第9話 この村に潜むもの
私達が持っていた疑惑は杞憂だった。村人は様々な料理を村長の家に持ち込み始める。その中にはアルコールも含まれている。
その時リリーが奥の部屋から戻ってきた。
「メグ様!ここの奥方がいろいろな料理を教えて・・・これは一体何の騒ぎです?」
リリーは室内の騒がしさに眼を丸くした。
「どうやら、目一杯歓迎してくれるみたい」
私は苦笑交じりにそう言った。村長は部屋の端で頭を抱えている。私は村長のところへ移動した。
「ここの村人は良い人ばかりですね」
「考え無しなだけですよ。こんなときに・・・」
「こんなとき?」
村長はしまったという顔をした。やはりこの村にはなにかあるのだろう。
「私もあなた方を歓迎したいという気持ちはあります。ですがあえてお願いをします。明日、夜が明けたらすぐにこの村から立ち去ってください」
村長は私の顔を見て、真剣な顔でそう言った。来客者に、はやく出ていって欲しいと思っていても、直接伝えることは稀だ。特にこの村長のような思慮深い人間なら特に。
「わかりました」
私はそういう他なかった。
「今日の寝床は空いている一軒の家をお使いください。今、掃除させています。あと、重ねてお願いなのですが、村の西側には絶対近づかないでください。無事にこの村を離れたければ、これは絶対に守ってください」
これはどう聞いても脅しとしか受け取れない。
「わかりました」
私がうなずくと、村長も頷いた。
「脅しいてしまう形になってしまい、申し訳ありません。久しぶりの客人を歓迎したいという気持ちも本当です。ですので今夜はお楽しみください」
「はい。ありがとうございます」
私の返事を聞いて、村長は家から外に出る。村長は宴に参加しないようだ。この村にある違和感の正体はわからずじまいだが、村長は無事に送り出してくれそうだ。もちろん、気を緩める訳にはいかないが。
「メグお嬢様~!そんなところで何してるんですか!こっちに来てくださいよ~!」
ジャスパーが大声を出して、私のことを呼んだ。
「貴方・・・もう呑んでるの?」
「え?ああ、しまった。許可を得てから呑もうと思ってたのについ呑んでしまった。メグお嬢様、いいですよね!?」
「呑んじゃったら駄目と言っても無駄じゃない。程々にするのよ」
「やったー!よーし!呑むぞー!」
「おおおおお!」
その後、ジャスパーと村人は驚くほど早く意気投合した。完全に村人に溶け込んでいる。まだ疑惑が完全に払拭されたわけじゃないが、ジャスパーは率先して酒を酌み交わしに行ってる。
「皆さん!料理ができましたよってもう始めちゃってる!」
リリーと村の女衆が料理を運んでくる。料理と酒で宴は一層盛り上がる。
「メグ様~。私も呑んでいいですか?」
リリーが上目遣いですり寄ってくる。
「あなたは・・・なんか粗相しそうだから駄目」
「ええ?そんなぁ!」
これは完全な先入観だけどリリーはあんまり考えて呑むほうじゃなさそう。もしものことがあった場合は二日酔いで走れなくなっていっる可能性がある。他の騎士もすごい呑んでるけど、そのへんは加減している・・・はず・・・たぶん・・・大丈夫。
「お嬢ちゃんもこっちにきなよ!おいしい料理がたくさんあるぞぉ!」
村人達が手招きする。それを見て騎士団の一人が大声を上げる。
「おい!このお方は貴族だぞ!丁重に扱え!」
「え?そうなのか!?す、すみません気軽に声をかけてしまって・・・」
その会話を聞いてジャスパーが近づき、口を開く。
「いいのいいの!このお嬢様は他の貴族違って話がわかる!ね、お嬢様?」
ジャスパーの言葉を聞いて頭を抱える。こいつあれだけ村人を疑っておいて酒が出たらこのザマ?よく今まで騎士として生きてきたな。私が王族だったら処刑物だよ?
「いいえ。私は他の貴族と同じで、節度を守れない騎士は罰するわよ」
強い口調で言ったつもりだが、ジャスパーはまるで気にしていない。
「そんなこと言ったら宴が萎えちまいますよ!ほら、お嬢様も一献」
「私は呑めないの!まだ10才よ!」
「俺が10才のころには親父からこっそり・・・」
「あなたはそうでしょうね!」
私がジャスパーに怒鳴っていると村人が口開く。
「お嬢さん。果実で甘味付けした飲み物もありますよ。口に合うかはわかりませんが試してみませんか?」
そう言って村人はコップを手渡してきた。
「ありがとうございます」
私はジャスパーの方をチラッと見る。ジャスパーは飲んで飲んでとジェスチャー。それを見て、私も意を決してこの飲み物に口をつける。
「ッ!」
あまりの美味しさに驚愕した。もぎたて果実をそのまま絞った果汁100%の爽やか系ジュース。柑橘系のさわやかさと果汁本来の甘味が口いっぱいに広がり、飲み終わりは爽快!
