第17話 約束の22時
21時50分。
ロビーには、既にホテルの従業員たちが集まっていた。
宮川、岸本、赤木、矢吹を交えて、間宮敬一郎について打ち合わせをしていた。
「矢吹君、それで間宮様は大浴場を楽しみにしていると。そう言っていたんだね?」
宮川は矢吹に確認する。
「はい。もしかすると今頃入ってるかもしれませんね」
「大浴場は問題無い。きっと間宮様も満足するに違いないよ。岸本君、今朝の掃除も問題無いよね?」
「タバコは吸いましたけど、掃除は完璧です」
「正直でよろしい。って馬鹿。君は色んなところでタバコを吸っていたんだな。もう二度と吸わないでくれよ?」
「分かってますよ支配人。仕事中はもう吸いません」
そう言いながらポケットから煙草を出し、一本口に咥える岸本。
「岸本君仕事中だよね?」
「いえ、支配人の頼みを聞いてここにいるだけで、正確には今日の労働はもう終わってます」
「……そうか。すまない。吸いたまえ」
「あざす」
岸本は煙草に火を点ける。
「俺も吸っていいですか?」
「赤木君は今日24時までだよね?」
「あ、やっぱダメっすか」
「協力してくれたら、吸ってもいいよ」
「それは脚本次第ですね」
「あ、あぁ。そうだったね。一流役者憧れだったね。脚本の完成を待とう」
「一流役者憧れってなんすか。そんな言葉ないでしょ!」
「あぁごめんごめんごめん。あ! 来た!」
金子が腕時計を見ると、約束の22時ちょうどであった。
宮川の目線の先のエレベーターから、中島が降りて来た。
「お待たせしました」
「出来ましたか!?」
宮川は目を輝かせている。
「まぁ。一応は」
「ありがとうございます!」
「でも、これが本当にそのまま成立するのか。そこに関しては全く自信はありません。脚本というものは、役者がいて、テレビ、舞台、映画館などがあって成立する。あくまでも物語の説明書に過ぎません」
「やるしかないっしょ!」
「……さすがは一流役者憧れだね。やる気が違う」
「ちょ、中島さん! その変な言い回しやめて下さい」
と言いつつも赤木は嬉しそうだ。早く脚本を読ませてくれと、中島にせがむ。
「印刷する時間が無かったので、一先ず僕のパソコンで読みましょう」
中島の後ろを、従業員たちが囲んでパソコンのディスプレイを覗き込む。
タイトル「頑張れホテル・ヘラクレス ~明日への希望大作戦~」と書かれてあった。
あまりにもセンスの無いタイトルに、すかさず赤木はつっこみを入れる。
「タイトルダサ!」
「え、ダサい?」
「ダサいっすよ。なんすか頑張れって。やる気あるんすか?」
「だってそうじゃない! 頑張ってよ」
「絵本みたいなタイトルじゃ、俺ノッてこないなぁ!」
「分かったよ! じゃあ取るよ! 頑張れの部分!」
「うん、取った方が普通に良い」
「君に言われると少しイラっとするんだよ」
「早く内容読ませて下さい」
中島はスライドさせて次のページをみんなに見せる。そこには登場人物が数人書かれてある。
「ここでいきなり相談なんですけど」
「なんでしょう。必要なものはなんでも言って下さい!」
宮川が答えた。中島は少し不安そうな表情だ。
「いわゆる、盛大なドッキリをリアルに仕掛けるシナリオを考えました。そこで一つ大きな問題がございまして。皆様はホテル従業員として、間宮さんに顔がバレている可能性がありますよね」
「た、確かに」
金子はハッとする。
「ホテル・ヘラクレスのホームページには、ほぼ全員の写真が載ってます。入口で満面の笑みを浮かべている宮川支配人。フロントで真剣な表情で対応している金子さん。ベッドのシーツを綺麗に直している姿の岸本さん。赤木君は……これかな? 何故か君だけ後ろ姿だけど、これ赤木君だよね?」
パソコンに表示されたホテル・ヘラクレスのホームページを見る赤木。
「そうっすね。なんで俺だけ後ろ姿~。って当時笑ってました」
「矢吹君の写真はありませんが、金子さんと共に実際に対面しています」
矢吹が神妙な面持ちで頷く。中島はそれを確認した後に続けた。
「なので、顔がバレている人間が、何かを仕掛けるというのは余りにリスキーです。なんとかギリギリ赤木君……。ただし赤木君は高身長なので、この写真の人間に結び付いてしまう可能性はあるかと思います」
「では、どうしましょう」
宮川は不安そうに尋ねる。
「最低でも一人。ホテル・ヘラクレスとは関係の無い部外者が必要です。それを踏まえて、この盛大なドッキリの内容を説明します」
従業員は一同、真剣な面持ちになるが、誰一人としてその部外者をどうやって用意すればいいか分からなかった。
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