4章 命をかけた戦い

第29話 立入禁止 -セオサイド-

 ルモート村の外れで馬車の情報を聞いた次の日、レオは騎士団を引き連れて噂のあった村へと向かう。正確な場所はヒューゴが確認済みなので、僕らはヒューゴの指示にしたがう運転手の馬車に乗り、目的の場所へ向かう。途中までは街道があるのでそれほど揺れもなく快適な旅だった。そして2時間ほど馬車が進んだところに、整備されていない小道が現れる。その小道に入りしばらく進んだ先が目的の村だ。

 

「やっとというべきか、ようやくというべきか。とにかくもうすぐでメグのいる目的の場所に到着するね」


 僕がレオにそう言った。


「屋敷を出発して4日目か。救出というにはだいぶ遅くなったと言えるな」


 貴族の誘拐というならば翌日か翌々日には身代金請求がなされていそうなものだ。しかし今回はそれらしき声明がなかったので可能性としては奴隷として売るという方が高い。その場合、誘拐されて4日だか5日かかってようやく下手人を捕まえてももう売られた後だろう。


「まぁ誘拐と決まったわけじゃないし、案外手厚くもてなされてるかも」

「まぁそうだがメグの性格を考えるとなぁ・・・。面倒になって殺されてる可能性もあるよな」

「酷いことを言うね」

「そうだな」


 そう言ってレオは馬車の窓から外を見る。切り立った崖が視界を完全にふさいでいる。


「まぁ何であれ。無事だと良いが・・・」

「そうだね」


 レオの言葉に同意した直後、馬車が急に止まる。


「どうした!?」


 僕らは突然の出来事に驚き大声で運転手に質問していた。運転手の返事はない。


「いったいなんだというのだ?」

「外に出て確認するから、レオは待ってて」

「おい。盗賊だったら出た瞬間囲まれてたなんてこともあるだろ?」

「それはない。索敵系の魔術で馬車の周りだけは確認したから」

「そうか」


 僕は馬車の入口を開き外に出る。そして馬車前方を確認した。


「これは・・・?」


 僕らが進む道の先には、いくつかの木の板がところどころ地面に挿してある。おそらく矢避けようの板だと思われる。また簡素であるが柵のようなものも設置され、狭い道が更に狭くなっている。


「どうした?」


 馬車の中から声がレオが聞いてくる。


「どうやらここからは立入禁止のようです」

「?」


 僕の言葉の意味がわからないレオが馬車から降りてきた。そして僕が見ている視線の先をみる。


「これは・・・」


 レオも思わず声を上げてた。


「歓迎はされないようだな」


 レオはそう呟いた。

 木の板や柵の向こうにはたくさんの人が立っている。人数にして20人~30人だろうか。正確な数はわからないがとにかくたくさん立っている。そして手には長い槍を握っている。その中のひとりである腰の曲がった白髪の老人がこちらに向かって歩き出した。そしてちょうど僕らと彼らの間まで歩き、そこで立ち止まり口を開く。


「ようこそ我らが村へお越し下さいました。何用ですかな?」


 落ち着き払ったしいがれた声で僕たちにそう聞いてきた。声から動揺は読み取れないが、後ろに武装した村人を控えさせているとなるとやはり歓迎はしてくれないのだろう。これは予想外の事だ。歓迎されないのは仕方ないにしても武装した村人が待ち構えているとは。


「何用とは白々しい!貴様らが誘拐した少女を返してもらおう!」


 老人に対して返答したのは騎士団長のルークだ。ルークは尊大な態度で老人を含む村人たちにそう言った。


「誘拐した少女?なんのことですかな?」

「お前たちがルモート村付近で誘拐した少女がいるだろう!裏は取れてるんだ!観念しろ!」

「はて、そのような事実はございません」

「なんだと!じゃあなんで村人を武装させている!?なにかやましいことがあるからだろう!」

「盗賊が攻めてくるという噂を聞いておったものですから」


 ルークは声を荒げて叫んでいるが、老人は至って冷静な態度を取っている。


「我々は盗賊団ではない!村に入らせてもらおう!」

「今は誰も村に入れられません」

「なぜだ!」

「はやり病が流行しています。村人ならともかく外の人に移してしまっては申し訳ない」

「そういう言い訳で誘拐を隠すわけだ」

「そのようなつもりはございません。ただ、この国の住む平民の義務として村人以外の方々のご迷惑にならないように振る舞っているだけでございます」

「ならば捕まえた少女を返せ!」

「ですから、そういった事実はございません」

「到底信じられないな!」

「そうかもしれませんが事実ですから。事実、私どもは誘拐などしておりません」


 ルークの言葉に老人は一歩も引かない。その様子を見ていたレオが僕に向かって口を開く。


「どう思う?メグはいないと思うか?」

「今のところはなんとも。だけどここまで来て確かめないわけにもいかない。これで大人しく帰って、実はメグはこの村にいましたなんて話になったら間抜けもいいとこだし」

「そうだな。だが、彼らは入れてくれる気がなさそうだぞ」


 小さな村に武装した騎士団が来た場合、多くの場合は怯えて言う通りになるか、盗賊団なら慌てて武器を取るかすると思ったが、想像以上にここの村人は理性的だ。木の板や柵でしっかりと防御陣を敷いて準備もしている。正直ここまで万全の準備を行っているとは思わなかった。


