第27話 自覚 -メグサイド-
日が大きく傾いている。だいたいの時間で言えば15時を過ぎた頃だろうか。
メグは病人がいる建物近くの野外にテーブルを設置し、その場所に自身の護衛であるジャスパー達と村長、村の人々数名を呼び出した。本当はどこか家を借りて室内で話したいところだったが、メグは伝染病患者の看病をしていることもあり室外に集めることを決めた。せっかく収まりつつある伝染病が自分のせいで再び広がることを恐れた。本来ならば面と向かわない様にする方が良いのだが、今はそうも言ってられない現状が迫っている。
せっかく伝染病も収まってきたのに、これでこの村を滅ぼされるなんてたまらないわ。頑張った意味がなくなるじゃない。心の中にふつふつ怒りが湧いてくるのを感じる。
「村のこれからについて少し話をしましょう」
私は全員を見まわしてそう言った。みんなは静かにうなずいている。この場にいる全員は布を口に当てるように指示をした。本当に気休め程度だがやらないよりはマシだ。何より私も心置きなく話すことができる。
「先ほどの話し合いで、この村としてはどう出るか決まりましたか?」
イーライから近くの村で戦備を整えている騎士団がいると報告を受けた直後、村長と村の大人たちは村長宅に集まって今後の事を話し合った。部外者である私はその話し合いには参加していないが、顔を見ればどういう結論が出たかわかる。
「話し合いで済むならそれに越したことはない。だが、もしこの村を蹂躙する意思があるならば我々は命を賭して戦うつもりです」
村長は重々しくそう語ったが、目の中には決意が灯っている。もし戦うことになったらその運命を受け入れると腹をくくっているようだ。
「ならば私どもも一緒に戦います。こう見えてもジャスパーたちは騎士。戦いの心得はあります」
その言葉に村長は険しい顔を浮かべた。
「確かに戦いの心得がある者がいてくれると心強いですが・・・しかし、相手も騎士なのでしょう?もし顔なじみがいたら・・・」
そう言いながら村長はジャスパー達の顔をちらりと見た。
村長の懸念ももっともだ。村長は私たちを信じていないわけではない。だが、もし敵方に知り合いがいたら、人情からそちらに与する可能性は十分にある。大抵の人間は友人を殺したくはないのだから。
村長の言葉を聞いて口を開いたのはジャスパー。
「顔なじみがいるも何も、ここを襲ってくるのは私が所属しているプランツ騎士団の団員達です。みんな知り合いですよ」
ジャスパーがしれっとした表情でそう言い放つと村長を含む村民は驚いて声を上げる。
「ジャスパーさんの知り合い!?」
「そうです。あ、でも今回の私はこの村の味方ですよ」
村人の動揺にもめげずあっけらかんと言い放つジャスパーに私は頭を抱えた。村長が気を使って言葉を選んだこの話題を、この男は直球で投げ込んできた。
「どうしてそう言えるのですか?」
村長はジャスパーに恐る恐る質問した。この村に住む者として当然の発言である。いくら戦うと行ってもこの村の内情に詳しいものが内側から村を破壊すれば一溜まりもない。数量で劣っている現在ならなおのことだ。本当ならば疑いのある私やジャスパーをどこかの家に軟禁していたいというのが本音だろう。
「私はメグ様の騎士です。メグ様を裏切ることは天地がひっくり返ってもありえません」
ジャスパーは自信満々にそういった。確かに村人はこの男が私に騎士の誓いを立てた光景を目にしている。しかし村民は騎士でないためその行為の意味はわからないだろう。剣を預けられた私でさえもその意味も重さを完全に理解できていないありさまだ。
「しかし・・・」
村民からしたら理解不能のジャスパーの言葉に村長は大変困惑している。どう言えば信じてもらえるかわからないがとにかく疑いを解かなければと口を開く。
「私は貴族でありこの男の剣を預かる身です。もし、この男がこの村に対して何らかの裏切り行為を行った場合は私がこの男を家族もろとも処刑し、私も責任をとって死にます。騎士の誓いというのはそういうものです」
仕えるものの責任と仕えさせるものの責任。その両方が合わさって主従のコミュニケーション足り得るのだと私は推察した。それが正しいのか間違っているのかはわからないが、私はそういう気持ちでこの男の剣を受け取ったし、この場では最低でもこれくらい言わないとジャスパーの考え無しの言葉をゼロにできない。
「しかしそれは私どもの疑問に対する答えになっていません。裏切らないという証拠はどこにもない」
村長はそう言った。たしかにその通りだと思う。村人の生活に騎士の誓いだの貴族の命などは関係ない。彼らは必死に生活を生きているだけだし、生きたいと願っているだけだ。そんな人々に誓いがどうとか、気持ちがどうとか言っても正直彼らは興味がないだろう。
