とんでもない良作をみつけてしまったかもしれない。
読み始めてすぐ、率直にそう思いました。
そこから、気づけばほとんど一気読みをしてしまいました。
舞台は現代。主人公の高校生:蓮夜(れんや)が、悪霊に声をかけられた時から、物語が動き出します。
その悪霊というのが、どうにもクセ者でして。
見た目は、黒いスーツに白シャツの三十代くらい男なのですが、目つきも悪いし、口も悪い。
極めつけは蓮夜に向かって「お前さん、うまそうだ」等とのたまうのですから。
とんでもない悪霊です。
しかし、蓮夜は、自身の血縁のさだめともいえる厄介な事情により、この悪霊と向き合っていくことになるのですが……さて、二人の運命はいかに。
ジャンルはホラーの本作ですが、少年漫画を読んでいるようなワクワクを味わえるエンターテイメント作品としても紹介できると思います。
最後に。本作の登場人物たちについてですが。本作にはバトルシーンもありますので、当然、敵役も現れます。
でも、不思議なことに、どの登場人物たちも嫌いになれないのです。
それはたぶん、どの登場人物たちも、「自分以外の誰かのことを思う気持ちがある」からなのではないか、と私は思いました。
そういう意味では。この作品ほどやさしいホラーにお目にかかったことはないな、なんて思うのです。
私は本作「霊々、夜。」を読ませていただき、これは組成の物語だと感じました。組成の各過程においては読者に、変化と研磨というエンターテインメントが与えられます。これはたいへん心地よく興味深い時間であり、この組変こそが本作最大の魅力であると言えるでしょう。それでは以下、レビューにて詳しく紹介をさせていただきます。
まずこの物語は、大変安心のできる物語であると言えます。冒頭すぐに「閻魔の目を地獄へ還し、七獄の年を越える」という大目的が現れます。詳しくはまず、冒頭を読んでみてください。そしてこの目的が達成に向けて収束されていくかどうかはわかりませんが、まずこの物語の着地点が示されるところがわかりやすいわけです。そこでは150年という数字が用いられていますが、その長い年月はこの物語に一つのスケール感を与えていると評価できるでしょう。
着地点へと歩いていく道中では、たくさんの魅力的なキャラクターが貴方の手引きをしてくれます。たとえば幽霊の逢坂深雪。彼女は幽霊でありながら実体化することを可能としており、かつ周囲の人間に「生きている人間と認知」されているのです。これは新しい発想ですね。一部の人だけが見える幽霊、という話はそこそこ目にしたり耳にしたことがありますが、全員に「生きた人間」と思われている幽霊というのは独自性があり、大変面白そうです。これは、作者が「幽霊などの怪異を身近なものとして愛している証左」などだと私は思います。もし幽霊という存在を日常から乖離させるような価値観をもっていたとしたら、こんな発想はわいてきません。作者は知識、知見、感覚というところを余すことなく表現しており、読者は新しい感受性をもって作者の世界を楽しむことができるでしょう。
作者の知識や知見の話になりましたので、この話題を一つ深掘りさせてください。この物語は現代を舞台にして進行していきますが、サイドストーリーとして色んな時代、そして舞台を基軸とした話も描かれます。それらの舞台の描き方にはリアリティがあり、作者の深い知見、あるいは取材の跡を感じることができます。また、そう、このサイドストーリーがとてもいいんだ。先ほど申し上げた逢坂深雪、元軍人のサネミ、そして、後ほどしっかりと解説させていただきたいロクロウというキャラクター。作者が怪異を「血の通った存在」として認識しているからこそ、怪異に対して濃厚なサイドストーリーが設けられているわけです。特にロクロウのサイドストーリーは秀逸です。雨のけぶる香りすら感じられるような、優れた情景描写が展開されていました。
さらに作者の魅力という点で、「理解するスタンス」・「主人公の造形の良さ」・「非常に絵的な描写力」の三点を付記しておきます。作中において元軍人のサネミというキャラクターが登場するのですが、このキャラクターの背景より、必然的に戦前戦中への言及がなされることになります。この戦争というものをどう捉えるか、どう解釈するかについては諸兄様々であることと存じます。ここで作者は様々な価値観について、「かもしれない」という言葉を用いて括っています。これは単純な思考の放棄を示しているではなく、状況や背景の違いにより様々な価値観が生じることを認めた言葉なのだと感じました。様々な価値観をまず理解すること。作家に求められる資質の一つを満たしているように感じます。そして主人公は誰かの命を護り、そのために自分の命を懸ける。誰かの悲しみや苦しみに対して涙を流します。これは非常に、主人公然としていますね。私たちは主人公の連夜に強く共感し、彼のフォーカスに合わせるようにしながら物語を楽しむことができます。またそのフォーカスの先には、極めて上質な筆致で描かれた世界が存在しています。この意味でも、本作は「大変安心のできる物語」であると言えるでしょう。
