第5話

 「ここが冒険者ギルドです!」



 案内された村の一角、こじんまりとした建物にケイトリンは入っていく。

 だが、その様相に虎市は思わず呟く。



 「これが冒険者ギルド……?」



 そこは冒険者ギルドという名前から虎市が──概ねフィクションからの知識により──想像するものからは大分質素で小さな建物だった。

 一階は酒場兼冒険者ギルド、二階は宿屋の寝室……という構造はお馴染みのものがあったが、どうみても酒場と宿屋の比率が大部分を占めていそうな内装に、一切存在しない客や冒険者。そして店員なのか職員なのか、暇そうにカウンターでぼんやりしてる若い男が一人……と、おおよそまともに機能しているようには虎市には見えなかった。

 端的に言えば閑古鳥が鳴いている有様である。



 「だ、大丈夫なのか……?」



 怪訝そうに入り口で足を止める虎市に対し、ケイトリンはずかずかと中に踏み込んでいくと、そのままカウンターの男に声をかけた。



 「ロビンさん! 調査依頼から一時帰還しました!」

 「はい、ご苦労さん」



 ロビンと呼ばれた店員、或いは職員は居住まいを正すとケイトリンの方に向き直る。



 「すまないねー一人なのに調査依頼とか頼んじゃって」

 「いえ! 困っている人を助けるのが冒険者の本分ですので!」

 「そうかそうか、お嬢ちゃんは偉いねぇ」



 テンションの高いケイトリンの勢いをなあなあにいなしながら男は応対し、ふと視線を彼女の背後……つまり虎市に向けた。



 「彼は?」

 「あの方ですか? あっそうなんです、大変なんです! ダンジョンがあったんです!」

 「え、ダンジョンが!?」

 「はい、それで偵察に入ってみたらあの方に出会ったんですが、何でも記憶喪失らしく」

 「それで保護してきたの? ふーん……」



 ロビンと呼ばれた職員はケイトリンの言葉を受けて怪訝そうに虎市を眺めた。

 当然だろう、と職員の視線を愛想笑いで受け止めながら虎市は思った。

 何の調査であるかは定かではないが、怪しんで人を送り込んだ所に居た人間が記憶喪失とくれば、不審がるのは当たり前の話である。



 「……ねぇ君、ちょっとこっち来て」



 ロビン職員に視線で射抜かれながら手招きされ、虎市はおっかなびっくり近づいた。

 へっへっへと緊張で歪みつつある作り笑いを張り付かせる虎市に対し、ロビン職員はカウンターの下から埃のかぶった水晶球を取り出す。



 「うわー長い間使ってなかったから汚れがスゴイわ……まぁ使えなくはないでしょ」

 「……何ですコレ?」

 「手のひらを乗せてみて」



 言われるがままに水晶球の上に手を乗せる。同時、水晶球が発光し、その上方に小さな光る窓……データウィンドウが投影された。

 それを見てケイトリンが言う。



 「あ、それ冒険者ギルドに登録する時に使うステータス解析用の水晶球ですよ」

 「えっ!?」



 見てみれば確かにステータスウィンドウと同様のものが投影されているのが虎市にも見て取れた。

 表示されたデータを眺めていたロビン職員はふむ、と頷き、再び虎市を見た。



 「……《技能》も《特徴》もないしステータスも平凡だし、まぁ一般人だね。これで素性を謀ってるってこともないか」



 言われて虎市もデータを見ると、そこには確かに虎市のステータスが表示されている。但し、それはまだステータスを割り振る前の値であった。



 (あれ、敏捷は割り振ってあった筈なんだが……完全にキャラメイクが完了しないと反映されないのか?)



 虎市が内心で首を傾げていると、ロビン職員は手を合わせて謝罪の所作を取る。



 「悪いね、怪しんだりして。まぁ新たに見つかったダンジョンにいた、なんて聞いたら仕方ないって感じで許してくれると助かるよ」

 「いえ……自分でもよくわからないので、たしかに仕方ないかも、みたいな……」

 「ところでロビンさん、その水晶球使ったらその方冒険者登録されちゃってるんじゃないですか?」

 「え!?」



 ケイトリンの言葉に虎市はぎょっとして二人を見る。

 だがロビン職員は気にした様子もなく笑いながら答えた。



 「まぁ身分証明書代わりにはなるし、問題ないでしょ。どうせこんな辺境も辺境のド田舎のギルドで登録された証明書なんだから大した制限も特典ないし」

 「ゆ、ゆるい……」



 虎市の視線をロビン職員は気にした様子もなくカラカラと笑って受け流すと、ところで、と話題を変える。


 

 「ダンジョンが出たんだって?」

 「はい、魔物の目撃情報のあった地点を調査していたら入り口が出来てまして」

 「参ったな……この辺りでは長らく出現報告の無かった魔物が急に出てくるようになったと思ったらダンジョンまで現れるなんて」

 「ダンジョンが……現れる?」



 虎市の問いにロビン職員は答える。



 「ダンジョンっていうのは、まぁ理屈は色々あるんだけど、ある日突然湧いて出るんだよ。そこで魔物が発生して増えていって、外に出てくることがあるんだ。そしてその魔物は近隣の人々に被害をもたらす。これを阻止するのも冒険者の仕事のひとつなんだ」



