第19話

 自称神の白猫に連れられて虎市とケイトリンの二人がたどり着いた場所。

 それは二人が最初に出会った時に逃げ込んだ、朽ちた神社跡のある大広間だった。



 「ここがの祀られた社なんぬ……が、見ての通りがっつり朽ち果ててヒドイ感じんぬ。これにはも苦笑い」

 「そういや零落して久しいとか言ってたなオマエ」

 「まぁつまりそういう事なんぬ。は元の世界では諸事情あり既に信仰の途絶えた神格だったんぬ。なので神としての意識を保てなくなった時点からの記憶が無いんぬ。なので何故なにゆえこのような事になったかという事に関しては皆目見当もつかないんぬな」

 「なるほどな……」

 「────なので」



 スッと。虎市らの目前に空間投影ウィンドウが現れる。



 「高評価と信仰登録お願いしますんぬ~」

 「お前性懲りも無く……」

 「わからんヤツぬ、お前はこの寒々しく朽ち果て哀れな廃墟と化したかわいそうな神社をそのままにしておく気なんぬか? 高架下に捨てられた瀕死の猫ちゃんがか細く泣きながらダンボールの中で潤む瞳でお前を見ているようなもんなんぬが? 人の心とか無いんぬか?? 貴方の高評価で救われる猫がいるんですぬ! ゴーアヘッドタッチミーんぬ!」

 「コイツ……」

 「虎市さん、いいんじゃないですか?」



 と、横で虎市を攻め立てる神猫トークを聞いていたケイトリンが口を開く。



 「何にせよこの猫ちゃんが私達を何度も助けてくれたのは事実なんですし、恩返しくらいしても良いんじゃないですかねー。それこそバチが当たっちゃいますよ」

 「いやまぁそれはそうなんだが……いいのか? 確か神聖魔法とか習得してただろ最初」

 「六大神信仰は複数入信オーケーなので多分異世界の神様でも大丈夫だと思いますよ!」

 「ほ、ホントに……?」



 虎市の疑念にはい、と元気よく応答するケイトリン。



 「それに何か困ったら辞めちゃえばいいだけですし」

 「か、カジュアルー……」

 「腹積もりは決まったんぬか? なら高評価ボタンと信仰ボタンを押すんぬ。それで即入信なんぬ」

 「こっちもカジュアルー」

 「グダグダ抜かしてないでさっさと押すんぬ。その後二人の信仰でとりあえずこの神社を直すんぬ。そうしたらお前達にも少なからず恩恵があるんぬ。最終的にパワーが全盛期まで戻ればワンチャンネコチャン元の世界に戻してやれる……かも? これはお得情報、入信待ったなしなんぬな」

 「うーん胡散臭い」



 眉間にシワを寄せて首をかしげる虎市だったが、反面元の世界に帰れるかもしれないという話は魅力的だった。

 特に元の世界に強い未練があるわけではないので直様帰りたいわけではないが、さりとて帰りたくない訳ではないので戻る手段が皆無というのもストレスがある。

 少々の逡巡の後、虎市は意を決して高評価ボタンと信仰登録ボタンをタップした。



 《信仰登録出来ません》

 《所属世界の神格ガイドラインに違反していた為、この神格教義を停止しました》



 「……お前の宗教アカウントBANされてんぞ」

 「ぬぁ!? バカな!?!?」



 ネコは飛び上がらんばかりに驚愕すると虎市の開いていたウィンドウに飛びかかり、その画面を見た。

 叫ぶ。



 「ぬわー収益化も剥奪されているんぬ!? ナンデ!? アカBANナンデ!?」

 「もう何がなんだか分からんが……何やらかしたんだ? お前もしや邪神?」

 「そんなワケないんぬ! そもそも零落前は普通に活動できてたんぬ! 力を保てなくなっても神としての格自体が失われるわけではないんぬ! BANされた記憶なんぞないんぬ!!」



