいフュージョンした上での一投みたいな尋常ならざる威力で発射され白いのをぶち抜いて倒したのである。



 「ステ80やべーな……白いのに当たる前に空気の壁で破裂音させてたぞ」



 呻きながら起き上がり、ステータスウィンドウを見る。

 能力値は筋力が80以外はそのままである。

 強いて言えばHPが伸びているようだ。

 これは筋力がHPに関連する能力値であるという事だろう。



 「いや……でもこれは不味いんじゃないか。どうかんがえても筋力一本伸ばしは今後のこと考えるとダメでしょ。ゴリラはダンジョンでは生きられないよ」



 唸りながらウィンドウとにらめっこしていた虎市だったが、ふとある項目を能力値欄の最下段に発見する。それは先程は無かった項目だ。



 「リセット……?」



 《割り振った能力値をリセット》



 そのようにステータスウィンドウには書いてあった。

 押す。



 《虎市:能力値リセット、ポイントを払い戻します》



 システムメッセージ窓がポップする。

 能力値はたしかに初期値に戻り、作成ポイントも初期の値に戻っていた。



 「え、リセット……いやリビルド出来るの?」



 虎市は驚いた。ゲームであればいざ知らず、いやゲームであっても既にゲームが始まっていて能力を運用できる状態で自由に初期状態にリセットしてキャラを再作成リビルドすることの出来るゲームはあまり無い。

 あっても特定施設の利用や金銭等のリソースの消費が一般的だろう。いわんやここは今の所ゲームではない。

 虎市は暫く首を鳴らしながら思考を巡らせ、やがて思い至る。



 「────これ、初期のキャラ作成状態のフラグが立ったままなのか」



 要するに、と虎市は考える。

 勇者候補達はあの謎空間でステの割り振り等を終わらせ、それを見届けた召喚主は処理を完了させて勇者候補達を送り出したのだろう。

 だが虎市は存在すら気づかれていなかった為に処理の途中で中断して吐き出されたせいで初期キャラクター作成状態が解除されておらず、未だに再作成リビルド……つまり一旦割り振りしたポイントを再度もとに戻して考え直す、という行為が出来てしまう……というのが虎市の推測だった。



 「いやまぁ、この世界ではみんなリビルドが出来るという可能性も捨てきれないが」



 言いながらステータスウィンドウをつつく。こうなると様々な可能性を試しつつ、自分好みのビルドにすることも可能だ。更には状況に応じて全く別のビルドになって力を振るう事すら可能だろう。



 「いやーチートじゃんねコレ、最高だろ。やべー事故的な巻き込まれ方したけど、こりゃ結構運が良かったかもなーいやーラックラック」

 「ゴッブ」

 「ゴッブ」

 「は?」



 顔を上げる。そこには天丼めいて白いナニカがいた。

 しかも。



 「────沢山おられるやん!?」



 そこには虎市から見て右手側の通路から現れる、複数の白いナニカ達の姿があった。

 その数は咄嗟に正確な数を数えられない程だ。



 「……アッそうね、オレ石投げて大きな音立ててたしね、そもそも一匹いたんだから仲間が居る可能性もあるのは当然だしまず移動するべきでしたねハイ」

 「ゴッブ」

 「ゴッブ」



 瞬間、虎市は敏捷の値にポイントを全振りすると即座にその場から前のめりに跳躍した。

 同時、地面を無数の硬質針が貫く。



 「逃げるしかねぇー!!」



 虎市は正面の通路に向かい猛然と疾走する。

 敏捷値が大きく上昇した虎市の脚は常識では考えられない速度で駆動し、恐るべき速度で通路を駆け抜けた。

 既に先程までの部屋は遠くに過ぎ去り、白いナニカ達の鳴き声も聞こえない。全て一瞬の出来事である。



 「これはオリンピック陸上競技総嘗めしてお釣りが来るな……金メダルでリバーシ出来ちまうって奴だ」



 既に数秒走った段階で何百メートルも移動している。

 移動前の世界では考えられないような速度で疾駆する虎市だったが……異変はすぐに訪れた。



 「────ハ、ァ……ッ、ハァッ……ハァッ……!」



 体が急激に重くなり、激しい息切れに呼吸が荒く乱れる。

 速度はみるみるうちに衰え、やがて虎市は膝をついて倒れ込み、地面に手をついた。



 「ハァーッ、ハァーッ……!」



 虎市は愕然として声にならない声を上げる。

 敏捷値を上げたことで圧倒的な脚力を得た。

 反射も得たことで速度に負けて通路の壁に激突することもなかった。

 だが、しかし。



 「す、スタミナが……足りない……!」



 何ということはない、全力疾走したことで体力を高速で消耗し、結果すぐに息切れして倒れてしまったのである。



 「あ、アレか……いわゆる速筋だけ強化されて遅筋とかそういうのは強化されてないのか……心肺機能とかも……完全にスプリンター……」



 身体機能に関わりそうな能力値は見た所3つあった。

 筋力、耐久、敏捷。恐らくこれら3つのどれかだけ突出させても実際の運用上の効果は薄く満遍なく伸ばすか割合を考えて割り振らないといけない……そういうバランスなのだろう。

 虎市はひたすら息を整えながら酸素の薄い思考でそう考える。

 だが、その思考と休憩は長くは続かなかった。

 背後、虎市が来た通路側から、多数の駆け足の音が聞こえてきたのだ。



 「や、ヤバ……ヤバい……」



 虎市は逃げ出すべく立ち上がろうとするが、未だその体は重く、息も荒い。

 倒れた場所は開けた広間のようになっており、多人数と戦うには適さない環境であった。



 「ゴッブ……」

 「ゴッブ……」



 白いのの何だかわからない鳴き声が遠く近づいてくる。

 と、その時だった。



 「────そこのアナタ! 大丈夫ですか!?」

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