第12話 神の理由

 トゥドゥマリの浜を諦めたリーサは、部屋に戻ることにした。


 楽しみにしていた計画は早くも仕切り直しだ。持ってきた西表島の旅行雑誌をパラパラと読みながら、このホテルから近い位置で観光出来るスポットを探している。


「このホテルの人たち。みんな面白いね」


 リーサの頭上に浮いて、一緒に雑誌を見ているイザナギが言葉をかける。


 彼女が落ち込んでいるのを、イザナギは知っている。気分が落ちている時のリーサは、まるで子供の頃から成長していない。今も雑誌を読むその表情は、口を尖らせ、心ここにあらず。といった表情をしている。


 そんなリーサの一面を可愛らしいと感じているイザナギは、決まっていつも優しい言葉をかけたり、楽しい話題を振るのであった。


 出会った頃は、とにかく泣き虫だったリーサ。


 母親のいないリーサに待ち受けていたのは、父親の失踪。


 イザナギは、リーサが自宅の庭で泣きじゃくっていた、あの小雨降る夜のことを忘れることが出来ない。


 上空からその光景を眺めていたイザナギは、直感的に『この子を守ってあげたい』と、心が動いてしまった。


 それは、神であるイザナギにとって、初めて抱いた感情であった。


 深く深く傷ついたリーサは、度々それを思い出すのか。はたまた自身の境遇に悲しんでいるのか。精神的に不安定なまま、しばらく時が流れて行った。



 イザナギは正真正銘、神である。


 そして、万物(宇宙の、ありとあらゆるもの)全ての過程や結果。


  変化する様子。


 つまり誕生から消滅。消滅から誕生。


 繰り返す地球の成り行きを、イザナギは知っている。


 知った上で、神はそれを眺めている。


 【人間】という存在が、この万物にとってどの様な意味があるのか。


 神はそれを、長い長い時間をかけて、見守っているのだ。


 そんなイザナギが、どうしてリーサに心が動いてしまったのか。自身でも明確な理由が分からなかった。


 全てを知る神でさえも、理解出来ぬ、辿りつけぬ何か。


 それこそが、神が知りたい【人の魅力】や【人の価値】なのかもしれない。


 イザナギは自身の心の動きを、そんな風に捉えていた。



「ねぇリーサ。このホテルの近くにある豆腐岩って所はどうかな?」

「トーフ岩? それってあの豆腐?」

「文字ではそう書いてあるね」

「何それ、そんなのあった?」

「見てご覧よ」


 リーサは雑誌をめくり、豆腐を探す。


「あ、ほんとだ」

「どうかな? 距離も近いし、見てみたくない?」

「……別に興味ない。だってこれ、ただの岩でしょ?」

「うーんとね。そう言ってしまえばただの岩なんだけさ」

「島の人によれば、大きな岩が崩れて転がってきて、波に削られてこの形になった。って書いてあるね」

「そうなんだ! それで豆腐の形みたいになったんだ!」

「つまんな」

「え?」

「この豆腐岩にはロマンが足りないのよ」

「ロマン?」

「トゥドゥマリの浜ってね、ビーチの形がまるで三日月のようなんだって! だから別名も月ヶ浜って呼ばれているみたい。あとね、鳴き砂って言って、砂の上を歩くとキュッキュって鳴るんだって! それにはゴミが少ない必要があるのと、一定の粒度範囲でなければならないから、国内では数少ない場所なの。そして何より圧巻の美しさを誇る夕日! 目の前に広がる綺麗な海の地平線に沈む茜色の夕日! このロマンの数々に! 果たして! 豆腐は! 勝てるのかしら!?」


 後半怒涛の様に押し寄せてきたリーサの圧力。きっと話していて熱が入ってしまったのだろう。


 これだけ熱くプレゼンされては、豆腐の出る幕ではない。


「わ、分かったよリーサ。豆腐を見るのはやめよう。豆腐は、食べよう」


 ハハッと。イザナギは渇いた笑いをする。


「あー! ロマンのあるスポット他に無いかなー! でも遠かったりするしなー! てか暑いしなー! でもここに閉じこもりたくないしなー!」


 イザナギは、なんとかしてあげたいのだが、瞬間移動やワープみたいな能力は持ち合わせていない。自分にそうした能力が兼ね備えられていないことに、悔しくなる。


「ほんとあんたって、こういう時には全然使えないよね」


 そう思った瞬間に言われてしまった。イザナギは更に悔しく、泣きたくなった。


「なんだよリーサ! そんな風に言わなくたっていいだろ!」

「だってあんた神なんでしょ!?」

「神だよ!」

「なのにどうして何も出来ないわけ!? 自分だけフワフワ浮いちゃってさ、移動も楽で、トゥドゥマリの浜なんて飛んで行けるんでしょ? なのにそれを使えるのは自分だけ。私にはな~んにも反映されないのよね、あんたの能力って!」

「きーーーーーー! 僕の能力はね! リーサが楽になるようなことには使えないんだ! それに、なんでもかんでも簡単に望みが叶ってしまうのは、人をダメにするんだぞ!」

「分かってるわよ別にそんなのいちいち言わなくても! 私、あんたみたいにバカじゃないんだから!」

「バ……! バカ!?」

「そうよさん」

「うぅぅぅぅ、言いすぎだぞリーサ!」

「バーカ! バーカ!」


 リーサは笑いながら、暫くからかい続けた。いつの間にかリーサは元気を取り戻していた。


 怒っていつも以上に飛び回っているイザナギだが、実はリーサとのこのやり取りを、とても楽しんでいた。いつものリーサに戻ってくれて良かった。


 イザナギは笑いながら、本気で怒った。

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