第11話 勝利のない戦い -1日目-
晴れ、微風、気温は少し寒いがとりあえず良し。戦いの始まりの日としては上出来だ。
昨晩、村長と話した結果、私がこの村の患者を見ることになった。ただ、私は前世でも医者じゃないし、看護師でもない。付け焼き刃の知識しかもたない状況でこの病と出来ることは悲しいほど限られている。しかし、前世の知識はあるし、伝染病の原因が何か程度は知っている。前世でオタクでそれ関連のマンガを読み込んでいた私はなんとなくだがすべきことは知っている。「大丈夫!これは漫画で見た!」というセリフをリアルに言うことになると思わなかったけど・・・。大丈夫かな私。
とはいえ見たところ、この伝染病はペストやインフルエンザほど強いものでは無いだろう。それでも、伝染病との戦いは前世の世界ですら決着は付いていない厳しい戦い。私がどうあがいたって完全に無駄かもしれない。でもやらないよりはマシ。そう信じてやる。そう信じてるからやる。
「さて志願者の皆さん。まずはお礼を。集まってくださってありがとうございます」
私はとりあえず頭を下げた。村長は私が頼んだ通り看病の希望者を集めてくれていた。しかも要望した5人丁度。本音で言えば5人は集まらないのではないかと心配だったが、村長は達成してくれた。
感謝を述べる私を見て、集まった5人は驚いている。
「貴族のお嬢様が頭を下げるところが見られるなんて。志願した甲斐があったよ」
驚いた表情で口を開いたのはドナ。中年と呼べる年齢で恰幅がよい見た目をしてる。なんでもこの村で一番肝が座っていると言われているとか。
「メグ様。私も村の危機になにかしたいと思っておりました。声をかけていただきありがとうございます」
丁寧な物腰で話しているのはクレア。クレアは村長の娘で、昨日、村長の家で色々世話を焼いてくれた女性。他にもモリー、レクシー、アリソンの計5名が志願してくれた。
「まず最初にお断りしなければならないのは、今回の看病にはあなた達も命の危険があるということです。あなた方は伝染病にかかっておりませんが、看病を続ける中で病気にかかるかもしれません」
私が神妙な面持ちでそう告げるうと、ドナが口を開く。
「その話は聞いたよ。私達はこの村で生まれたときから覚悟している。村人は全員一蓮托生なんだ」
その言葉に他の4人もうなずく。良かった。この話を了承してもらわないと話が前に進まない。
「じゃあ早速、これから言うことを徹底してください。まず口元に当てた布。建物に入る時は絶対に口に当てて、決してはずさないでください。そして一度使ったら必ず熱湯で洗ってください。2つ目に看病中は家族の人でもできだけ会わないようにしてください。これは貴方の家族が伝染病になるのを防ぐためです。」
「え?家族にも会っちゃいけないの?」
驚いた表情で発言したのはモリー。モリーは細身の女性で気が弱そうな見た目をしている。
「ええ。もし、家族にあってしまえば貴方の家族がこの建物の中の人達と同じ病気を発症する可能性があります」
「そんな・・・。うんわかった。我慢する・・・」
モリーは一見気弱そうに見えるが、今回一番最初に志願したのはこのモリ―なのだそうだ。
「わかったわ。話を続けて」
レクシーが冷静にそう言った。レクシーはどんな話をしても常に冷静さを失わない。そして最低限の言葉しか話さない。
レクシーに促されたので私も話しを続ける。
「これからやる内容は換気、清潔、体調管理の3つです。まずはこの建物の戸を開けて風を通します。これが換気。そして清潔はここにいる人達の体を拭いたり、衣服や使った衣服の洗濯。体調管理は食事と体温の管理。熱が高い場合は冷たい布を額に乗せます」
「よくわからないわ」
皆が思っているであろう本音を口に出したのはアリソン。アリソンは本音をズバズバ言うタイプだとクレアが教えてくれた。
「詳しい内容はやりながら説明します」
アリソンはいくつかの質問をしてきた。
「あと、食事については?ここから出られないなら私達が作ることは出来ない」
「料理は別の人にやってもらいます。それは村長の奥方と私の護衛のトビーとローガンに取り仕切ってもらっています」
「洗濯は大量の水が必要だと思うけどそれはどうするの?川に移動するの?」
「水は私の護衛のジャスパーと村の数名で汲んできてもらいます。大変ですがなんとかやってもらいます」
「男達に水を組んでもらって、私達はこの建物周辺から出ない。洗濯もここで行うということ?」
「そうです」
私がアリソンの質問に答えるとアリソンは「わかったわ」とだけ言った。
5名にとってはまだやってみないとわからない部分があるだろう。作業自体がハッキリと想像できていないから質問も少ない。でもわからない部分があるのは私も同じ。これ以上はもうやりながら考えていくしか無い。
「では、教えたとおり口元を布で覆ってください。まずは換気から行います」
私達はまず換気から行う。建物の扉や窓を開けて室内の風通しを良くする。今まで締め切っていたおかげでホコリが積もっており、窓を開けた瞬間ホコリが舞ってヒヤッとしたが、どうやら大きな問題は無いようだ。
そして次は着替えと同時に体を布で拭く作業。中には32名いるのでこれにはとても時間がかかるし、着替えにも限りがあるので、体拭きは全員行うが着替えは16人ずつ行うようにする。2日で一周の計算だ。本当は毎日行いたいが、人員的にも物資的にもそこまでの余裕はない。ただでさえ、タオルのために何着か服を切ってもらっている。
一通り終わると次は洗濯。ジャスパー達に頼んでいた水を受け取って洗濯を行う。この世界に石鹸はないので、灰汁を使って衣服を洗い、太陽の下で干す。これである程度は清潔な衣服になるはずだ。そして食事は自分で食べられるものは自分で食べさせ、起き上がれないものは食べさせてあげる。
以上の工程を一日掛けて行う。そして作業の合間に呼び止められる場合もある。
「誰か・・・誰か・・・」
「ここにいますよ」
「俺は・・・死ぬのか?」
「大丈夫・・・大丈夫ですよ・・・」
そんな場合には優しく、励ましたりもする。それ以外にも・・・。
「きゃ!」
モリーが短く叫び声を上げる。
「どうしたの?」
私が素早く近づいてモリーに何が起きたか質問する。
「おじさんが・・・全然動かない・・・」
そう言われたので脈と呼吸を確認すると両方止まっている。体を触ると冷たく、固くなっているのがわかる。もう、何時間も前に死んでいたんだろう。そのことをモリーに目配せで伝える。
モリーが私の伝えたいことを理解すると、そんな・・・と言って口をふさいだ。
「さっきから動かなくて・・・ごめんなさい!私、おじさんの体を拭いたのに全然気づけなかった!おじさん。ごめんね・・・ごめんね・・・」
「いいのよ。いいの。丁重に送ってやりましょう」
涙をこぼすモリーを抱きしめて慰める。体が10才なので上手く抱きしめられない。私達の元へドナとアリソンが近づいてきた。
「亡くなった人は外に運ぶのよね?」
「はい」
「じゃあそれは私達に任せな。モリーと嬢ちゃんは外で休んできな」
私は頷いてモリーを外に連れ出す。モリーは涙を流し項垂れている。私はモリーの背中をしばらくさすっていた。そして、しばらくするとモリーが口を開く。
「もう大丈夫。ありがとう」
そう言ったので私は頷いた。その時、遠くから声がした。
「メグ様!メグ様!」
私がそちらの方を見ると遠くの方でジャスパーが私の名前を呼んでいる。私はモリーに一言断ってジャスパーの元へ歩いていく。ジャスパーは私の言いつけ通り口元を布で覆っていた。
「ジャスパー。色々ありがとうね」
「いえ。大丈夫です。あの女性は・・・泣いているのですか?」
「さっき、親戚の人が亡くなっているのを見つけてね」
「村社会だと皆知り合いで、誰が亡くなっても悲しいですね」
「そうね。誰も死なせたくないわ」
「報告をします。とりあえず、村人全員にここに近づかないように言いました。元々村長がそう告げていたので特に混乱はありませんでした」
「それは朗報ね。家族に会いたいを言って承服しない人もいると思ったから」
「そうですね。あと水の運搬も本日分は終了しました。井戸もありますが、必要な量を考えると運搬が必要でした。運搬には馬と貴女が乗ってきた馬車を壊して荷台にしましたが、本当に良かったんですか?」
「そうしないと大変でしょう?帰りはハイキングになるわね」
「無事に帰れればね。言っときますけど貴女の体調が優れないようでしたら、無理矢理でもそこから連れ出しますからね?」
「雇用主を死なせたら信用問題だもんね。気をつけるわ」
そう言うとジャスパーはムスッとした。その意外な反応には少し驚く。
「とにかく、気をつけてください」
「わかったわ」
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