第18話 台本

 中島は少し疲れているのか、目をパチパチとさせて見開く。


「赤木君以外は、ホテルの従業員として普通に登場します」

「役名は?」


 宮川はアホな質問を真面目にしてきた。


「ありません。本人ですから。支配人の宮川として普通に登場します」

「あ、あぁそうですね! すみません」

「俺の役名は?」


 矢吹はもっとアホな質問をする。


「だから無いって。話し聞いてた? 赤木君以外は、本人として参加するの。だから君の名前は矢吹! 矢吹猛やぶきもう! なんだ猛って」

「あぁ俺も本人ね。了解了解」


 中島は従業員のアホさ加減にため息をつく。


「続けますね。本番の明日。皆さんはこのロビーで、間宮さんが来るのを待ってください。他の業務もあるかと思いますが、チャンスはここしかありません。間宮さんがロビーに来たら、理想はこのソファーに自然に座ってもらえるとありがたいです。座らなかったら、宮川さんは間宮さんに支配人として挨拶をする形で接触、そのままソファーに座らせるように持って行ってください」

「え!? い、いきなりそんな大役を私が……!?」

「はい。これが成功しないとこの先の展開は難しくなるでしょう」

「そ、そ、そんな! え、ちょ、出来るかなぁ……。え、待ってお芝居ってどうやるの? せ、台詞はどんな感じですか?」


 何を一人で勝手に焦っているのか。中島は冷静な表情で続ける。


「基本的に台詞はありません」

「無いんですか!?」

「だって、本人として登場してますから。自然にいつも通り会話してくれれば、それが正解です」

「な、成程! そういう考え方でいいんですね……!」


 そう。敢えてそういう設定にしたのだ。


 素人がいきなり台本を渡されても、状況に合わせて書かれている台詞を発することは難しい。台詞と認識するだけで、緊張もするだろう。下手な芝居は不自然極まりない。


 そんな展開が続けば、間宮もこの場に留まることはないだろう。


 ただそうは言っても、【きっかけ台詞】はいくつかある。これは舞台などで主に使用するはずだが、要するに誰かの台詞が、何かのきっかけになる。


 例えば、「私は、あなたが好きなの」という台詞をきっかけに、主題歌が流れる。というような具合だ。


 自然体で間宮と接触しながら、みんなでシナリオ通りに進める。その中には覚えておかなければいけないきっかけ台詞や、きっかけの行動などもある。


 果たして本当に出来るのだろうか。


「ここで帽子を深く被った怪しい男、赤木君の登場です」

「よしきた!」


 赤木は待ってましたと体を乗り出す。


「赤木君の設定は、強盗犯です」

「なんすかそれ! ワクワクするじゃないですか!」

「強盗犯は、金目の物が無いかこのホテルに侵入していました。しかし上手く行かずホテルを後にしようと思っていた時に閃く。同じくロビーにいる一人の女性を見つけ、その女性を人質に取る」

「その一人の女性役を、探さなければいけないということでしょうか」


 金子は尋ねる。


「そうです。一先ず最後まで続けますね。人質に取った犯人は、凶器をちらつかせ、ロビーにいる人間に金品を要求する。皆さんは慌てて下さい。ここで間宮さんが、自分が人質になると言って代わってくれることがベストですが、実際はそう上手くはいかないでしょう。犯人は間宮さんを指名し、お前の方が金を持っていそうだから代われと指示します。これでおそらく人質を間宮さんに交換出来るはずです」

「最初から間宮じゃダメなんすか?」


 岸本が質問する。


「間宮さんにとっては、国民を危険に晒すことは出来ない性分、職業だと思いますから、一般客を人質に取ることで弱みに付け込みます。そうすることでこの場から逃げられる選択肢を無くします」


 一同は成程と頷く。


「ここからが本番です。宮川さんを筆頭に、犯人を説得します。もちろん赤木君と皆さんのお芝居なので、犯人は徐々に説得されていく。そして隙をついて犯人に突撃、犯人を取り押さえ、無事に間宮さんを救出します。どうですか。命を助けられた間宮さんはあなた方に感謝するでしょう。なんせホテルの従業員以上の行動を見せるわけですから」

「素晴らしい! まさに感動体験を間宮様に提供出来る!」

「まぁ、提供というのは少し変ですけど」


 シナリオの流れを聞いた一同は、細かな部分も脚本を読んで理解した。


「赤木君。どうですか? やってくれますか? 君にしか出来ない配役だと思いますが」


 赤木は静かに目を閉じ、恐ろしいほどの間を取って答えた。


「いいでしょう! 俺のデビュー作品として申し分ない脚本です!」

「……あ、ありがとう」

「支配人! 明日は俺、参加します!」

「おぉ! ありがとう赤木君! よろしく頼むよ」


 宮川と赤木は、しっかりと握手をした。


「問題は……その従業員以外の一人をどうするかですね。今からだと、私の知人に頼んでも期待は出来ないですね」


 金子の発言に、全員が同じ様に答える。本番は明日。今すぐ人数を集めて、入念な打ち合わせ、そして台本に沿って何度も練習する必要がある。加えてホテル・ヘラクレスは山の上。今すぐ来いと言っても直ぐに来れる場所ではない。


 エレベーターが一階に到着する音が聞こえた。


 降りて来たのは、名主畑リーサだった。誰にも見えていないがその横にイザナギもいる。


 リーサは大浴場を利用していたのか、ホテルの部屋着を着て、バスタオルを首にかけている。パタパタとスリッパを鳴らしながらロビーを歩く。


 リーサはロビーに集まる中島と従業員たちに気付くが、一瞬立ち止まった後、直ぐに歩き出した。


 その瞬間、中島が叫ぶ。


「君しかいなぁぁぁい!」


 驚いたリーサは再び立ち止まる。目を丸くしている。


「え、何が?」

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名主畑リーサとイザナギくん。 おたんかん @nishikiyo

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