 虎市のウィンドウにぶら下がりながらネコががなり立てる。

 ふむ、と虎市は顎を撫でながら思案すると、ネコに対して告げた。



 「お前ちょっとステータス画面見せてみろ」

 「ぬぬん?」





 ◆





 「…………あった、これか」



 ネコの展開したステータスウィンドウを確認した虎市は、特徴の欄に見慣れない文字列を発見した。



 《アカウントBAN》



 「マジでBANされてんじゃねーか」

 「心当たり皆無なんぬー!!」



 座り込んで窓を確認していた虎市の膝の上で喚き散らすネコを撫で宥めながら、虎市はとりあえずアカウントBANの項目を適当にタップする。

 すると、項目の横にバツ印が出現し──そのまま流れで指が触れる。



 「あっ」

 「あ!? あって何ぬ!? 何したんぬヒトのステで!?」



 ネコが大騒ぎする中、虎市の目前でアカウントBANの文字列が消える。

 どうやら削除するボタンであったようだ。

 同時、ケイトリンが声を上げる。



 「あ、登録ボタン表示復活しましたね」



 言いながらケイトリンは即座に高評価ボタンと登録ボタンを二連打する。

 全く躊躇のない指の動きを虎市が不安そうに見上げる中、それは突如として発生した。

 大広間が鳴動を始める。



 「うおっ、急に何だ!?」



 狼狽える虎市の周囲、朽ちた神社の残骸らが光の粒子を放射しながら明滅し始める。

 その輝きは瞬く間に強烈な閃光へと変化し、そして────



 「うおお────んぬっ!!」



 ネコの喝采の咆哮が響き渡る。

 光が収まった大広間。そこに現れたのは──先程までの廃墟とは似ても似つかぬ、絢爛たる神社の姿だった。



 「復活! 神社復活!! 宗派アカウント復活!!!」

 「分かったから膝の上で叫ぶな」



 大音量に顔を顰めながら虎市が呻く。

 狂喜乱舞して飛び跳ねるネコに先程までのかろうじて存在していた神の威厳演技ロールは最早無く、単なるしゃべるネコに成り下がっていた。

 しゃべる猫を単なるという言葉で片付けて良いのかどうかは疑問が残るが。



 「ぬんぬーん、よくぞ成し遂げた我が信徒よ。残るは復活した高評価信仰登録ボタンを押すだけなんぬ。さすればミッションオールコンプリート、めちゃめちゃに褒めて使わすのではやく! はやく押すんぬ!」

