第28話 お別れを
「おーい!この板を持っていってくれ!」
村人たちが騎士団の侵攻に対応するため、いろいろと準備を行っている
騎士団の進行に対してこの村ができることは限られている。数や戦闘単位として練度はこちらがはるかに劣る。そのため攻勢はほぼ不可能と言っていい。だから私たちは一にも二にも防御陣形を作り上げる必要がある。
木の板を地面に刺して壁を作り矢が飛んできても隠れられる場所を作る事、柵などの障害物を設置して敵の侵攻ルートを限定することがとても重要だ。
幸い、この村への入り口は上り坂の一本道。守るにはとても有利な土地と言える。街道からこの村への道には切り立った崖の合間にある細い道がある。この細い道というのがあるおかげで、騎士団を撃退できる可能性を0で無くしている。逆に言えばこの地形出なかったら村を守ることはまず不可能であろう。
「まるで引きこもるために作った地形だ」
ジャスパーはこの地形を知った時そう思ったらしい。私もそれは同意見だ。
「首尾はどう?」
私は村から離れられないので現場の様子はよくわからない。
「第一の防御陣として設定した谷ですが、今は突貫で作業を進めています。日付が変わる前にまでには完了できるでしょう」
私はジャスパーの返答に頷いた。第一の防御陣は、街道からこの村に向かうための道に入った直後にある崖には挟まれた道だ。あそこの道は細く、数の不利が大きくは影響しない場所。守るにはとても良い。
「そう。ジャスパー。この戦いの勝率はどれぐらいだと思う?」
「勝つか負けるかで言えばおそらく負けるでしょうね。いくらプランツ騎士団の練度が低いと言っても平民には負けません。装備が違いますから」
厳しい意見だが同感だ。私は大きく頷いた。
「じゃあ私たちの勝利条件は?」
「まず戦闘に入らない事。戦闘状態になった場合は、一瞬でも敵方を凌駕しその時点で和平というか戦闘終了を持ちかける事です」
「そんな事が可能だと思う?」
「極めて特殊な条件下でしか成立しないでしょね。敵方を凌駕するということは敵兵の何人かを殺してしまうかもしれません。殺された兵は打算ではなく感情で戦闘を続行するでしょう。そうなれば我々に活路はありません」
「敗色濃厚な戦いか。そこまで分かっていてなんであなたは私に味方するの?」
「これは平民の為に立ち上がった戦い。つまり正義のために寡兵で強敵に挑む戦いとも言えます。それは騎士の本懐です」
「どこまで行っても戦いは数よ。そんな考えをしていたらすぐに死ぬわよ」
「お嬢様に言われたくありませんね」
そう言ってジャスパーは笑う。本当に楽しそうに笑う。
「まぁでも、今言った勝算どうの話は相手がまともな騎士団だった場合です。相手が我がプランツ騎士団ならやりようもあるというものです」
「自分の騎士団を信用してないの?」
「少なくとも今の団長は信用してません。可能ならこの戦いで現団長派ごと戦死してほしいですね」
ジャスパーは口角を釣り上げて笑う。しかし目は笑っていない。なるほど。ジャスパー達はジャスパー達でこの戦いを利用しようと考えたわけだ。
「王宮付きの騎士団長が死ぬような事態になったら誰かが責任を負わされるわよ。それこそこの村は取り潰しになるかも」
「その辺の判断は私にはわかりません。メグ様が良いようにしてください」
「あなたを戦犯ということにして処刑するのが一番丸く収まると私は考えるかもよ」
「それならそれでいいです」
「どうしてあなたはそこまで?」
「あなたを見ているうちに思い出したんですよ。自分の騎士道というものを」
ジャスパーは遠くを見ながらいかにも感慨深くそう言った。私は呆れてしまう。
「カッコ良く言ってるけど、やってることと言ったらただの自殺だからね?」
「カッコ良いとあなたにそう見られたならそれで充分です」
そう言ってジャスパーは私を見て優しそうに笑った。なんだこいつ。
「まぁ私は今日中にどこかの家に引きこもるから後の事はよろしくね」
そう言って歩き出す。
「はい。お任せください」
ジャスパーは頭を下げて私を見送る。私は病人達を収容していた建物に足を向ける。今日中に謹慎を始めるにしてもその前にあっておきたい人物がいた。
私は建物の入り口から中を覗くと、中には十数名の病人とアリソン達がいた。私は作業を進めるアリソンに近づいた。
「今日も何人か移動したのね」
「あ、メグちゃん!」
この建物内の病人の内、元気になった人間は別の建物に移動してもらっている。そうすることで帰宅できるか様子を見る事ができ、もしそこでなにも症状がなければ完治ということでそのまま村に戻ってもらう。
