第8話 扉を叩く音
「この度はようこそ我が村へお越しいただきました。碌なおもてなしも出来ませんがゆっくりして行ってください」
老人がにこやかに笑っている。私は嫌な予感を感じつつも返答を行う。
「迎えてくださりありがとうございます」
「いえいえ。貴方達はイーライの恩人ですので。今、夕餉を作っております。家内の料理は絶品ですぞ。ただ、少々時間がかかるかもしれませんが・・・」
「いきなり大人数で押しかけてしまいましたから。そうだ。私どももお手伝い致しましょう。リリー、あと騎士団からも一人手伝ってくださる?」
私はジャスパーの眼をじっと見ながらそう告げると、ジャスパーは部下の一人を指差して、行って来いと指示をする。
「そんな!皆様はお客様なのですから座っていてください」
「でも、何もしないのは申し訳ないわ。ぜひ手伝わせてください。お願いします」
私は老人の眼を真っ直ぐ見つめた。口元は笑っているが見開いた眼を絶対逸らさない。圧力をかける時の話し方だ。
「はぁそうおっしゃっるのであれば・・・」
10才の出す圧に老人が押されたとは思えないが、とりあえずOKはもらえた。先程から気になっていた村長の過剰な歓迎ムード。ジャスパーが行きがけに言っていた強盗の話。考えすぎかもしれないが注意するに越したことはない。
もし、私達を襲う気なら食事に毒でも仕込むのが手っ取り早い。だから、リリーと護衛を調理場に行かせた。リリーはともかくジャスパーの部下ならその辺りは警戒するだろう。
「では、調理場までご案内します。こちらへどうぞ」
老人はリリーと護衛の一人を連れて奥の部屋に消えていった。部屋には私達だけが取り残される。
「これほど歓迎されしてくれるとは思ってみませんでした。どう思います?」
老人が奥の部屋に消えるのを見計らって、ジャスパーが質問してきた。
「気にはなるけど、今の段階ではなんとも・・・」
「先程から、村長としか話していません。ご家族は挨拶してくれましたが、他の村民に会っていません」
「つまり何が言いたいの?」
「貴女も同じ懸念を持っていると思いましてね」
ズルい男だ。自分では断言を避けて他人に言わせる。もし、問い詰められたら自分は言っていないと言い逃れをするタイプ。これだからイケメンは信用できないと前世の私が言っている・・・と思う。
「確証はなにもない。念の為、リリーと貴方の部下に調理場に行ってもらったし。リリーはともかく貴方の部下はその辺り見てくれるでしょう?」
「はて?私は料理が上手な部下に言ってもらっただけですが?」
「え?あ、貴方ねぇ!?目配せしたじゃない!」
私が取り乱して、ジャスパーに声を上げると、ジャスパーは笑っている。
「ははは!冗談ですよ。たまには10才らしく取り乱しているところも見たくて」
「茶化さないで!」
私が反論するとジャスパーの表情が真顔になる。わたしは突然の表情にドキッとした。
「茶化していません。10才は野に出て遊んでいる年頃だ。だが、今の貴女は10才でしか出来ないことを捨てようとしているように見える」
「私は貴族よ。平民じゃない」
「子供には違いありません」
「貴族に対してそんな口の利き方をするのがプランツ騎士団の流儀なのかしら?」
「これは私の我儘です。子供は子供らしく、何も考えず遊んでいる時間が必要です」
いつもニヤけているような男が真顔でこんな事を言う。私は驚いた。断言を避けるズルい男だと思ったけどそれは違う。いつもは笑顔で優しい男、時には相手を真剣に気遣う男。
「貴方ってそうやって女性を口説くの?」
「え?さすがに10才は対象外ですが、お嬢様が望むなら・・・」
「せんでいい」
「ですよね」
そしてジャスパーは笑顔になる。断言を避けようが避けなかろうがこいつはズルい男。喪女時代(前世)だったら今ので落ちてたわ。
その時、村長の扉がドンドンドン!と叩かれる。とても乱暴な叩き方だ。部屋の中にいる私達は「きたか」と身構えた。
戸を叩く大きな音に、村長が慌てて厨房からこの部屋に入ってくる。村長は警戒して剣や槍に手を伸ばす騎士団を見て、しまったという表情を浮かべた。
「驚かせて申し訳ありません!皆様、村のものが来ただけです」
そう言って村長は玄関の方に進んで、扉を開ける。そして扉から顔を出して小声で話している。
「何を言っているのかしら?」
私が純粋な疑問を口にすると護衛の一人であるトビーが口開く。
「"来るなと言っただろう"と老人が申しております」