思わず、新作ジュースの宣伝文句のような言葉が頭の中で浮かんだ。
「おいしかったですかい?」
村人は心配そうに私の様子を伺う。私は極めて冷静さを装って咳払いをした。
「ご、ゴホン。美味しゅうございます」
「そうですか!それは良かった!」
村人は嬉しそうに笑った。私も釣られて笑顔になる。
せっかくだから、私もジャスパーたちや村人の輪の中に入り食事をいただいた。食材はどれも新鮮で美味しかった。リリーもこの村の女性から囲まれ、話し込んでいる。リリーも平民出身なので私といるより気楽なのだろう。
宴は何時間も続き夜も更け、だんだん完成(酔い潰れる人が続出)してきた。私もたくさん食べたり、飲み物を飲んだため・・・・催してきた。
「あの、トレイはどこかしら・・・?」
近くの村人に聞くと場所を教えてくれた。
「この家を出て右手に歩いていってください」
教えてくれた村人に礼を言って村長の家から外に出る。騒がしい室内とは打って変わって静寂が広がっている。空を見れば満点の星が浮かんでいた。
「きれい・・・」
無意識にそう呟いていた。ここに来るまでは正直不安でいっぱいだった。もし、ジャスパーの言う通り罠だったら。もし罠でなくともこの村人から石を投げられたら・・・。十分に考えられることだった。よそ者を嫌う村は珍しくない。だが、ここではそうならなかった。村人は邪気がなく、優しい。
「――ッ!」
とはいえ今は感傷に浸っている場合じゃない。急がないと大変なことになる。レディとしてありえない有様になってしまう。
私は村長の家の右手側に小走りで走っていく。
「そういえば、村の西側には近づくなと言われてた。西ってどっちだっけ?」
村長の発言を考えるに、私達のようなよそ者に村を自由に歩き回ってほしくないだろう。私達一行に料理を振る舞って、一晩の宿も貸してくれている以上、村長を怒らせるような行動は避けたい。とはいえ今は緊急事態だ。今から村長の家に戻って西がどっちかなど聞いている暇はない。
しばらく歩くと、この村で一番大きいと思われる建物の前に到着した。今は月明かりしかないので、全体の大きさはハッキリとはわからないが、ぼんやりとしかわからないシルエットだけで判断してもとても大きいように思える。
「トイレはここにあるのかな?」
この建物の中から光が漏れていないため、ここは今の時間は使われていないと推測する。だから本当にここで大丈夫かという不安はあるが、ここ以外にそれらしい場所もない。
「とりあえず確かめてみて、違ったら逃げよう」
間違っていたら、村長あたりは憤慨するかもしれないがこっちだって切羽詰っている。さっさと確認して違ったらすぐに立ち去ろう。
入り口は正面にある大きな扉のようだ。その扉には閂がされて封じてある。ますますトイレという感じはなくなっているが、どのみち確かめないと話が進まないため、私は閂を取り扉を開ける。
中は暗闇だが、風の流れから広い空間だというのはわかる。異様な匂いがするが糞尿の匂いではない。やはりここじゃなかったか。
そう思って立ち去ろうその暗闇に背を向けた時、かすかに人に息遣いが聞こえる。振り返って暗闇を眺めた。先程はかすかにしか聞こえなかった息遣いも、耳を澄ますとたしかに聞こえてくる。段々と暗闇に目がなれてきた。
「ッ!」
目が慣れると息遣いの正体が判明する。この建物の中に沢山の人間が並んで寝ている。みな、息を乱し苦しんでおり、稀に咳をしている。
「ここは!?」
私が驚いて後ずさりをした瞬間、突然、後ろから腕を捕まれ引っ張られて建物の外に投げ出される。私を引っ張った男は私を建物の外に引っ張り出すと扉をして閂で扉を締めた。
「なっ!」
私が驚きの余り声が出ない。そんな私に扉を締めた男が振り帰って口を開く。
「ここに来るなと言っていたではないか!」
男の正体は村長だった。
「この建物は!?中の人は!?もしかして人さら・・・」
「人さらいなどではありません!」
村長は強い口調で否定した。そして空を仰いでなんということだとボソッと呟いた。そして私に言う。
「この村は呪われています。突然次々と村民が熱に侵されてしまいました。だから私は呪いが広がらないようにここに封じ込めていたのです」
「・・・・・」
「私がここに近づくなといった意味は、久しぶりの客人にこの呪いを移してしまうのを止めたかった。早く出ていってほしいと頼んだのは、呪いを移してしまう可能性をさげたかった。この呪いはこの村に長く居た人間からかかっていくようなのです」
村長はうなだれながらそう言った。なるほどと私は思う。宴を反対したのは村民にできるだけ会わせたくなかったからか。だから、村民が押しかけてきた際に追い返そうとした。村長の言う呪いがどういう条件で人に移るのかわからなかったから。
だけど村の子供を助け、送り届けてくれた人を無下にも出来なかった。そのために村長はできるだけ村民と会わせないように、私達を村長の家と私達を泊める場所のみに押し留め、日が明けたらすぐに出発するように段取りを組んでいたんだろう。
なんということだ。私達は村人のことを疑っていたのに、村人はこちらを疑いもせず、さらにこちらのことを気遣っていたなんて・・・。私は自分の行いを恥じた。
だがそれはそれとして、気になる点がある。
「村長。質問してもよろしいですか?」
「なんですか?」
「どうして呪いだと?」
「突然、同じ症状の病にかかり倒れる。きっと私達はこの山の怒りに触れたんです。以前そのような話を聞いたことがあります」
呪いにより村が消える。実際にあった話だ。例を上げるなら村に追い出された魔術師が憎しみにより呪術を発動させ、村人を全員殺してしまう。だが・・・。
「呪術師や魔術師を呼んだりは?」
「こんな村を訪れる呪術師や魔術師はいませんよ。ただでさえ、私どもはよそ者ですから」
イーライもよそ者だからと言っていたが、ここの村人は元々はよそからの流れ者だったのか。それにしては立派な村だな。多くの人がここに流れてきたんだな。
その話も気になるが、ここはノーライア家の土地だから深くは追求しまい。それより重要なのは、これは本当に呪いのせいなのかどうかということ。
「なるほど。じゃあとりあえず、呪いかどうか確かめてみましょう」
「え?どうやって?」
「村長の家に戻りましょう」
私がそう言うと村長は驚愕の顔を・・・しているだろうきっと。暗くてよくわからないけど。
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