第三章 激動の胎動
1
独立戦線のキルビレント軍アルーグ基地急襲は、成功体の活躍もあって、独立戦線の勝利で終わった。アルーグの住民も、政府軍の厳しい監視に強い反発を持っており、独立戦線に情勢が傾くのと並行して住民の蜂起が一斉に成された。勝利すると住民達は独立戦線を拍手喝采で迎え、彼らの活躍の労をねぎらい、感謝を述べた。開放を喜んだ人々の顔にはもう、キルビレント国の新しい未来が見えているようだった。
レオとミーナはせわしなく行き来する戦闘員の脇にいた。手錠をされ、三人の戦闘員の監視下にある。周りには他に二カ所、捕虜が集められている区画があった。純粋な政府軍捕虜と政府軍から離反し、独立戦線に協力したいと志願する捕虜。前者への監視は厳しく徹底されているが、独立戦線の参加志願者とミーナとレオの監視はあってないような物だ。
三人の戦闘員は、二人が手錠されていることに安心しているのか、二人を手頃な場所に座らせると、二人の眼前で今後行われる戦利品の分配について花を咲かせている。話し出してから一度もこちらを振り返っていない。
勝利したとは言え、独立戦線は目下、エルナトの国境線確保を目標に進行している段階だ。次の戦闘への準備と、基地の掌握に時間が掛かっているらしい。故に、捕虜達を十分な監視施設に移送することもなく、光り輝く青空の下に野ざらしとなっている。
それにしても頂けない。レオは、戦闘員三名のお粗末な監視に辟易しながら、ミーナに話し掛けた。
「……インサイト、直訳で洞察力だな」
「研究員達は別の意味で呼称していたようです。人間に普通備わっている能力に、付加された能力」
付加したのは自分達だろう。身勝手な言い分に呆れかえる。
「成功体は頭脳、力双方を備えた自立生物です。何処にでも潜り込むことができ、危害を恐れる必要もない。絶食したとしても普通の人間よりも長く生き延びます」
「稀粒子の影響か?」
「はい。運動能力が普通の人間よりも高いことも、稀粒子が筋肉に作用していると考えられます」
「そして、君と成功体との違いはインサイトの有無と」
確信と共に口にした台詞に、ミーナは頷いた。
「ご名答です。私は稀石を体内に定着させることはできましたが、インサイトを得ることはできませんでした。体内に稀粒子が流れていても、外部の稀粒子を操ることができなかったのです。私以外にも、定着に成功してもインサイトを得なかった子供はいましたが、皆、実験後そう間を置かず亡くなって行きました。研究者達にとって、私は
まるで道具かのような言い方に、レオは顔を歪めずにはいられなかった。
「サンプルね……前から思っていたことだが、君には怒りはないのか? 自分を蹂躙したと、失敗作と呼ばれることに抵抗感はないのか」
「確かに私は成功体にもなれず、かと言って亡くなることも許されなかった人間です。けれど、私が普通の人間ではないこともまた事実です。必ずやれることはあると思い、だから私はアルトミラに亡命しました」
ミーナは芯のある涼やかな表情で言ってのけた。もう覚悟を決めているのだろう。
レオの心中は複雑だった。ミーナが失敗作であることは最早確実。成功体に関しても4人中2人が現れたことになる。しかしこの二人、自国に引き入れるには障害が多すぎる。ジンは既に独立戦線での地位を確立しているようだった。戦闘において斥候という任務を任され、何十名もの戦闘員を率いていたのがその証拠だ。クリオネに至っては未だに目的が見えず、帝国の影も見え隠れしている。
成功体は更に後2人いるのだろう。だが、所在の分かっている2人をみすみす逃す馬鹿はいない。だからといって、ミーナを放置する訳にもいかない。アルトミラという国の影がチラつく上、彼女自身が言っていた通り、彼女は成功体にとって疎ましい存在のようだ。ナイフを喉元に当てられた時のミーナの顔が脳裏に焼き付いて離れない。この小さな少女は何を背負っているのだ。
ジンという少年のミーナに対する態度も気に掛かる。単なる失敗作だったとしたら、ミーナにあそこまでの殺意を向ける必要はない。彼が言ったようにいつでも殺せるのだから。
何かがあるのだ。成功体と失敗作。一見、明白な隔たりがあるこの二つを繋ぐような、何か重大な秘密が。そしてジンは――いや成功体は、その秘密が露見することを酷く警戒している……?
