名主畑リーサとイザナギくん。
おたんかん
第1話 終わらない夢
「お父さん……?」
ポツン。ポツン。ゆっくりと降る雨に打たれている。
寒くはなかった。大好きなウサギのキャラクターがプリントされたピンク色のパジャマを着ている。髪の毛は雨に濡れていることから、しばらくはその場で雨に打たれていることが理解出来る。
「どこに行ったの?」
しっかりと目の前を見ているのだが、そこには何も映し出されず、ただただ黒い靄の様なものを感じるだけだった。
またこの夢か。
リーサは、夢の中でそうつぶやく。この後どうなるかは知っている。小さい頃に突然出て行ってしまった父を、自宅の門の前で泣きながら探すのだ。そしてしばらくすると、男がオレンジの傘を頭上にさしてくれる。
真っ暗の闇の中に、そのオレンジだけが光の様に輝く。その光景を、俯瞰で見ているのだ。
その男は誰だか分からない。顔を見た記憶すら無い。ただとても優しく、温かい声で、「大丈夫。何も心配することはないよ。いつかまた会えるから」と、この言葉だけは今も忘れない。
男はそう言うと、門を出て車の後部座席に乗る。車のヘッドライトが点くと、申し訳なさそうなエンジン音で走り去る。
テールランプを見送ったあと、いつもの様に目が覚めた。リーサはゆっくりと目を開け起き上がる。少し目をつむり、深呼吸して布団から出た。
「イザナギ! 起きてるの?」
そそくさと洗面所へ行き、柔らかめと固め二本の歯ブラシを見て、柔らかめを手に取り歯を磨き始める。あの夢について、今ではそう深く考えることはなくなった。夢というより、実際に体験したあの日の瞬間。
前歯を入念に磨く。円を描くようにワシャワシャと前歯を磨く時が、歯磨きの中で一番好きだ。やはり固めの方が良かったかなと、一瞬思ったが直ぐにどうでもよくなった。
口をゆすぎ、顔を洗う。顔を洗うときはいつも、両手に水を溜めてその中に眼球を入れてパチパチと瞬きする。そうすることで目の中の目ヤニを除去しているのだ。両目が終わるとタオルで顔を拭いた。
「ねぇイザナギ! 早く起きなさいよ。今日はこれから商店街へ買い物に行くんだから」
黒縁眼鏡をかけ、ノートパソコンの電源を入れ、湯沸かし器に水を入れてスイッチを押す。昨日の夜に洗ったマグカップを手に取り、そこへコーンスープの素を入れる。少し袋に粉が残っていると知りつつゴミ袋に捨てる。
こう見えて朝は忙しい。依頼のメールを全て確認し、返せる内容には直ぐに返事をする。
【
ヘッダーにそう表記された自身のTwitterを開く。
正真正銘本名だ。幼い頃に父と生き別れ、母親がいないリーサはそれから一人で暮らした。幸い裕福な家庭だったことと、何不自由なく暮らせるお金は、誰からかは不明だが毎月口座に振り込まれた。それでも小さな女の子が突然一人で暮らして行けるはずもないのだが、リーサにはその頃から不思議な能力を授かったのである。
「ちょっとイザナギ! あんたいい加減にしなさいよ!?」
「……分かったよリーサ。朝からそんなに急かさないでよ……」
空中に浮かんでいるイザナギは、目をこすりながらゆっくりと降りて来る。
そう。日本神話などで語り継がれる【
何がきっかけで、どういった原理で伊邪那岐神がリーサに憑いたのかは全くの不明であるが、伊邪那岐神にはリーサを選んだ理由があるようだ。
リーサは伊邪那岐神を目にした瞬間、友達の様に話しはじめ、伊邪那岐神も直ぐに打ち解けた。元々、伊邪那岐神自身が子供っぽい性格だったため、同じく子供っぽいリーサとは気が合った。リーサはイザナギと呼び、イザナギはリーサと呼ぶ。
イザナギと出会い、二人での生活が始まった。まだ何も知らないリーサにとって、全てを知る【神】であるイザナギは、父の様な存在でもあった。小さい頃は、イザナギがいったい何者なのか当然知る由もなく、ただ拾われた犬の様にイザナギに育てらた。
リーサが高校一年生になった時、初めてイザナギとの能力を発揮する。
それは、『時を操れる』という能力であった。
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