昨日は8人ぐらいだったが、今日はさらに10人ほどB棟に移動してもらったようだ。
「元気になった人が増えたのは良いことだけど、あっちの建物のだいぶ手狭になったでしょうね」
私がそう言うとアリソンが応える。
「クレアがもう一棟押さえたそうよ。だからスペースの話はそれほど深刻になっていない」
さすがクレア。B棟の管理をクレアに頼んでよかった。クレアは村長の娘として村長に様々な頼み事を出来る上に、そういった状況判断が迅速かつ的確だ。
「さすがね。あなた達が協力してくれて本当に助かったわ」
「そう言ってくれて私も嬉しい。でも・・・」
「そうね・・・」
でも・・・看病を続ける中で、私達の中からも感染者が出てしまった。看病人5人のなかで一番年長でのドナが今は熱に侵されている。
「メグちゃん。ドナに会いに来たんでしょう?」
私は頷く。
「私はこれから2日間程、自主謹慎で誰とも会えなくなる。その前にドナの様子を知りたくて」
「そうなの・・・」
アリソンは暗い表情をした。
「外は大変?」
アリソンの口からこぼれ落ちるような声でそう質問してきた。
「大丈夫よ」
私はそう言った。その言葉を聞いたアリソンは目をつぶって軽く頷いた。
「わかった。じゃあドナのところへ行きましょう」
私はそういって立ち上がったアリソンの後に続く。アリソンの向かった先にドナが横たわっている。ドナは激しい息をしながら熱に侵されている。
「ドナ・・・」
私はドナの手を握った。
「これから2日間、お見舞いに来れないわ。だからその前に挨拶しようと思って」
私はそう語りかけたが、ドナに返事はない。
「さっきからずっと眠ったままよ」
アリソンが重々しくそう言った。私は頷いて無言になる。
「・・・・・・」
ドナは5人の中でも一番年長で、一番気が強くて、そしていつも私達のことを気にかけてくれていた。年長だからというよりそれがドナの性格なのだろう。それに私のことを最初に認めてくれたのもドナだったように思う。この世界の知識に基づかない私の発言を理解するのは難しかったはずだが、ドナは私の言うことをしっかりと聞いてその通りに行動してくれた。彼女がいなかったらもっと苦戦していたかもしれない。これはドナだけに限った話でなはい。クレアもアリソンもレクシーもモリーもいなければここまでスムーズに進んでは居なかっただろう。ここまで感染病を抑え込むことはできなかっただろう。
私は本当に運がいい。私はこの村でこの人達に恵まれた。そして私自身もこの人達に救われた。だから私はこの村を守りたい。ドナ達の住むこの村を守りたい。そう心の底から思う。
「さてそろそろ行こうかな。じゃあね。ドナ」
私がそう言って立ち上がった直後、ドナが口を開く。
「また・・・誰かを助けに行くのかい?」
私は驚いてドナの方をみる。ドナは激しい息遣いのまま、半分しか開かない目で私のことを見ていた。
「助けに行くわけじゃないわ。ちょっと不心得者達を蹴散らしたいと思っただけよ」
「ふっ」
ドナは笑った。
「お嬢ちゃんにお礼を言っておかなきゃいけないね。ありがとうこの村に来てくれて。ありがと私達を助けてくれて」
「そんな事ない。私は誰も助けてない。私だってドナ達がいなければ何もできていない」
「それこそそんな事は無いさ。メグがいなきゃ私達ができたのは神頼りだけさ」
「でも・・・」
「もしかして自分のわがままに私を付き合わせてしまったと思ってるのかい?」
私は頷いた。
「はぁ。10才にしては大人っぽいと思っていたがまだまだガキだねぇ」
「え?」
「いいかい。私達も自分たちの意思でこれに参加したんだ。その結果私がこうなっちまったの原因をメグにおっかぶせるような駄目な大人に見えるかい?」
「いいえ」
「メグのその考えは私を決断を冒涜している。不愉快だよ」
私は驚く。確かにその通りだと頷く。
「それにお礼を受け取られないのも気分が良くないね。たとえ自分勝手な理由で助けたとしても相手がお礼を言ってきたらそれを受け取る責任があると私は思うよ」
「うん。ごめん」
「説教臭くて悪かったね。最後だから許しておくれ」
「最後だなんて・・・2日ぐらい会えなくなるだけよ」
「そうだったね」
「私はちゃんとやりきるから。ドナも負けないでね」
「ああ。当然さ」
自信満々のようにドナはそう断言する。それを聞いた私は立ち上がる。
「行くのかい」
「ええ。全部終わったらまた会いに来るわ」
「そうかい」
そう言ってドナはまた眠りについた。私は自分のわがままを通すために歩き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます