第15話 小さな幸せ -2日目-

「お願い!中に入れて!」


 その叫び声を聞いた私は、泣いているアリソンを残して建物の外へ出て、声のする方向を見る。そこにはジャスパーとその傍らに女性が立っている。二人とも雨に打たれずぶぬれだ。


「どうしたの?」


私はその二人に駆け寄ると、女性が私を見つけて頭を下げる。


「メグ様!私も中に入れてください!」


 突然の事で驚きながらも彼女を雨の濡れない軒下に案内をする。そして乾いたタオルと口を覆うための布を渡した。


「理由を聞かせて」


 私は彼女にそう質問すると、彼女は慌てたように早口で話し始めた。


「突然すみませんメグ様。本来この建物に入るためには最初に志願した5人じゃないといけないのは知っています。でも私は最初のころは迷っていて志願が遅れてしまいました。でも今はどうしてもここに入りたいんですお願いします!」

「落ち着いて。理由を聞かないと返答しようがないわ」


 私がそう言うと女性は驚いた顔をしてすみませんと謝ってきた。


「実は私の息子がこの中にいるんです・・・」


 彼女は神妙な面持ちでそう言った。


「子供に会いたいということ?」

「はい・・・」


 子供が病気なら親は気が気じゃないだろう。道理で気が動転しているわけだ。しかし私はそれでも言わなければいけない言葉を口にする。


「村長からも説明があったと思うけど、家族であろうとも中の人と会わせることは出来ないわ。伝染病が村人全体に広がる可能性がある」

「もちろん存じ上げております」

「だから希望者を5人集めて、その人達だけが病人と接することができるようにした」

「はい」

「それをわかっていてそれでも会いたい?」


 彼女は頷いた。その姿に私も同情を禁じえない。できるなら子供と合わせてやりたい。だが、それは難しいことでもある。それに一つ疑問がある。


「一つ聞きたいんだけど、一日目じゃなく二日目の今日?」

「それは・・・・」


 彼女は目をそらした。そのことに不信感を覚える私の背後から声が聞こえる。


「メグ様。どうか入れてやってくれないかい?」


 振り向くとそこにはドナが立っている。


「事態が飲み込めないんだけど・・・」


 そう言うとドナは私の目を見ながら口を開く。


「この建物に一人だけ子供がいるのは知っているだろ?それがミアの娘さ」


 ミアというのは、息子に会いたいと叫んだこの女性の名前なのだろう。


「子供に会いたいというのは至極まっとうだと思いますが、会わせられないのは理由があります」

「それもわかってるさ。だけど・・・」

「村の皆さんは、みんなこの建物中にいる人と会いたいんです。だからこそ特定の人だけを許可するなんてできないということはわかりますよね?」

「ああ・・・」

「だったらなんで・・・」

「その子供の状態が良くないんだ・・・」


 ドナは悲痛な面持ちでそういった。


「もともと体の強いほうじゃなかった。だからずっと心配してたけど、今じゃどんどん体調が悪くなる一方だ。この調子じゃあもう今日を乗り切れるかもわからない」


 だから会わせてやりたいということだろう。私はミアさんの方向を見る。ミアさんは俯いている。


「ミアさん。最後になるかもしれないから会いたいということですか?」

「はい・・・」


 ミアは唇を震わせながら頷いた。突然訪ねてきた理由はそういうわけか。


「話はわかりました。でも一つ不思議な点があります。どうして息子さんの体調がそこまで悪化していると知っているんですか?」


 ミアは驚いた顔をした。

 会いたいと言った理由はわかった。でも今日になって会いたいと強く主張する理由が、偶然だと納得することもできるが、それではいまいち腑に落ちない。だからカマをかけてみる。


「その顔。誰かから聞いたんですね?」

「そ、それは・・・」


 ミアさんはまた目をそらした。私は振り返ってドナの方向を見る。ドナも暗い顔をしている。


「必要以上に健康な村人と接触しない・・・というのはわかってる。でも黙っていることは出来なかった。子供が苦しんでいたら母親は自分のこと以上に苦しいもんだ。ミアはそういう母親なんだよ・・・」


