セックスはヒューマンドラマだ

セックス、という単語を聞いてどう感じるか。それは人それぞれでしょう。私はその単語に特別感を覚えます。皆様のセックスの相手候補は、人それぞれなのだと思います。配偶者や恋人とのセックスもあれば、友人とのセックスやワンナイトの関係もあることでしょう。しかしながらそれらはいずれも特別なものです。人間の弱い部分――肉体的にも精神的にも弱い部分をこすりあわせ、お互いを認め、お互いを赦す行為なのだと私は思っています。もちろんその中には、単純に「生物としての欲求を満たす」という側面もあります。

しかしながら、一般的な創作物ではその「欲求」の部分のみフォーカスされ、セックスが本来もちうる要素の全てを描ききれていません。その要因の一つとして、「読者がなにを求めるか」と検討した結果、欲求の部分がもっとも重要になってくるという事実があるのでしょう。ただ、セックスには本来、多くの要素が含まれているものです。各創作物の作者はその中には創作や表現に足る要素があるということに気づきながらも、創作の性質上表現を諦めたという背景があるのかもしれません。だからこそ本作はひときわ輝くのです。本作は「欲求」の部分にも言及しながら、セックスに内包される要素を描ききることに成功しています。これは、希有な作品だといえます。

まず、セックスはヒューマンドラマなのだと思います。相手と、ベッドインするまでに交わされた時間、交流、関係性。そこから導かれる、相手の指向性、生い立ち、気質。それらが理解されていないセックスは空虚なものです。もちろん「相手を知るのにどれくらいの時間をかけるか」というところは人それぞれなのでしょうが、その時間が皆無であっては話になりません。少なくとも相手の服装、簡単な挨拶、そういうところからでも相手の背景を推測することができます。それが可能であるからこそ、アダルトビデオは面白いのでしょう。単に性器と性器の結合を見ても、なに一つ面白いことはありません。セックスはお互いがお互いをより理解する機会なのです。ゆえに、それまでに相手のことを一つでも多く知っていれば、セックスは豊かになります。本作ではセックス保険の顧客の背景をしっかりと描き、その人物がなぜセックスするに至ったか(あるいはセックスできないか)、そしてセックスを通じてなにを喜び、なにに悩んだのか。ここがしっかりと書かれています。セックスのヒューマンドラマとしての要素を表現しきれているのです。

また、セックスはサスペンスであるとも思います。セックスをするまで見えてこなかったことが、セックスを通じて見えてくるのです。それは相手のことでもありますし、自分の心のことであったりもします。だけど人間の理解というのは「0 or 100」ではありません。セックスをする前から、言語化できないなにかを感じとっている。その部分的な答え合わせが、セックスによって可能になるというわけです。だからセックスは謎解きなのです。サスペンスなのです。本作の後半はサスペンス的展開となっておりたいへん面白いのですが、これはセックスのサスペンス的要素と大きな親和性を有しているといえます。

本作ですが、セックスのヒューマンドラマ的要素を描きながらも、ちゃんとセックスの「欲求」としての側面も書けています。タイトルに「セックス」を入れられているところが、まさにこの作品の本質を表しています。本作は、セックスを総合的観点から捉えた名作なのです。また、ヒューマンドラマを描くためには登場人物を立体的に活躍させなければなりません。コールセンターの女性である美智子・同僚の三上さんと源さん、そして私が作中でもっとも好きなアキラ(この人のエピソードはぜひ読んでほしい!)。彼らが生き生きと活躍することで、ドラマのすべてに真っ赤な血が流れています。生きている、という感覚なのです。その喜びを、セックスという大切なものを通じて私たちに届けてくれているのです。

さて、ここからは追伸のようなものですが。作者はじいさんを描くのがうまいですね。第15話の、三上さんと原田さんのやりとりはたいへんよかったです。私が個人的に好きだったのですが、読者様もこちらのエピソードを楽しんでいただけたらいいなと思うわけです。じつにいいじいさんが出てきますから!

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