「これは完全に僕の失策。ここで無理をすれば騎士団にも村民にも被害が出るかもしれない。あちらが誘拐したなら大義名分も立つけど、ただの村民なら悪評が立つ」

「誘拐したと決まったわけでない以上それは避けたいな」

「とにかく事実確認が必要だね」

「どうやって?」

「少数で迂回し村に侵入しよう」

「それでメグを探すわけだ。しかしメグがいたとしても村人がそれを認めず通してくれないかもしれないぞ?」

「この話は、村を襲撃した際結果的にメグが入ればいいだけの話。メグが村で見つかれば無理矢理にでもこの村が誘拐したと断定することが出来る」

「酷いことを考えるものだ」

「だけどこれなら騎士団の損害を最小限に抑えることが出来る。騎士団も村人のどちらかを優先させるかというならば当然騎士団の方じゃない?」

「確かに国のシステムとしてはそちらのほうが正しいが・・・・」


 山奥の村という単位と国を守る騎士団というならば、どちらの存続がこの国のためになるかという問い。騎士が一人いれば将来的には数十人の命を助けることが出来るが、村人が一人いても数名生きながらえさせるのがやっとだ。もちろん行為としてどちらが優れているかと言われれば僕は村人一人のほうが良いとは思うが、これは単純な算数の話。感情もなにもない。

 僕とレオがそのような話している途中でルークが大声を上げた。


「ええい!もういい!盗賊団の話を訊くのは間違いだったんだ!弓兵構え!」


 僕とレオの横をすり抜けて、騎士団の兵士がルークの後ろに並ぶ。そして弓をつがえて老人やその奥の村人を狙う。


「待て!ルーク!早まるな!」


 レオは慌ててルークを止めようと声を荒げるが、ルークにその声が届くことはない。老人も老人で慌てて口を開く。


「な!我々は盗賊団ではありません!」

「口でならなんとでも言える!証拠を見せろ!誘拐した少女を出せ!」

「そんな少女はいないと何度言えば!」

「なら我々の答えは単純だ!放てーーーー!」


 弓は放たれた。

 矢の量はそんなに多くはない。所詮狭い通路に並んだ弓兵だ。だが一本一本は十分に人を殺す能力を持っている。しかも老人は遮蔽物のない道の真ん中に立っているため、ほぼ至近距離で放たれる矢を防ぐ方法はない。


「ガッ・・・」


 老人は矢に刺し貫かれて倒れ込み、その場に沈黙が流れる。僕もおそらくは向こうの村民も老人が矢で射られるとは思っていなかった。脅しのための弓兵とばかり思っていた。だからあっけにとられて動けないでいる。


「なっ!何をしやがる!」


 正気を取り戻した村人そう叫んだ。


「黙れ!我々は誘拐された少女を守るという使命を持っている!それを邪魔するお前たちは悪だ!悪は裁かれなければならない!」


 言っていることは無茶苦茶だが暴力は暴論を正当化する。


「さぁ最後の勧告だ!お前たちが誘拐した少女を返せ!」

「誘拐した少女などいないと何度言ったらわかる!」

「それがお前たちの返答か!わかった!歩兵隊!前へ!」


 この場で動揺しているのは何も村人だけではなかった。騎士団に属する騎士の約半数は今の出来事をに驚いている。そのためルークの一度の号令では隊列を組むことはできかった。


「歩兵隊!前へ!早く来んか!」


 二度目の号令でやっと我を取り戻したものが隊列に加わった。道幅が狭いのでせいぜい一列3,4人の横陣になる。だが、それでも道を埋め尽くす重装歩兵の隊列は圧力がある。

 ルークが騎士団の隊列が整ったことを確認すると再び大声を出す。


「進め!敵の陣形を破壊しろ!」


 そう言うと騎士団は一歩目を踏みしめる。ガシャンと鎧の音が何重にも重なり大きな音となって響く。だがそのタイミングで再び大きな声が響く。


「待て!」


 それはルークの声ではなかった。声は村人の方から聞こえる。僕らはその方向を確認すると村人の中から一人の男が前に出る。


「貴様ぁぁ!」


 ルークは忌々しげにその男を確認する。口ぶりからは知った男のようだ。その男が口を開く。


「聞け!プランツ騎士団よ!」

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