「明かりを消せ!」

 リーダーの男の叫び声が早いか遅いか、既に一人の男がランプを掴んでいて、声と同時に室内は暗闇に包まれた。この場にいる五人は、揃って姿勢を低くし、それぞれ銃を構え直す。銃声はここから遠い地点で響ているが、散発的だった物が激しい銃撃戦へと移り変わっている。

「何処で戦闘が行われているか分かるか?」

 暗闇の中、レオがリーダーの男に訊いた。

「ここより先、500メートル先に、独立戦線が使っているアジトがある。多分、そこの場所がバレたんだろう。今、独立戦線はアルーグ奪取後の流れを考え、アルーグからダージまでの西のラインの街に潜入して、この街に残っている住人達に蜂起を促していたんだ」

「戦っているのは独立戦線で、相手は政府軍ということか?」

「ああ、そういうことだ」

 思っていたよりも近い。いつ飛び火してもおかしくない距離だ。

「あんた達は速やかにここを出ろ。独立戦線に目が向いている内にここを出た方が良い」

 リーダー格の提案をレオは即座に退ける。

「いや、戦闘が始まった以上、今動くのは危険だ。政府軍の警戒も強くなる」

 だからと言って、弾丸すらまともに防げない掘立小屋にいつまでも潜んでいる訳にもいかない。暫くやり過ごし、状況を見て動く方が賢明か。

 レオの思案を知ってか知らずか、今度はミーナがリーダーの男に質問する。

「あなた達はどうするのですか?」

「独立戦線に加勢する。こういう小競り合いはよくあることだが、今街に潜入している戦闘員はほんの数名だ。放ってはおけない」

「私も行きます」

 ミーナの即答にレオは目を剥いた。

「ちょ、ちょっと待て。君が用があるのは、最前線であってここではない」

 レオ達の目的はあくまで成功体あって独立戦線ではない。まして加勢など論外だ。

「そうですね。けれど、待っていても事態は変わりません」

 戦闘を切り抜ける自信があるのだろうか。レオは闇の中でも冷静さを失わないミーナの瞳から、真意を探り取ろうとする。

 アルトミラ情報局がミーナの能力の有無まで把握できなかったのは、使えないと突っぱねたミーナの言い分を、素直に受け入れからだ。手段さえ選ばなければ、真偽は確認できただろうが、それをしなかったのだ。無論、非公式とはいえ、亡命である以上身柄は丁重に扱われるべきだ。しかし、彼女は普通の亡命者ではないこともまた事実だ。

 本当に使えないのか、あえて使わないのか。

 かなり危険な橋ではあるが、これはミーナの実力を確かめるいい機会かもしれない。

「……君一人で行動させる訳にはいかない」

 レオは意志を示すように、アサルトライフルを抱え直した。

 二人の空気を感じ取ったリーダーの男に「良いんだな?」と訊かれ、レオは頷きを返す。

「分かった。だが、必ず俺達の指示に従ってくれ。それから、あんた達の実力は知らないが銃と装備は整えているようだから、気遣いはしない。客人だろうが、なんだろうが、遠慮しないからそのつもりでいてくれ。ただ、あんた達の目的は戦闘ではなくここから上手く逃げることだということも忘れないでくれ」

「構わない。俺は大丈夫だ。彼女も……大丈夫だ」

 拳銃を見えるように掲げたミーナの姿を、レオは期待と疑念を織り交ぜながら確認した。

 リーダーの男を先頭にして、五人は動き出した。ミーナとレオを真ん中にして、部下の二人が挟む形で隊列を組む。彼らの無駄に統率の取れた動きに、あの情報屋が相当の曲者であることをレオは悟った。情報屋とは言っているが、かなり組織だって動いている。

 塀伝いに進み、現場へと近付く。銃撃戦はまた散発的な物に移行しており、街の闇を乾いた音が駆け抜ける。大きな通りに差し掛かると、陰から道の様子を伺ったリーダーが、道に兵士がいることをジェスチャーでレオ達に知らせた。 左右から挟撃する為、リーダーの男と一人の部下が隙を見計らい、反対側の塀へ向け走り抜けた。レオも自分の目で兵士達の様子を伺う。見通しの良い通りだが、道幅は車両二台が対向できるくらいだ。元々商店街だったのか、シャッターが降りた家が通り沿いに立ち並んでいる。政府軍は奥で続く戦闘に気を取られているようで、こちらには気付いていない。見えるだけで十数名。思っていたよりも少なかった。