 「興奮しすぎて口調が戻りきらない……」



 急かされた虎市は仕方なく目の前に表示され消える気配のないスパム窓めいた高評価と信仰登録ボタンをタップする。



 《所属信仰が登録されました》



 ポップアップしたシステムメッセージを見やりながら虎市は自身のステータスウィンドウを展開し確認する。

 そこには確かに所属信仰の欄が増えており、そこにはこう書かれていた。



 《所属信仰:”星の猫”アストレア》



 「これがコイツの名前か」



 虎市がそう呟き、顎を撫でる。

 神社に祀られた神格の名前が横文字というのも違和感のある話であるが、逆説的にこの猫の神が虎市と同郷の存在ではないという証拠に見えなくもない。

 と、その時。異変は起きた。

 膝の上にあった白猫──アストレアが突如として光を放ち始め、急激に膨張し始めたのだ。

 突然膝上の質量が増大した虎市は訳も分からず押し出され、そのまま仰向けに倒れ込む。



 「こ、今度は何だ!?」



 藻掻くように声を上げる虎市。

 果たして、光が収まるとそこには──白に近い銀髪シルバーブロンドを長く靡かせる、一人の少女の姿があった。



 「おお……遂に人型の化身アヴァターを再習得するまでに力を取り戻したんぬ。信者二人の状態にしては大分重畳なんぬな」



 地に倒れる虎市の上でふんぞり返りながら少女の姿となったアストレアは自身の身体を見回しながらふんぬ、と鼻息荒く言い放つ。



 「どうも此方の世界では力ある存在からの信仰はよりよく効果する様子なんぬな。これは幸先が良いと言わざるを得ないんぬ」

 「上機嫌の所悪いがさっさと立ち退けと下の階から苦情が届いてるぞ神様」

 「踏まれ信徒の御利益猫なんぬ、有り難く享受しておけば良いものを下から騒音罪ぬ」



 ひらり、と。アストレアは煩わし気な表情とは裏腹の軽やかな動きで虎市の上から離れると、そのまま二人に対して向き直り仁王立った。



 「よくぞが宗派を復活せしめた、褒美として汝らには新参者ニオファイトの称号を与えるんぬ」



 《虎市:新たな称号を獲得:『新参者ニオファイト:アストレア』》



 「なんか宣言されただけで獲得した……怖」

 「有り難い号なんぬ、これから励めばさらなる上位者になれるんぬ。一層精進するんぬ。がんばってこの神社を盛り立てていくんぬ」

 「あの……盛り上がっている所申し訳ないんですが」


 居丈高に宣言するアストレアに対し、ぼんやり見守っていたケイトリンが声をかける。


 「何かぬ信徒ケイトリンくん、ありがたい神トークに割り込んでくるのは本来重罪なんぬが今は神社が再建されためでたき場であるが故に恩赦を与える寛大なであるが」

 「普通ダンジョンって攻略しちゃうと消滅してしまうんでこの神社もそろそろ」

 「何ぬ────ッ!?」



 ひっくり返らんばかりに驚愕するアストレアにケイトリンは宥めるように手をせわしなく身振り手振りジェスチャーを行う。



 「ああいや、落ち着いてください!」

 「今復活したばっかりなんぬに即消滅とか! 上げて下げて消える縦横無尽消滅キャッツ!!」

 「いやそうではなくてですね」



 どうどう。ケイトリンはアストレアを落ち着かせると言葉を続けた。



 「 普通ダンジョンって攻略しちゃうと消滅してしまうんでこの神社もそろそろ消えてしまう筈なんですが……もうダンジョンコアを破壊してから大分時間経過してまして」



 ふむ、と虎市はケイトリンの言葉に何気なく辺りを見渡す。

 確かにダンジョンコアを破壊すればダンジョンは消滅するというのが先にケイトリンから聞かされた説明だったが、猫に付き合ってアレコレしている間にもダンジョン自体には何ら変化は見られない。

 今の所ダンジョンの消滅は起きていないと見るのが妥当な所だろう。



 「こういう例は無いのか?」

 「無い……とは言い切れませんが、聞いたことはないですね。私が前にいた迷宮都市はダンジョン発生地点を意図的に集積する遺跡が存在したんですが、そこでも迷宮自体は攻略すると消滅していました。例外は見たことはないです」



 成程、とケイトリンの言葉に頷いた虎市はそのままじっとアストレアを見た。



 「ぬぁーん熱視線」

 「コイツの仕業という線は?」

 「可能性はあるんじゃないでしょうか、神様というお話ですし」

 「そんな自称神みたいな言い方しなくても当方真っ当に神格なんですぬ? ぬ?」

 「コアが消えても神に類する存在が居座ってるせいでダンジョンが退去できない……みたいな感じか」

 「まぁ飽くまで予想の一つという感じですけど」



 虎市はケイトリンの言葉に暫し沈黙した後、言った。



 「────まぁいいか。ダンジョン攻略出来たのは変わらんし。帰ろう」



 地面に座り込んでいた虎市はそのまますっくと立ち上がると、背後にしたアストレアに手を上げて告げる。



 「そういう訳で一件落着なんで俺たち戻るな。達者で暮らせよ」

 「御助力ありがとうございました! この御恩は忘れません!」

 「ぬぁーッ! なに思索を断ち切って普通に帰ろうとしてるんぬ! 諸問題不法投棄して帰ろうなんて神も許さないしも許さないのでつまり神猫習合で完全不許可なんですぬ!?」