その時、二人の元にジンがやって来た。眼前にいた三人がジンの姿を見るや否や、直立不動になっているのが少し笑えた。
ジンは監視の三人に一目もくれず、ミーナを睨みつける。ミーナはその視線を平然と受け止める。
「勝利の祝辞でも述べるべきですか」
「嫌がらせなら止めておけ」
「そんなつもりはありませんよ」
軽妙な会話を繰り広げる二人に、先刻の息が詰まりそうな空気はもうなかった。
「お前、クリオネと一緒にいたのは何故だ」
「彼女から合流して来ました。彼女の事情は知りません。どうやら、独立戦線にいる成功体が誰か、知りたがっていたようですが」
「本当にそれだけなんだろうな?」
「クリオネの詳細は知りません。私自身も今述べた以上の理由を持ち合わせていません」
疑念を捨てきれないのだろう、ジンは注意深くミーナの様子を探っていたが、やがて「立て」と告げた。
「こちらとしては最悪なんだが……代表がお前達に会うと言っている」
驚いている二人を尻目にジンは二人の後ろに回ると手錠を外し始めた。
「独立戦線の今の代表は確か……」
ミーナの呟きにレオが続く。
「元代表ナセル・ハダットの側近、グレイ・フロンシオだ」
二人は数名の戦闘員に先導され、歩き出した。二人が連れて行かれたのは、基地内の建物ではなく、敷地内に設けられた簡易テントだ。周りは幕で覆われ、完全な個室となっている。テント内にはグレイの姿はなく、長方形型の机が一つと、それを挟んで四つの椅子が置かれていた。ジンは二人に着席を促すと、自分は反対側に回り、腕を組む。立ったままグレイの到着を待つようだ。
「もっと手荒に扱われるかと思ったが……」
レオがそう呟くと、テントの幕が開いた。
「我々の本来の目的は、内戦ではなく独立でね。国際社会に認められるには、相応のマナーを守らねばならないことは理解している。他国の人間に対しての対応は必然的に慎重になる。我がキルビレント政府のような野蛮な真似はしないよ」
レオはその紳士風な男を見やった。独立戦線が立ち上がった当初から、前代表ナセル・ハダットの側近として活躍。戦闘戦略に疎かったナセルの参謀として活躍していた男である。身長は185以上。屈強な体に日に焼けた肌。短く整えられた髪には清潔感があり、老獪な考え方に反して、まだ三十代前半に見えた。
「現、独立戦線代表のグレイ・フロンシオだ。直接尋ねたいことがあって呼び出した。勿論、君達には黙秘権があることを認めよう。だが、出来るだけ答えてくれると嬉しい。我々には時間がないのでね」
グレイはそう言って、レオとミーナから見て向かいのジンの近くの椅子に着席する。
「まず、君達が何処の国から来たのか答えて貰おう。個人ではない筈だ」
レオはミーナは顔を視線を交わした後、答えた。
「アルトミラだ。俺はアルトミラ情報局のレオ・レグルス」
グレイはほお、と机上で手を組んだ。
「アルトミラか」
「アトルミラだと?」
関心を瞳に宿したグレイに対し、ジンは訝しがった。直後、ミーナとレオを交互に見る。ミーナがアルトミラに関係していることが意外なのだろう。
アルトミラはどちらかと言えば独立戦線側に立っている。無論、国際情勢上公然と口にはできない。ただ、緩衝地帯に連なるキルビレントが帝国の意のままになっていることに、危機感がない訳がないのだ。レオは国名を素直に告げたのは、今の状況では、アルトミラの名を明かした方が身の安全が図れると判断したからだった。
「何の為にこの国へ?」
「彼女の護衛だ」
「なるほど、ではこの質問は君にした方が良いようだ」
グレイはミーナに視線を変える。受け取ったミーナは「彼に会う為に」と、すんなり答えた。敵意を露わにしたのはジンだった。
「この戦場のど真ん中でよくそんな頭の悪い返事ができるな」
「まあまあ、ジン。やめておけ……本当にそれだけなんだね?」
「現状では」
短く答えたミーナを、レオとグレイが同じように見やる。
「君達二人には重大な過去が絡んでいるらしいが、一旦それは置いておこう。君の限定的な能力についてはジンから聞いた。インサイトは持っていないが、稀石は宿している。故に研究施設では失敗作と呼ばれていた、と……研究施設での呼称については、個人的に不快感を覚える。なので私は普通にミーナと呼びたいんだが構わないかな?」
「構いません」
「では、ミーナ。彼に会う目的とは?」
「彼の目的を知る為」
相変わらず的を得ない返答に、グレイが困ったように相貌を崩す。
「暖簾に腕押しだな」
「いいえ、事実です。ジン。あなたは何故、独立戦線に加担しようと思ったのですか?」
ジンは一瞬、不服そうに眉を顰めたが、ふっと息を吐き出した。
「俺の力を生かせる場所はここ以外にないと思ったからだ。俺はこの力で破壊がしたい訳ではない。どうせ力を使うなら、帝国と戦う。それも正規のやり方で。だから独立戦線を選んだ」
「あなたから見て独立戦線は?」
ジンは躊躇してグレイを見たが、グレイはどうぞと言うように首を傾けて発言を促した。
「よく纏まっている。政府軍に長く支配されていた経験から、おおよその戦闘員は略奪、蹂躙を好まず、純粋に平和を求めている。俺の力を貸す価値はある」
満足した様子で、ミーナが頷いた。
「充分です」
「……つまり、君の目的は今達成されたということか?」
「はい。私は全ての成功体の行動理念を知る必要があるのです」
ジンは「だから気に食わねぇんだ」とぼそりと吐き捨てる。
グレイは濁った空気に終わりを告げるように、手のひらを上げた。
「分かった。この件についてはこれ以上触れないでおこう。これは君達の問題であって、私達の問題ではない。ジンの目的を訊いた以上、君には独立戦線に関わる理由はなくなったということで良いかな?」
「判断して頂いて構いません」
「じゃあ、本題に移る。私達が最も懸念しているのは、君達にジンの存在が伝わってしまった例の事件のことだ」
ミーナは少し身を乗り出した。
「ブレックで起こった稀粒子の発現の規模については本当なのですか?」
「間違いない。俺はその時、ブレックにいた。そして成功体の誰かがあの場にいたのも確かだ」
ジンがそう答えると、グレイが継いだ。
「ブレックの犯人捜しをしたい所だが、残念ながら我々はまだ内戦の最中。さける人員がない」
「キルビレント政府は?」
「黙殺している。代理人を通じて何度か問い掛けたが、返答はない。自分の国の首都が吹っ飛びかけたのだから、事情は知っている筈だがな。君達の所に何かあるかと訊きたいのだが……」
そう言ってグレイはレオに視線をやる。レオは肩を竦めた。
「アルトミラは未だに、稀粒子の発現という現象にすら懐疑的な立場にいる。ブレックの稀粒子の規模がどうかなんて、計れる知識もないだろう」
「情報は入っていないのか?」
「アルプトラウム稀石研究所は存在は認知されていても、その実態は世間から隔絶された秘密施設だった。たまにあるかと思えば、稀粒子に関しての論文。そんな状況で他国に何か情報が渡ると思うか? というか、アルプトラウム研究所がどういう場所なのか、一番知っているのは君達じゃないのか?」
レオは問い質すようにミーナとジンを見る。
「……許可された部屋以外への出入りは禁止され、研究所外の外出も月に一度あるかないか。研究所内での私達の生活は制限されていました。全てを知っている訳ではありません」
ミーナは顔を曇らせる。レオはそこまで隔絶された環境下にいたことに驚きが隠せなかった。
「もう一人の成功体……彼女が犯人という可能性は?」
「分かりません。彼女は私達に目的を明かしませんでしたから」
グレイは腕を組んで思案すると、決心したように頷いた。
「よし、ここまで良い。これ以上は何もでてこないだろう。今後、君達の扱いは捕虜から外す。ただし、君達を味方と認識した訳ではない。我々の目の届く範囲にいてくれ」
ジンが「本気で言っているのか?」と刺々しい口調で非難した。
「……手荒に扱う訳にもいかない。彼女が嘘を言っているようにも思えない。お前が一番わかっている筈だ」
ジンはミーナは見て諦めたように言う。
「嘘をつくような奴ではないことは確かだ」
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