第8話 おかしな二人

 ちょうどリーサが乗るエレベーターが7階に到着した頃、ロビーには二人の男が疲弊してソファーにうなだれていた。


「おい二条城にじょうじょう。大丈夫か?」


 黄色のアロハシャツに短パン。サングラスをかけたセンター分けの男は、後輩である二条城譲二にじょうじょうじょうじ(26)に声をかける。


「は、はひ……」


 力なく返事をする二条城は、どう見ても先輩より疲弊していた。着ている青色のアロハシャツは、大量の汗で変色している。


 二条城の足元には、大きな荷物が複数置かれていた。それは誰が見ても二人分の荷物を持たされ、この悪路を踏破とうはした証拠であった。


「ったく少し歩いたくらいで疲れすぎだ。お前は体力が無いんだよ。日ごろから散々言っているだろう」

「だって、先輩……。僕、先輩の荷物まで……」

「誰もいないのかこのホテルは!」


 後輩の言い分をぶった切る先輩、上川重治かみかわしげはる(34)は、既にフロントへ向かっていた。


 上川は呼び鈴を鳴らす。


 しばらく待ってみたが返事はない。


「どうなってやがるこのホテルは! 誰もいないのか! 本当にここはホテルか!? 既に廃業した幽霊ホテルなのか!?」


 ホテル・ヘラクレスまでの道のりを初めて登った人間とは思えないほど上川は元気だ。それほど体力には自信があるのであろう。やかましく一人吠えている。


「おい二条城。ホテルの人間を探してこい」

「もう少し休ませて下さいよ先輩……」

「甘ったれるなぁ! 俺たちに休んでいる暇など無い!」

「でも今日はホテルに到着するだけで、後は予定無いんじゃ……」

「一つの計画だけで日々を生きるなぁ! 予定はあくまでも予定だ。余った時間があればそれを有意義に使え!」

「でも、先輩の荷物持ってこの山道を……」

「まだ誰も来ないのかこのホテルは!」


 二条城の最後のセリフは、またしてもこの男に遮られた。


 上川は落ち着きなくロビーをウロウロと探索する。


 すると廊下から走ってフロントの金子がやって来る。


「お客様! お待たせいたしました!」


 上川の近くで止まり、深々と頭を下げる金子。その様子をサングラス越しに、細い目つきで見ている上川。


「君は?」

「私、当ホテルのフロントを担当しております、金子と申します」

「遅いじゃないか。本来であれば入り口にベルボーイの一人くらい常駐しているのでは?」

「誠に申し訳ございません。只今従業員が不足しておりまして、お客様には大変ご迷惑をおかけ致します」


 金子が頭を下げると同時に、右耳にかかっていた髪の毛がはらりと落ちる。頭を上げると同時に、再び髪の毛を耳にかける仕草とその表情に。上川は金子の色気を感じた。


「上川ですっ」


 サングラスを外し、キリっとした表情で金子を見つめた。


「重治ですっ」


 何故、分けて名乗ったのか。


 不思議でならなかったが、金子は満面の笑みで挨拶を返した。


 力強い眉毛。彫刻の様に堀の深い顔だなと、金子は思った。ふと、誰かに似ているなと感じたが、直ぐには思い出せない。


「おい! 二条城! 金子さんに挨拶しろ」

「あ、はい……!」


 多少動けるくらいには体力が回復した二条城は、ふらつきながらも金子の前にやってきて名前を名乗った。


「上川様と二条城様ですね。少々お待ち下さい」


 金子はフロントに入り、パソコンで作業をする。


 それを細目でしっかりと見つめる上川。


 横でその表情をバレない様に盗み見る二条城。


「とても良いホテルじゃないか二条城」

「え、でもさっきは怒っていたじゃないですか」

「馬鹿を言え。あれは一種のパフォーマンスだ」

「パ? なんの……?」


 二条城は上川に聞こえるか聞こえないか程度につっこんだ。


「お客様お待たせ致しました。こちらがお部屋の鍵になります。生憎あいにくベルボーイは他のお客様を担当しておりまして、戻って来るまでもう少々お待ち下さい」


 深々と金子は頭を下げる。


「いえいえいいんですよ! 我々の荷物など、自分で運びますからお気になさらず!」

「でもあれほどのお荷物をお客様に運ばせるわけにはいきません」

「あれほどの荷物? あぁあのの荷物ですか! あんなもの荷物の内に入りませんよ!」

「え?」


 自慢げに高笑いしている上川の横で、二条城はその言葉と、上川の豹変した態度に驚きを隠せない。


「当ホテルまであれほどのお荷物を運ばれて、さぞかしお疲れでしょうし」

「全部。私が運んで参りました」

「は?」


 先ほどよりも更に自慢げに高笑いしている上川の横で、二条城は若干の怒りを感じた。


「えぇ!? これ全て上川様が!?」

「えぇ。これくらいどうってことないですよ! 日ごろから、鍛えてますから!」

「凄いですね!」


 違う違う違う。それは俺。俺が全部運んだの。と心の中で叫ぶ二条城。しかし残念ながら完全に手柄を横取りされた。


 あれほど辛く険しい道のりを、二人分の荷物を背負って死にそうになりながら運んだのに。その全てを持っていかれた。別に金子に良い恰好を見せたいとかそういうことではない。二条城はそんなことには興味が無いのだ。


 ただ少しだけでも、感謝の気持ちを伝えて欲しかった。それだけで報われたのに。


 そんな二条城のことなど知る由もなく、隣で上川は女にモテようとベラベラと話し続けている。


 どうでもいい話を聞いている金子は、上川が誰に似ているか分かった。


 ホテルの頂上にいる、ヘラクレス像の顔だった。

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