 ケイトリンが一礼して謝辞を述べるのを確認し虎市は出口へと向かい歩を進め始めようとすると、即座にアストレアが跳ねて虎市へと飛びかかった。

 アストレアは足を捕らえると小器用に回転しながら軸足を絡め取り転倒させ、そのままアキレス腱を固めて締め上げる。



 「って痛ぇー!? 立ち去ろうとする人間を止めるのに過剰な攻撃動作止めろ!!」

 「里に降りるというのであればも随伴するんぬ。信徒二人を足がかりにこの地に信仰を広めていくのが鉄板の信仰集積行為なんぬな。いつ出発する? も同行しよう」

 「今だよ! お前が転倒させて固めてるから移動できねーんだよ!」

 「それはそう」



 アストレアは関節技を解除するとそのまま立ち上がり、言葉を続ける。



 「それにが思うにこの一件、まだ解決したとは思えないんぬ」

 「……その根拠は?」

 「当然、とお前の存在ぬ。異世界召喚された存在が二つ、しかも同じ迷宮に同時、何も起きないはずがなく……」

 「確かにダンジョンも消滅していない様子だし、イレギュラーな事態が起きているというのは火を見るより明らかだが……」



 虎市は自身が召喚された……というより転移した理由がほぼほぼ事故であり何らかの意図があるものではないだろうという認識である。

 だが、それが他に存在した理由を別にするであろう世界移動者と同じタイミングで同じ場所に出現したとなれば、それは召喚事故の後に何らかの要因が存在する──そう考えるのが妥当と言えるだろう。



 「つまりぬ」



 アストレアは腕を組み指を立て告げる。



 「まだまだの神威が……必要なんじゃないですかぬ~???」

 「押し売り営業みたいな言動しやがってからに……」

 「でも猫さんの仰る通りにまだ問題解決してなくて再び村が襲われるようなことがあったら一大事ですし、お力添え有り難く受け取るべきではないでしょうか。助成は多いに越したことはないかと!」

 「良いぬ良いぬ、そっちの娘はこの状況との価値をよく分かってるぬ。猫の手も借りたーいと宣言したい時に宣言しないとしたいときにネコは無しなんぬよピカイチとかいうやつ」

 「虎市だよ二人しかいない信徒の名前うろ覚えてんじゃねーぞ」



 毒つき服のホコリを払いながら立ち上がる虎市は、やれやれと肩をすくめるとアストレアを見やりながら呻く。



 「仕方ないというか背に腹は代えられないか……。現代人としては怪しい宗教に頼るのは避けたいところだったが」

 「ノーそれは違うぬ、世にあるのは怪しい宗教と怪しくない宗教の二種類。が所属するのは確定的に後者……!!」

 「皆さんそう言われるんですよね」



 会話しながらコイツと話していては一向に事態が進まないと判断した虎市は右から左へ適当に会話を受け流し話題を進める。



 「まぁ協力関係になるのは構わんのだが、お前はこの神社から離れられるのか? それともまたあのネコ形態に」

 「そこは大丈夫なんぬ」




 アストレアは得意げに鼻を鳴らすと、徐に何かしらの印を切り始める。

 同時、虎市らの周囲が俄に発光を始め、輝く粒子が立ち上り始めた。



 「既に村は支配領域ドミニオンとして聖別してあるんぬ。これにより先日と違い里まで直接転移出来るんぬ。お前たちを外へと送る事も迎えることも可能だし当然我も出入り自由なんぬ」

 「わー便利ですね、猫ちゃんスゴイです!」

 「良いぬ良いぬ、敬意の信仰が流れ込んでくるんぬが出来ればちゃんと神名で読んでねーんぬ」

 「喜んでるところ悪いが何か気づかない間に土地への侵略行為が進行してない?」



 目を輝かせて称賛するケイトリンとふんぞり返って喜ぶアストレアを眺めながら虎市は半目で呻く。

 輝きはやがて視界を奪う程に強く高まり、そして──虎市は都合四度目の転移を体験した。

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