 ドナは唇を噛み締めながら言った。その様子を見て私はうなずく。


「そうですね」


 私は子供を持った経験がないがその気持は想像できる。それに、そもそも病状を伝えることは別に良いことでも悪いことでもない。ケースバイケースだ。

 今回、問題があるとすれば伝え方で直接会って伝えるのは少々不味いという話。しかしそれもルールとして明言していなかった私にも責任がある。だから、それは今後の課題として保留しておく。


「わかりました。ではミアさん。2つ言いたいことがあります」


 私がミアさんの方を振り返ってそういった。ミアは怯えた目をしている。


「1つ目は、私達5人の看護者にも言っていますが、この中に入るということは命の危険があるということです。わかりますね?」

「はい・・・」


ミアは恐る恐る頷いた。


「2つ目は一度入ったらしばらくは村に戻れません。自由を制限させていただきます」

「はい」


ミアは頷いた。


「以上、2点をご理解いただけたのなら入っても大丈夫です。ただし指示には必ず従ってもらいます。いいですね?」


 私がそういうとミアの表情かパァと明るくなる。


「はい!ありがとうございます!」

「ではすぐに入りましょう。口に布を当てて後ろで縛ってください」


 ミアは頷いて指示に従う。


「ではドナ。彼女の案内を」

「ああ、わかった!」


 そう言ってドナはミアを連れて建物内に入っていく。それを見送る私の元にジャスパーか近づいてくる。


「いいんですか?例外なんて作って」

「いいのよ。そのうち誰か同じことを言ってくると思ってた。それに増員が欲しかったところだし」

「増員?」

「ええ。ジャスパーお願いがあるんだけど、村長にもう一軒どこか開けてもらえないか聞いてほしいんだけど」

「もう一軒ですか?」

「そう。体調が良くなった人をすぐに村に返すことは出来ないわ。でもこの建物内に滞在させておくと再び感染する可能性がある」

「・・・・よくわかりませんが、病人と治りかけを分けておきたいんですね?」

「ええ。そう」

「わかりました。掛け合ってみます」

「ありがとう」


 そう言って私はジャスパーと離れて建物内に戻った。そしてドナ達の方に目をやる。ミアさんは優しそうな目をして子供の頭をなでている。


「ごほっごほっ・・・おかあ・・さん?」

「ええ。ここにいるわ」


 子供は自分の母親と会えたことで笑顔が溢れる。


「僕・・・昔の・・夢を見たよ・・・ごほっごほっ」


 子供は咳き込みながら夢の話をする


「大丈夫?」

「うん・・でね。お父さんと・・・お母さん、僕と・・・3人で川に行った時のこと・・・」


 子供はうれしそうに自分が見た夢の話をした。


「そうね。行ったわね」


 ミアが優しく相槌を打つ


「また・・・行きたいなぁ・・・」

「うん。また行こうね」

「ごほっごほっごほっ!」


 子供が激しい咳をした。


「さぁ今日は疲れたでしょう?もう寝なさい」

「うん・・・。お母さん・・・?」

「なぁに?」

「僕・・・怖い・・・このまま・・・目が開かなく・・・なるんじゃないかって・・・」

「大丈夫。大丈夫よ。お母さんがずっとここにいるわ。安心しておやすみ」

「うん・・・わかった・・・」

「いい子ね」


 そう行ってミアはまた子供の頭を撫でる。穏やかな顔をしていた。結局、ミアの子供はそのまま二度と目を開けることはなかった。数時間眠り続けそのまま息を引き取った息子に向かって、ミアは口を開く。


「いつかこんな日が来るのは覚悟していた。この子は体が弱かったから・・・その時は笑顔で見送ろうと決めていた。この子が少しでも悲しくないように。でも無理・・・ごめんね・・・ごめんね何も出来ないダメな母親でごめんね・・・ごめんね・・・」


 ミアの頬から大粒の涙が溢れる。


「ミア」


 ドナが泣いているミアの背中を擦る。


「顔を見てご覧よ。眠るようにおだやかさ。きっとミアみたいな母親の元に生まれて幸せだったのさ。だから謝らないでおやり。この子の幸せを否定しないでおやり。幸せのまま送っておやり」

「うん・・・うん。ありがとう・・・ありがとう。私のもとに産まれてきてくれて」


 そう行ってミアは子供に覆いかぶさって泣いた。その光景を見ていたローワンがポツリと言葉を漏らしたのを聞いた。


「儂が変わりに死ねればよかったのに・・・」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る