第10話 探偵登場

 そこにはリーサが立っていた。自分の部屋に荷物を置いて直ぐ、ベルボーイの矢吹と共にロビーへ降りて来ていた。


 宮川はリーサに目をやり、直ぐにホテルマンとしてスイッチを入れた。


「これはこれはお客様ぁ! 本日参られたのですか?」

「名主畑様でございます」


 金子は伝える。


「名主畑様でしたか! ようこそホテルヘラクレスへ! わたくし当ホテルの支配人をしております、宮川と申します」

「リーサです。よろしく」

「なんともまぁ可愛らしい! お一人で?」

「うん」

「最高級のおもてなしをさせていただきますので、ごゆっくりと漫喫して下さい」

「期待しているわ」


 ロビーのソファでは、イザナギがジャージ姿で座っている。どうやらこれからホテル周辺を探索するようだ。


 リーサは右手親指と、人差し指の先端を合わせて丸い形を作ると、そのまま右目に持って行き、その穴から岸本と赤木を覗き込んだ。


 宮川は、リーサの謎の行動をしばらく見たあと声をかけた。


「あの、名主畑なぬはた様……。いったい何を?」

「推理してるの」

「推理?」

「そ。少し話しが聞こえたけど、この人たちが部屋でタバコを吸っていたかどうか、確認しているんでしょ?」

「こ、これは失礼致しました! このような話をお客様にお聞かせしてしまうなんて、ホテルマンとして配慮が足りませんでした。何卒お許し下さい」


 宮川は深々と頭を下げ、続いて金子も頭を下げた。


「別に気にしてないわ。そんなことより」


 リーサは覗きながら、岸本に近づく。それからゆっくりと岸本の周りを回り始めた。


「ちょっと、なんなんですか?」


 岸本の声は届いているのか、無視しているのか。リーサは直ぐに返事をしない。


 その場にいる全員が、リーサの行動に目を丸くしている。


「ははーん。なるほどね」


 リーサはようやく右手を降ろした。


 すると腕を組み、今度は尖らせた唇に、右手人差し指をトントンと当てる。何かを考えながら、その考えを一つの答えに結び付けている。


「あなた。そしてあなた」


 リーサは岸本、赤木の順に顔を見る。


「二人共、間違いなく部屋でタバコを吸ったわね」

「……だから吸ってないって言ってんじゃん」


 岸本はいきなり現れた謎の女に、全身を舐めるように見られ、タバコについても迫って来たことに苛立ちを隠せない。


「あんた何なの?」

「私、こう見えて探偵なの」

「探偵?」


 背の小さいアイドルみたいな女が言い放った【探偵】という言葉を、到底信じられない岸本は高笑いした。それは矢吹も全く同じ気持ちであった。


「岸本さん! お客様に失礼よ」


 金子は岸本に厳しく注意する。


「分かってますよ。でもなんの証拠も無いのに私たちがタバコ吸ったって言いきって、更にはいきなり探偵? 可笑しくて笑っちゃうんだけど」

「証拠ならあるわよ?」

「はぁ?」

「あなたの衣類から、タバコの匂いを取り除いた証拠が」

「……どういう意味?」

「タバコって含まれているアンモニア、タール、アセトアルデヒドをはじめとする、さまざまな有害成分が混ざり合って服に付着するため、なかなかとれない頑固な悪臭となるの。これらの悪臭には、香水や芳香剤を使用してもあまり効果がない。タバコの臭いを別の香りでカバーしても、タバコの臭いと混ざり合ってしまい不快感は増す。あなたからはそのたぐいの匂いもしない。じゃあどうするかなんだけど。あなたの衣類……。少し湿っているわよね?」


 岸本は一瞬反応してしまい顔に出る。赤木に関しては誰が見ても同様している。


「そうねぇ。清掃員という業務を活かして、衣類にスチームでもあてて、繊維に入り込んだ匂いを追い出したんじゃないかしら? 誰もあなたの衣類を触って確認することなんてないものね」

「それがなんだって言うの? 実際に私から匂いはしないのよね?」

「あなたはね。でも隣の人からは、衣類ではなく指から微かに紙タバコの香りがする。あなたは丁寧に手も洗ったんだろうけど、この人は雑に洗ったんじゃないかしら? 日頃から常習的に吸っていれば、その辺がおろそかにもなるわ」


 赤木は観念したのか、両目を瞑りだした。


「……私の証拠ではないわよね?」

「あなたが吸っているタバコ。ピアニッシモってやつじゃないかしら?」


 一瞬岸本の目が泳いだのを、リーサは見逃さなかった。


「言わなかったけど、702号室。私の部屋でも吸ったでしょ?」

「えぇ!?」


 金子は口に手を当てる。


「匂いはしなかったけど、浴槽の換気扇の下にね、灰が落ちていたの。少量だけど」

「……それがどうして、私の吸ったタバコの灰なわけ?」

「ピアニッシモの灰は特徴的なの、あなたも知っているわよね?」

「……」

「白く細く。タバコの形状そのままの感じでゴロっと灰になる。それが落ちていたわ。ピアニッシモを男性が吸っている確率は低い。あなたが吸っているタバコの銘柄。教えてくれない?」

「……持ってないわ」

「嘘。さっきまで耳に掛けてたんじゃないの?」


 岸本はしばらく思考し、なんとか言い逃れる術を考えるが、やがて諦めると、先ほどの耳に掛けていたタバコを出した。


 タバコのフィルターには、筆記体で【pianissimo】と記されていた。

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