5
十分程走り続け、基地南側に辿り着く。フェンスの向こう側からは、警報が鳴り響き、兵士達が怒号を発しながら駆け回っている。
司令塔に最も近い位置に来ると、クリオネが立ち止まった。
軍事基地というだけあって、周囲はコンクリート製の塀に囲まれ、有刺鉄線が張り巡らされている。越えるのは容易ではない。
すると、クリオネが腰を低くし、両手の指を絡め、レオに差し出した。どうやら、ここに足を掛けろと言っているらしい。
「飛ばすから上手く着地してね」
投げつけられたウインクに、レオの頬が引き攣った。比喩ではなく、本当に飛ばすらしい。
束の間の空中散歩を味わされ、レオはなんとか塀の中に降り立った。後をミーナとクリオネがほぼ同時に続く。この二人は自力で塀を越えられたということだ。
既に少年は司令塔にいるらしく、クリオネは兵舎を通り過ぎて、司令塔に向かった。三階建ての司令塔に裏口から侵入する。一歩踏み入れると、内部は血の海と化していた。白い壁が歪に黒くなっている。倒れているのは政府軍兵士ばかりで、既に息絶えていた。三人は兵士達を跨ぎ、銃を構えながら一歩ずつ慎重に進んだ。
廊下を進んでいる途中で銃撃が三人を襲った。ミーナとレオは姿勢を低くしたが、躱すまでもなく銃弾はクリオネの手前で全て止まっている。
動揺を見せながらも撃ち続けるのは独立戦線の戦闘員だ。
「無駄弾撃ってないで、あんた達の部隊のトップを呼びなさーい。ここにいるんでしょ」
苛立ったようにクリオネが叫ぶと、徐々に銃撃は弱まって行った。止んでからクリオネもインサイトを解いた。宙で止まっていた無数の弾が、鉄の塊と化してパラパラと床に落ちる。
「お前達何者だ!」
しんと静まり返った廊下に、戦闘員の問い掛けが響いた。
「独立戦線でもなければ、政府軍でもないわ」
様子を伺っていたミーナが立ち上がった。
「彼が近付いています」
クリオネも気付いていたらしく「感動のご対面ね」と楽しそうに答えた。
一人危機感を覚えたレオは銃を構えてミーナの隣に並んだが、ミーナの手がそれをそっと下ろさせる。
「殺されないんだろうな?」
「あなたがいれば」
「俺が?」
少年は銃を構えるでもなく、堂々と現れた。距離およそ百メートル。クリオネとミーナの姿を認め、動きを止めた。空気が急速に張り詰めていくのが、肌を通してわかる。
少年は資料の写真にはなかったターバンを巻いていた。ターバンの境目から覗く目は、野生の狼のような鋭利な殺気に満ちている。身長はミーナと変わらないくらいで、男にしては低い身長と言える。風貌だけ見れば少年だが、少年とは冗談でも呼べない重厚な風格を携えていた。
「奇遇ね、ジン」
クリオネにジンと呼ばれた少年は「何が奇遇だ」と吐き捨てるように言い、手のひらをこちらに向ける。すると辺りが独りでに発光し出した。朝焼けを待ち侘びる中、この建物だけに日が昇ったようだった。周りで煌めく微細な粒子は、幻想的な美しさの中に怪しさも含み、ぞわぞわと肌が殺気立つ感覚がした。
――稀粒子の発現……
ジンが更に睨みを強くした時、クリオネが「あらあら」と間の抜けた声を上げた。
「待ってよ。ここでやり合うと、司令塔がなくなるわよ。それはあなたの意にそぐわないのではなくて?」
「この場ではお前を止めることが最優先だろう」
クリオネは「そうかしら」と平然と首を傾げる。
「私の目的も分かっていないのに、時期尚早じゃない?」
「ではお前の目的はなんだ」
「
「何処に報告するつもりだ?」
「言うはずないじゃない」
「俺は禅問答をするつもりはない」
睨みつけるジンに対し、クリオネは柔和な笑みを崩さない。
何が起ころうしているのかは分からない。ただ、一触即発の空気に自然と喉が鳴った。戦闘員も怯えを見せながら行方を見守っていた。平然としているのは、当事者の二人とミーナだけだ。
すると、光が和らいでいき、ジンの肩から力が抜けると同時に元の室内に戻る。
反対に、クリオネの手のひらの上に光の塊が出現した。先程のような空間全体が光り出す現象ではなく、彼女の掌だけに納まっていた。一瞬にして、薄暗い室内が電灯に照らし出されたように明るくなる。が、その時間はほんの刹那のことだ。
ボールのようだった塊は、三倍くらいの太い光線のように代わり、壁を貫いた。瞬間的に壁には円形状に切り取ったように穴が開き、光が消えた。「じゃね」と言い残しクリオネが飛び込んだ。
何だ今のは。レオは一人身震いした。レーザー銃と表現して良いのだろうか。何もない所から、高密度な光の一線が放たれ、空間が丸ごと消失したかのように壁に穴ができた。あれもインサイトなのか。また、ジンとクリオネが見せた二回の発光現象。あれが稀粒子の発現で間違いない。ブレックで起こった稀粒子の発現は街全体に広がる広範囲な物だったが、規模の違いと見ていいだろう。
戦闘員が穴を覗き込んだが、既にクリオネの姿は見えなくなっていたらしい。戦闘員が「よろしいのですか?」とジンに尋ねた。
「良い。今はそれどころではない。それに……」
ジンは静かに歩き出し、ミーナの眼前に銃を突き付けた。
「お前は何の為にここに来た。理由を言え」
「久しぶりですね、ジン」
「質問に答えろ、ミーナ」
「……ブレックで起こった稀粒子の発現が発端です」
ジンはあからさまに顔を歪め、大げさに舌打ちを零すと、レオを睨みつけた。
「その男は誰だ」
「それについては答えられません」
ジンはミーナに銃を額に押し付け、更に背後からナイフを抜き出し、刃をミーナの首元にそえた。既にその手は血で汚れている。
「お前を殺すことなど、俺には造作もない」
しかしミーナは、今にも皮膚に食い込もうとしている刃に一切の動揺も見せず「よく心得ています」と答えた。
ジンは興味を失くしたかのようにナイフを収め、「こいつらを捕らえろ」と部下に命令を下した。
「今は殺すな。二人共だ」
ジンの部下が素早く気二人の腕を拘束する中、ミーナとジンの視線が再び交錯した。
「教えといてやる。ブレックで稀粒子の発現を起こしたのは俺ではない。そしてあれは、ブレックを丸ごと消し去る規模の物だった」
ミーナは瞠目した。
「……どういうことですか?」
「俺が聞きたいくらいだ」
ジンはそう言ってミーナとの会話を打ち切った。
「この捕虜は本隊に引き渡す。引き渡し役に二名残れ。女には警戒しろ。残りは俺と共に来い。本隊が基地に侵攻すると共に、基地の全機能を掌握する」
戦闘員に「行くぞ!」と号令をかけ、十数名の戦闘員が駆け出す。外では朝の光が増し始め、銃声は次第に激しく迫り、大砲によって街が崩れる爆音が轟いていた。
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