 左右で頷き合い、距離を詰める。一人、一人と建物の陰に陣取り、撃ち始めた。

 初弾で三名を倒したが、政府軍が応戦に転じる。しかし、こちらの動きの方が早い。リーダーの男が銃撃の隙を突き、果敢に攻め入る。

 するとその時、爆発音が前方で響いた。車両が爆発したようで激しい炎が巻き上がる。闇夜の街を橙の光が照らし出した。

「あそこだ! あの爆発の辺りが独立戦線のアジトだ!」

 リーダーの男が叫ぶと、ミーナが塀の陰から飛び出した。両手に持った拳銃で兵士を正確に撃ちながら、リーダーを追い越し、一人突出する。

 レオはミーナの行動に思わず舌打ちした。

「あの娘……っ」

 慌てて追いかけるレオに、情報屋の三人が援護しながら続いた。

 ミーナは素早く走り抜けることで弾丸を躱し、兵士達を倒して行く。兵士達は突然特攻仕掛けた人物に向けて懸命に撃ち続けているが、彼女を捉えられない。兵士の照準をあざ笑うかのようなミーナの機動力に右往左往し、気が付くとミーナが目の前に迫る。銃声に混じって彼らの断末魔が耳に届いた。

 レオ達四人は、ミーナが兵士達の気を惹き付けたお陰で容易に前進することができた。ミーナの戦闘力を目の当たりにしてレオは舌を巻いた。恐るべき反射神経と運動力、そして的確な射撃。彼女は本当に失敗作なのだろうか。仮にそうだとしても、成功体は彼女おも凌ぐという事実に寒気がする。

 更に前方でもう一度、車両が爆発した。対戦車ミサイルでも使っているのか、轟音と共に爆風が襲う。戦闘が派手過ぎる。これではここに独立戦線がいることを知らせているような物だ。すぐに援軍が来るだろう。そもそも爆発はどっちの攻撃で起こっているのか。

 答えは現場に着くとすぐに判明した。道路の奥で二台の車が燃え盛り、手前に黒い塊が幾つも転がっている。よく見ると軍服を着た政府軍兵士ばかりだ。吹き飛ばされていたのも、政府軍所有のジープらしく、道の左側と右側に車体の裏を向けて、玩具のように横倒しになっている。

 圧倒的な光景に茫然としていたのは独立戦線の戦闘員達だった。数名の戦闘員達は揃って爆発した車両の炎に浮かび上がる一つの影に釘付けになっている。

 道路の真ん中で無反動砲を肩に担いでいた影は、悠然とこちらを振り向いた。

「ほーら、早く逃げないと援軍が来るわよー」

 のんびりした口調は女の声だった。女の影は、持っていた無反動砲を用済みだとばかりに捨て、反対の手に持っていた拳銃でまだ息のあった兵士に弾丸を食らわせる。

 そのかんに、独立戦線の戦闘員と情報屋の手先が合流し、バタバタと動き出した。情報屋の顔は独立戦線の戦闘員にも通っているらしく、独立戦線は中に負傷者がいることを訴えた。情報屋と独立戦線は連れ立って一度、アジトに入って行った。アジトは元々ガラス張りの商店だったようだが、政府軍の攻撃によって砕け散ったガラスの向こうに陳列されていた商品の残骸が見えるだけで、扉はなくなり壁には夥しい銃痕が見られる。

 しかし、戦闘は独立戦線勝利で終わったようだ。恐らく、あの女によって。こうなればここに長居は無用だ。速やかにこの場を離れた方が良い。

 レオは踵を返しかけたが、ミーナが女を見て直立不動になっていることに気付き、足を止める。

「何故……あなたがここに」

 女を真っ直ぐ睨みつけたミーナが、絞り出すような声で呟いた。纏う空気には激しい警戒感が滲み出している。

 まさか。予感に突き動かされ、レオはもう一度女を見やる。戦場で異質なヒールを打ち鳴らす音が近付くにつれ、炎の光で分からなかった人物の全容が暴かれた。歩くたびにしな垂れ掛かった長い髪が揺れ、ぴったりとした服は身体の線を露わにし、鼻筋の通った顔には化粧をしている。背は高く、長身のレオより少し低いくらいだ。

 女もミーナの存在に気付いたようで、瞳を好奇に見開きながら、鮮やかな真紅の唇を弓なりした。

「あら~? ミーナじゃない。こんな所で会うなんて奇遇ね」

 女の言い方にはミーナに対する強い興味と、揶揄が含まれていた。

 状況が読めず、二人の様子を伺っていたレオに、アジトから出てきたリーダーの男が肩に手を置き耳打ちした。

「独立戦線が襲われた時、突然やって来て加勢したらしい。あの女のお陰で命拾いしたと」

「……そうか」

「あのお嬢ちゃん、あの女と知り合いなのか?」

「いや、分からない……それよりも、すぐにここを離れるべきだ」

「ああ。俺達は独立戦線と共に南下してダージを出る。あんたらは北を進め。田舎町で政府軍の手が薄い」

「恩に着る」

 リーダーの男はレオの肩を二度叩くと、負傷した戦闘員を連れ出した部下と共に道を引き返した。戦闘員達は女を気にしていたが、所在の分からない女に介入された戸惑いの方が強いようだった。

 レオは見計らって、ミーナに近寄った。

「今は逃げることが優先だ」

 ミーナはすぐに態度を切り替えた。

「ええ、行きましょう」

 走りながら、レオは背後を一瞥する。女は満面に笑みを作り、二人を見送るようにひらひらと手を振っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る