第13話 不穏な空気と、突然のピンチ

 しばらく時間が経ち、時刻は夕方。


 あれだけ熱く、燃え盛っていた太陽は、ゆっくりと綺麗な海の地平線へと吸い込まれていく。


 ホテルロビーには一人の男がいた。


 相変わらず人手不足で対応が追い付いていないのか、フロントには誰もいない。


 男はロビーをゆっくりと見渡しながら、フロントの呼び鈴を軽く鳴らす。


 しばらくして従業員の赤木が奥からやって来た。


「いらっしゃいませ。お出迎え出来ずに申し訳ございません」


 男は軽く会釈するだけだった。


「ご予約のお名前を頂戴してもよろしいでしょうか」

徳永明夫とくながあきおです」

「徳永様ですね。少々お待ち下さい」


 赤木はパソコンで確認する。


 その間も、徳永明夫(24)はホテルをチェックしている。赤木の目を盗み、フロント奥の方まで目を向ける。


 帽子を深めに被った徳永の顔はよく見えない。瘦せ型で、全体的に地味な服装だ。どう見ても、男一人でただ観光するだけで来たとは思えない。


 赤木はそんなことを考えていた。


「お待たせ致しました。確認が取れましたのでこちらお部屋の鍵でございます」

「どうも」


 徳永は赤木に目を合わさず、鍵を受けとると直ぐに階段方向へと向かって行く。


「徳永様! エレベーターはあちらにございます!」


 確実にその声は届いたはずなのに、徳永は反応することなく奥へと消えて行った。


 暫くその方向を見て、赤木は首をかしげた。なんとも気味の悪いお客だ。何か厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだぜ。と、心の中で呟いた。


 赤木がフロント奥へと戻ろうとした時、廊下から支配人、宮川の騒がしい声が聞こえて来た。


「あぁぁ困った! これは困ったぞぉぉぉ!」


 頭を抱えながら宮川は早歩きでロビーの広場へやって来た。続いて金子、岸本、矢吹もやって来る。


「支配人。どうかしたんですか?」


 赤木が訪ねると、食い気味に宮川は話し始めた。


「今、三人には説明したんだけどね」

「はい」

「急遽明日宿泊予約が入ったお客様を、金子君は知っているかね?」

「あぁ。確か……間宮様と、伊藤様ですか?」

「そうだ金子君。間宮敬一郎まみやけいいちろう。この方は日本の政治家だ」

「え、あのよくテレビに出てくるあの人?」

「そうだ」

「へぇ、凄い人が来るんですね」

「話はそんな単純ではないのだよ。政治家の間宮先生は、ホテル業界にも携わっていてね。その関係から、日本のホテルを厳しく評価する立場の人物でもあるんだよ」

「ほほぉ。それはやばいっすね」

「……ほほぉ。やばいっすね。じゃ、ないんだよ赤木君」

「それ聞けば、俺でも支配人が頭を抱える理由くらい分かりましたよ」

「ではどうしてそんな薄いリアクションなんだ赤木君……!」

「だって来るの明日ですよね。今更どうしようもなくないですか?」

「ぐぅぅぅぅぅ……! 金子君どうしよぉぉぉ……!」


 全力で頼られた金子は、今にも泣き出しそうな宮川を落ち着かせる。


 間宮敬一郎(48)は、若くして政界に参入し、衣着きぬきせぬ物言ものいいで国民から支持を集めた。初めの頃はその性格から政界で嫌われていたが、しっかりと結果を出し続けてきた今、その地位は高い。また、非常に整った顔立ちであり、女性からも人気がある政治家である。


 間宮は旅行好きということもあり、数年前から日本のホテル業界を活性化させるべく、評論家という立ち位置で、日本中のホテルを世界にPRしている。


 現在では、間宮が高く評価したホテルは、TVや雑誌、SNSで大々的に取り上げられ、瞬く間に評判になる。逆を言えば、酷評の烙印を間宮に押されてしまえば、そのホテルは二度と立ち上がれない程のダメージを受けることとなるのであった。


 ホテル・ヘラクレスは、立地条件の悪さのせいで年々客足が減り、そのせいで従業員数も減らさざるを得ない状況におちいっていた。有能な人材は自らホテルを去り、現在残ったのは、金子を除いた、余りやる気のない従業員たち。


 それでもなんとか復興しようと、宮川はこれまで金子となんとかやってきた。しかし突如訪れたホテル・ヘラクレス最大のピンチ。現状の状態ではきっと間宮に酷評されるに違いない。


「支配人これはチャンスですよ! 我々が今、窮地に立たされていることは分かります。でもみんなもチャンスだって分かるわよね?」


 金子は支配人を勇気付けようと、赤木、岸本、矢吹。この【やる気ナッシング・トリオ】に問うた。


「何か問題あります?」


 矢吹は全く現状を理解していない。何より、自分がどう見られているのかさえ理解していない様子だ。


「今更焦ってもしょうがないっしょ?」


 ヘラクレスがどうなろうが知ったこっちゃない岸本だが、どう見ても支配人より堂々と現実を受け止めている。


「岸本さんの言う通りっすね。金子さんが言いたいのは、良い結果が出せれば、ヘラクレスに活気が戻る可能性があるってことでしょ?」

「そうよ!」

「でも明日までに何が出来ます? てか俺、明日休みだし」


 赤木は完全に他人事として、笑っている。


「ちょっとみんな! やっと巡って来たチャンスなのよ! 私はこれ以上ヘラクレスを廃れさせたくない! だって、今までどれだけ頑張って来たと思ってるのよ……」


 この職業に誇りを持っている金子は、珍しく感情を爆発させた。


 金子が自分と同じ想いであることを知った宮川は、嬉しくて、頼もしくて、涙が出そうになった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る