ところで逢坂深雪のサイドストーリーにおいて、彼女が妹に対して強い思いを抱いているという説明がなされています。これは深雪だけでなく、他の怪異についてもそうなのです。死してなお、誰かに対して強い思いと願いを抱いているわけです。本作は怪異をベースとした奇譚でありそれをエンターテインメントの軸に据えていますが、もし本作にテーマを与えるとすれば「人への思い」ということになるでしょう。人の思いというのは強い。死後の世界、死後の生活というものを引き合い出すことにより、死してなお強いのだから、今この瞬間においては世界中に強い思いがたくさん存在していることを自明のものとして表しているわけです。私は、そのように感じました。
ここで、本レビューにおいてもっとも伝えたいことを書かせていただきます。私が冒頭に挙げた言葉を覚えていらっしゃいますか。そう、「組成の物語」という言葉です。では何についてのどのような組成かと申し上げますと、これはキャラクター、さらに具体的にいえば、ロクロウという怪異のキャラクターに対して焦点を当てた組成になります。
まずこのロクロウですが、シナリオ上は「敵」あるいは「怖い存在」として登場します。しかしロクロウはある目的がきっかけとなり、主人公の連夜と力を合わせることになります。この展開が、どれだけ心地よいか。読者の皆様もご経験があるかと存じます。物語において、強力な敵が味方になった時、強い安心感と信頼感を覚えませんか。そのためには敵が強力であることをしっかりと描写しなければならない一方、あまりにシーンを重ねすぎると冗長に転化するリスクもあります。しかし作者は短いシーンでロクロウの怖さと強さを表現し、読者に対して極上の心地よさを提供しているのです。これはすばらしい筆力だと感じます。
そしてロクロウは、土中の二酸化ケイ素が色を帯びていくように七色の変化を見せてくれます。連夜が学校に行くように注意をしたり、連夜の試験勉強につきコーヒーを渡して応援したり、次第に「人間の心」を表に出してくれるわけです。その心はプラスのものだけではありません。ロクロウのかわいらしさ・優しさの発露と表裏をなす形で、彼のもつ慈しみや困惑というものも表に出てきます。目を細めて笑う姿がありましたし、主人公を窮地に立たせたことを自責する姿もありました。ロクロウは本作のシナリオ進行に繋がる形で、様々な輝きを放つようになるのです。まさに宝石です。いえ本当に、最初はモノクロのようだったロクロウがカラフルに感じられるようになるのです。物語の大きな楽しみの一つに「そこに生きる人間の変化」というものがありますが、ロクロウはまさにその部分に寄与していると言えるでしょう。連夜もその組成に反射するように、ロクロウに強い思いを抱くようになります。ついには、ロクロウの窮地に涙を流すようになるのです。この組成の流れこそが、本作一番の読みどころであると私は感じます。
さて、これまでも微妙なネタバレを含んでまいりましたが、最後に一つ、具体的なせりふを引用させてください。
「軽く見てはいけない命の中に、自分をちゃんと含んでるのかって聞いてんだ!」
これは先述の、ロクロウのせりふです。私が「霊々、夜。」でもっとも好きなせりふです。そしてこのせりふは、本作のテーマである「人への思い」と密接に繋がっているようにも感じられるのです。そうです、自分への思いも大切だ、ということですね。自分に思いを与えることができれば他者に対して思いをもつことができ、他者を思いやることができれば自分を大事にすることができる。これらは、宝石に与えられる価値と、宝石が人々に与える喜びのような関係です。逆方向のベクトルが、その実、強く結びついているわけです。
本作は、キャラの組成、すなわちキャラクターが読者の目の前でつくられていく小説なのだと言えます。そして色を帯びたキャラクターたちは、たくさんの価値をあなたに贈り届けてくれることでしょう。この物語を読み終えた時、貴方はキャラクターにどのような色を感じ、そして貴方自身にどのような色を感じるか。このレビューを書きながらそんなことをふと想像し、とっても楽しい思いに浸ったりしています。
※本レビュー作成時点でまだ連載中のため、「第六夜」までのレビューです。
本作の魅力は「ハズレが無い」ことでしょう。
心優しい主人公と少し厄介な悪霊との凸凹バディ。
緻密な設定と派手なアクション。
守る/救うべきヒロイン(達)。
個性豊かな周囲のキャラクター達。
テンポの良いストーリー進行。
どれを取っても読者を飽きさせず、安心して読み進めることが出来ます。
主人公達は150年に一度の厄災を退ける為に奮戦します。
幽霊や妖怪が数多く出てきます。
プロかと思うほどの描写力で、その情景、感情、熱量、明暗まで感じ取りながら読むことができました。
結末を楽しみにしたいと思います。