「私とこの男がこの村を裏切らない理由はいくらでもあります。でもそのどれも確実な証拠にはなりません。信じてもらうしかありません」
この世に人を信じるに足る証拠なんて存在しない。今は理由はなくとも信じてもらうしか無い。そうでなければ私もこの村の人々も不幸になってしまう。
「それは・・・」
村長は言葉を渋る。たとえ村長が私たちに深く感謝し全面の信頼を私たちに寄せていても、村長にとっても立場がある。もし村長が信じても村人が私達のことを信じてくれなければ、そこが綻びとなる可能性は十分にある。裏切りの可能性の高いジャスパーと一緒に戦うことを嫌がった村民が、なぜ我々と肩を並べて戦わせるのかという疑念を村長に向けるかもしれない。そうなると村長の指示を聞かなくなり、それが村人間で広がっていけば組織だった行動が取れなくなり、戦線は一気に破壊される。そういう事態は必ず防がなければならない。
こういう時、権力者同士ならどうするんだっけ?信頼関係で成り立つ外交で使われる効果的な手段といえば・・・。そう考えたところで私はピンときた。
「村長。私を人質にしてください」
私の提案に村長は目を丸くしていた。
「私達が貴族であるあなたを人質にする?」
「ええ。どのみち私は最低でも2日間はどこかに隔離していかなえればいけません。その間、村人が私を警備していただければ私も裏切れませんし、ジャスパー達も私を犠牲にして敵方に走ることはないでしょう」
「しかしそれでも、主君を見捨てて逃げる騎士もいるでしょう?」
その言葉にジャスパーはあからさまに不機嫌になった。
「そうなれば私を殺してください」
私はそう言い放つ。
「平民が貴族を殺すなんて・・・それは・・・」
「それが無理ならば私は自害します。もしこの騎士がこの村も私も裏切るなならば私は命を絶ちましょう」
信じてもらうならこのぐらいの発言は必要だろう。
「ど、どうしてそこまで・・・」
この少女は何故ここまでこの村を救おうとするのか。村人達は戸惑っている。
どうしてと言われても私自身よくわからない。でもこうすべきだと自分の中の何かが言っている。わたしの中のマーガレット・リドリス。マーティンが言っている。
「それは私が平民を助ける義務を負った貴族だからです」
民を守り、民を助ける貴族になる。それがメグの幼いころからの夢。メグはその夢を私という人格の記憶を引き継ぐことでなりたい自分になろうとした。そうか。メグが私を呼び寄せたんだ。
今、初めて理解した。メグは本物の貴族になりたかったんだ。自分の領地の人民を助ける正義の騎士であり、領民にやさしい貴族。私が求めた"助けてくれる誰か"にメグがなろうとしていたんだ。この世にそんな存在は居ない。居ないなら自分がなるしか無いとメグは私に言い続けていたんだ。
「私は貴族の持つ当然の義務としてあなた達を守りたい」
私はそう言い切った。自分の発言は理想論だ。私の言った絵空事にどれほどの困難が伴うかは想像もつかない。だけど今はこれしか無い。
「メグ様」
後方からジャスパーの声がした。その声の方向を振り向くとジャスパー達は跪いて目を伏せている。
「貴女こそ我々が使えるに値する人物。どうぞ私の命をお使いください」
ジャスパーは落ち着いた声でそう言った。先程の誓いのときと同じ声だ。
「村長。もう疑いようもないだろう?」
一人の村人がそう言った。
「それにこの人達の力なくして村は守れない。掛けてみるしか無いだろう?」
もう一人の村人も村長にそういった。村長を腕を組んで考える。そして十数秒の後、村長は口を開く。
「わかりました。信じましょう。ですが、他の村人の目もあります。メグ様は2日間、軟禁をさせていただきます。それでいいですか?」
村長の言葉は100%私が望むものだった。
「はい!」
私は嬉しくなって大きく頷いた。
「よっしゃ!話はまとまったな!じゃあ作戦会議だ!」
「そうだな!」
村人も喜んでくれた。だが、ふと一人の村人が口を開く。
「あ、なんかこれ。実質的に誘拐になってないか?」
その言葉でその場にいるもの全員が唖然とし口をつぐんだ。そして沈黙が流れる。
「え?なになに?急にだまんないでくれよ」
突然の沈黙に誘拐だと言い出した村人が狼狽する。私は村長と目が合うと思わず吹き出してしまった。
「ふふふ」
村長も釣られて笑う。
「はははは。たしかにそうだ。これでは誘拐は誤解だと言えないかもしれないな」
「これは何が何でも勝たないといけないわね」
2人はそう言って笑った。
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