 説明しながらもロビン職員は肩をすくめる。



 「ま、そんな事そうそうある筈はないんだけど、此処のところ急に魔物の目撃情報が増えたんで念の為調査してもらったらコレだからね。そもそもこの辺りでは魔物の出現も稀だったし、何か異常が起きているのかな」

 「異常……例えば……」



 ロビン職員の説明を受け、虎市は想起した。

 自身が召喚された際に聞いた、遠く語られていた声の内容、断片的な単語を。

 勇者。召喚。異世界。



 「……例えば、魔王が復活しようとしている、とか……?」



 虎市の言葉にロビン職員とケイトリンは目を丸くして彼の方を見る。

 数瞬の沈黙の後、ロビン職員は口を開いた。



 「……アッハッハッハ! 無い無い、それは無いよ! 流石に!」



 思いがけない言葉を聞いたとばかりにロビン職員が大声で笑う。

 突然の爆笑に虎市が目を白黒させる中、ケイトリンが言葉を繋いだ。



 「記憶喪失だからご存じないのは当然なんで仕方ないんですが、魔王は百年前に勇者様達に討伐され完全に消滅したのでそれは多分無いですねー」

 「え、そうなんだ……って百年前!?」

 「はい。当時、空から飛来した輝きと共に降臨した勇者様達は、冒険の末その力を結集し時の魔王を完全に滅ぼした後、光とともに天へと帰っていったそうですよ。元の世界へと帰還されたと伝えられています」

 「俺達はその時代には当然生まれてなかったけど、長命種は普通に立ち会った人々が多いからね。普通に伝えられている事実だよ」

 「そうなんですか……え、百年前……えぇー??」



 虎市は愕然とした。

 二人の話を自分の持つ情報と合わせて考えると、虎市が目撃した謎の存在に勇者として召喚された学生達(多分)は、既に魔王を退治して元の世界へ帰還しているということになる。

 しかも、百年も前に。



 「お、終わってんじゃねーか話!?」



 虎市は叫ん……だら流石に怪しまれるので心のなかで何とか叫びを留めて唸った。

 何か壮大に始まった若き勇者達の異世界召喚英雄譚は既にグランドエンディングを迎えて何もかもが終了しており、それに引っ掛けられて引きずられてきた自分がいるのはそのめでたしめでたしの百年も後だという。

 別にそれに参加するような宿命を自分が背負っているという事を考えていたわけではない。

 だが少なくとも彼ら勇者達に会うことで元の世界に帰還するというルートは虎市が想定するより前に完全に絶たれた形になる。



 「ま、マジかー……」



 ショックに呆然としている虎市を見てロビン職員は少し申し訳無さげに笑う。



 「あーごめんごめん、爆笑して悪かったよ。ただまぁこんな辺境の辺境のド田舎にちょっと魔物が現れただけで魔王の存在と関連付けられると流石に大仰すぎてね……なにせこの百年はまばらに魔物の活動はあれど完全に天下泰平って感じだし」

 「とはいえ、魔物が現れダンジョンが出現したのは十分な危機です! とりあえず報告は纏めて後でお渡ししますので、目を通しておいてくださいね」

 「はいはい、じゃあ今日はゆっくり休んでおいで。えーと、君も」



 意気込むケイトリンをなだめながら、ロビン職員は虎市に向き直りカウンター下から鍵を取り出し、差し出す。



 「記憶喪失って事は行くところもないしお金もないんでしょ?とりあえず当面はこの冒険者ギルド併設の宿屋に泊まると良いよ。お題は結構」

 「え、いいんですか?」

 「まぁ宿屋の方もガラガラだからね今。そのうち薪割りでも手伝ってもらうよ」

 「あ、ありがとうございます……!」



 虎市は思いがけぬ厚意に俄に感激し、頭を下げる。

 何もかもよくわからない状況だが、このような人情に触れられただけ自分は運が良いのだろう。そう思った。



 「では調査は明日また再開するとして、今日はしっかり休息を取りましょう!」



 ケイトリンはそう宣言すると、そのまま二階への階段に向かう。

 と、次の瞬間そのままの勢いで一回転し虎市へと向き直った。



 「そうだ、この後夕食を一緒に取りませんか? えーと……」

 「あ、名前? そういえば名乗ってなかったか」



 虎市は考えた。ここでそのまま本名を告げて大丈夫なのか?

 ケイトリンやロビン職員の名前を見るにこの地域の命名則はいわゆる欧米圏のものに近いように見える。そこにバリバリの日本人名前を告げて良いのだろうか……?



 「あれ、どうしました? もしかして名前も忘れておられるのでしょうか」

 「えーいや、えーと……」

 「名前なら登録されてるよ、冒険者目録の方に」



 そういえばそうか、と虎市はロビン職員の言葉に頷く。

 もう普通にバレているのだから隠す必要もあるまい。彼は告げた。



 「いや、覚えてるよ。鵺澤(ぬいざわ)・虎市(とらいち)だ、よろしく頼む」

 「ぬ、ヌイ……トゥラ……」

 「あ、発音しづらい?」

 「いや、大丈夫です! お気遣いなく!」



 虎市の言葉を手で制しながらケイトリンは言う。

 そしてモゴモゴと発音を調整すると、改めて笑顔で告げた。



 「じゃあトライチさん、また夕食で!」

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