私がその護衛の方を見た。
「貴方、聞こえるの?」
「魔術を少しかじっております。魔術師と名乗れるほどではありませんが、索敵用の術はいくつか覚えています。今は聴覚を鋭敏にする術を使用しました」
「プランツ騎士団はいい部下を持っているわね。続けて声を拾ってくれる?」
「はい。外の者が"いつやるんだ!"、村長が"やるつもりはない!"と申しております」
「すごい不穏な言葉ね」
「外にいるのは複数人のようですね。外の者が"準備は終わっている"、村長が"いいから家に帰りなさい"」
拾った言葉を聞いたジャスパーが口開く。
「これは先に攻撃して切り抜けたほうがいいんじゃないですか?」
私に向かって言われた言葉に返答する。
「まだ断言はできない。というかリリーも貴方の部下も今調理場でしょう?」
「ああ、そうですね。回収にいかなきゃ」
「まだ、そうと決まったわけでは・・・」
「しかし、先手を取られるとこちらもこちらにも被害が出るかもしれません」
「そうね・・・」
私がどうするか悩んでいると、部屋の中にいたイーライが口を開く。
「皆様落ち着いてください。私達にあなた方をどうこうしようという考えはありません」
私達はイーライの方向を見て考える。
「な、なんでしょう?」
ジェフを除く、部屋のもの全員がイーライの方を見たので、イーライは気圧されている。
「そういえば、お前らがいたな・・・」
「え?」
ジャスパーの突然の言葉にイーライはキョトンとした顔をしている。
「どうしましょう?」
ジャスパーが私にそう質問した。ジャスパーはもしもの時はイーライ達を人質にしてはどうかと問うてきた。あちらにも人質は2名、こちらにも人質が2名。これでイーブンだ。その上こちらには、人数が少ないとはいえ訓練された騎士団がいるし、戦うための武器もある。もし、村人が襲ってきてもこれらさえあればこの局面を切り抜けられるかもしれない。
「どうしましょうって貴方ね・・・」
「私にはお嬢様と部下たちを守る義務があります」
また、ジャスパーは真剣な顔をしてこちらの眼を真っ直ぐ見据えている。
「もうちょっと待ちましょう。もしその気でも村長が抑えているということは今は襲ってこないはず。ひとまず情報収集に努めましょう」
「わかりました。でも、もしもの時はご覚悟を」
覚悟。この場合の覚悟というのはどういうことだろう?命の危険があるという意味の覚悟?それともこの村人を殺す覚悟?
たしかにジャスパーたちがその気になれば逃げることは可能だろう。だがその場合は村人を何人か殺めてしまうことになる。それは私達がこの村を訪れなければ死ぬはずがなかった人たち。私が考えもなしにこの村を訪れなければ発生しなかった被害。私のせいで死ぬ命。その覚悟のことだろうか?
「わかった。私も覚悟をする。もし、事が起きたなら村人を殺してでもここから離脱しなさい」
私は努めて冷静さを装った。それをみてジャスパーが微笑む。
「了解しました。お嬢様」
危機を目の前にして、メグの記憶の中にある野戦病院のことを思い出す。父上が野戦病院へ慰労に行く時、メグが無理を言って連れて行ってもらったことがある。自分の領土で何が起きているかを知りたかったからだ。夜戦病院では、誰もが苦しみ、うめき声を上げていた。朦朧とした意識のまま痛みだけを感じ続け叫び声を上げる。たった今事切れた仲間の前で泣いている兵士。走り回り疲れ果てた医者や看護婦達。血と腐臭の匂いがいつまでも鼻の奥にこびりつく。そんな地獄を目の辺りにしたメグは血が出るほど拳を握っていた。そんな地獄を私は今から作るかもしれない。
だが、一方で別の感情も芽生えていた。それは日野あかりの頃の記憶。日野あかりは歴史オタクだった。特に軍記物が好きで良く本を見たり、動画を見たりしてはテンションが上っていた。今、目の前でその事が起きるかもしれないという不謹慎な感情が全く無いというと嘘になる。
だけど、今はやっぱり当事者にはなりたくないという気持ちが大部分を占めている。
「おい!」
突然、村長が大声を上げる。その方向を見ると村長が押しやられ、村人達がズカズカと村長の家に入ってくる。
しまった!と思って身構えて村人達を観察する。村人達の手にはたくさんの野菜や肉が入ったカゴを抱えていた。そして村人の一人が口を開く。
「客人が来たのに宴をしないとはどういうつもりだ!」
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