『自分』という設定

僕はマネキンだ。マネキンには鼻も口も髪の毛もない。だから僕は何者にでもなれる。だけど、何者にでもなれる、というのは本当にいいことなのだろうか。何者にもなってはいけないような気がする。どうしたらいい、どうしたらいい。僕は、何者になるべきなのか。

主人公の「僕」は自分のことをマネキンと呼びます。マネキンというのは「何者でもない」という事実の暗喩です。しかしながら、「何者でもない」というのは「何者にでもなれる」と同義でもあります。「僕」は状況によって嘘を使い分けて生きています。「僕」はそんな自分が嫌なのです。だからどうしても誰かに聞いてほしくてぶちまけます。
ここでの返しが、じつにおもしろい。「僕」の悩みに対し、興味深い切り口での回答が与えられるのです。きっとここで、読者は一瞬考えるのではないでしょうか。自分も同じような経験ないかなって。本作にも書かれていますが、会社や学校での自分と家での自分はまた違うでしょう。友達と遊んでいる時の自分だって、接する相手によってはその種類が異なるはずです。

このテーマは、美容室における「嘘」という事件で表現されています。この美容室での行動がそのままテーマになっていますので、いわば本作のシナリオ自体が大きな大きなメタファーを構築しているわけです。うまいなぁ、と思いました。僕と彼女の会話でテーマを浮き彫りし、その前後、美容室のシーンでテーマのメタファーを「事件として」見せる。これはすごくうまいライティングです。
読者の方にはぜひ、「この物語全体が一つのテーマになっている」ということを意識しながら楽しんでいただきたいなと思います。面白い読書体験ができるでしょう。

あと、最終話である第4話はほっこりしますよ。
読後感がとてもよく、おすすめです。

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