予想通り、独立戦線のアルーグ襲撃は当初より一日早い、次の日の未明から始まった。アルーグ東にある廃墟に身を隠していたミーナ達は、南方から響いた爆発音によって、独立戦線の攻撃が始まったことを知ったのである。付随して乾いた銃声が轟き始めた。

 レオはキルビレントの地図を広げ、アルーグ周辺状態を確認した。アルーグに通じる道は、レオ達が通った東の丘越えルートと、西側のダージに通じている道、もう一つ南側の道がある。南側は地形も平坦で最も侵入し易い。政府軍の支配地域ではあるが、独立戦線の占領地域とも繋がっている。

「進入路は南か?」

 ミーナが冷静に「陽動の可能性も」と指摘し、地図から顔を上げる。ミーナの隣ではクリオネが頭に手を当てながら、宙を睨んでいる。

「やはり彼、この作戦に参加しているわね。街の中を移動している。このスピードからして単独じゃない」

 まるで今情報を得たとばかりの発言にレオを目を丸くした。

「分かるのか?」

 レオの反応が意外だったのだろう、クリオネは首を傾げると、次にミーナに視線を持って行った。答えて良いのか訊いているようだった。

 ミーナは躊躇がちに視線を彷徨わせ、口を開いた。

「……私達は空気中の稀粒子きりゅうしを介して常に繋がっている状態なのです。意志疎通はできませんが、数キロ圏内に近付けば大体の居場所は掴めます」

 稀石きせきを宿しているということは、一定以上の濃度の稀粒子が体内に流れていることを意味する。自然現象ではあり得ないその濃度の塊は、空気中の稀粒子を通して分かるのだという。誰かまでは分からないが、存在ははっきり感じ取れるようだ。

 ミーナも稀石を体内に宿しているのは間違いない。ミーナの身体検査のカルテをレオ自身が確認した。

 越境した時、独立戦線の戦闘に参加したのは、やはり成功体がいる確証があったかららしい。これまで口にしなかった点を考えると、ミーナとしてはできる限り隠していたかったのだろう。

「それは、相手にも君達の場所が伝わっているということだな」

「ええ。警戒はしているでしょう。けれど今は作戦中ですから」

 レオはミーナの意図に舌を巻いた。最前線に突っ込むと聞いた時はどうなることかと思ったが、一番遭遇する確率が高い場所、そして近付いて行ったとしても、攻撃のされにくい段階だ。ただ、ミーナの話からして、相手は快く思っていないだろう。接触したらまた厄介なことになるのだろう。

 次にミーナとクリオネは独立戦線の動きについて予測を立てる。

「爆発で目に付く兵士を南側に引き寄せ、街に戦闘を広げる間、基地までのルート確保に成功体と手練れの戦闘員が乗り出す。確保ができ次第、本隊をアルーグに乗り込ませる、というのが推測される作戦ですが」

「そんな中で、彼の目的は何かしらね。基地制圧に必要なのは物理的な武力だけど、単独行動は取っていないみたいだし」

 レオが「だとすれば」と二人の会話に入る。

「少人数で基地に入り込み、先に基地司令官の拘束……抹殺、と考えるのが順当だろう。基地を無傷で手に入れたいならば、中から攻略するのが筋だ。その成功体の居場所が分かるというのは、何処まで正確なんだ?」

「距離に比例して精度が高くなります」

 端的に答えたミーナにレオは頷く。

「なら、俺達は少年の動きを注視しつつ、一先ず基地司令塔を目指すのが最善だが……」

 レオ達の目的はあくまで少年である。戦闘の情勢がどちらかに傾こうが関係ない。戦場を縦断し、真っ直ぐ突き進む。

 無論この無鉄砲な作戦を実行できる能力があればだが。

「では、あなたはクリオネの後ろに回って下さい。先頭はクリオネに任せます。また、クリオネの半径30メートル以内から決して離れないようにして下さい」

 意味は理解できたが、まだ疑念を残すレオをクリオネが「死にたかったら構わないけどね」と茶化した。内戦の最中を突っ切るというのに、クリオネは防弾ベストも着込んおらず、表情に笑みすら浮かんでいた。

 廃屋から外に出ると、街の南側が赤く光り、漂っている煙の臭いが鼻についた。

 町はずれの小道を抜け、住宅街に出る。まだ日の出には早く、通りは闇に支配されている。兵士の黒い影が整然と蠢き、幾度か南に向かう兵士を紙一重でやり過ごす。戦車も出動させたのか、キャタピラーの無機質な音が何処からか流れている。住民の姿はない。家の中で状況が終わることを祈りながらじっと息を殺しているのか、もしかしたらこの街も独立戦線の戦況次第で蜂起するのだろうか。

 すると、背後で俄かに騒がしくなり、軽い破裂音がした。迫撃砲か、と思った時には、レオ達の斜め前方の住宅地の路面に着弾し、轟音と共に足元が衝撃で揺れる。撃った犯人が潜んでいた戦闘員か住民かは、建物に隠れて分からない。ただ前方の政府軍を攻撃しているのは明白だった。政府軍兵士は応戦し、場は銃撃戦へと雪崩れ込んだ。

 レオ達は予期せず、両陣営に挟まれた形となった。住宅街は道が入り組んでいる上、住宅の二階からも銃声が聞こえる。どちらの陣営が何処から攻撃しているのか判別がつかない。身動きが取れず、住居の壁面に身を寄せる。流れ弾で街が削れて行く。

 住居の扉をこじ開け、住居の中を進むか、それともやり過ごすか、はたまた独立戦線に加わるのか。

「埒が明かないわ」

 クリオネは苛立ったように呟くと、ミーナと頷き合い影から飛び出した。政府軍の方角である。

 あり得ない――命の危険を感じながらも、半ばどうにでもなれという気持ちでレオは続く。政府軍の銃撃はレオ達にも降りかかる。それは一歩前に進む度に激しくなった。ただ、不思議と弾は飛んで来ない。何故か。

 音速で発射された弾が全て宙で制止していた。クリオネが手のひらを前に突き出し、クリオネの意志で止めているよう見えた。止められた弾は米粒のように浮かんでいる。おおよそ、この世の物とは思えない光景だった。

 茫然とする兵士を素通りし、全速力で突き進み、政府軍の一個小隊を越えた。背後では独立戦線と政府軍との銃撃戦がまた始まる。

「……稀粒子の発現ではないな?」

 レオは速度を保ちながら、斜め後ろのミーナに尋ねた。

「はい。稀粒子の発現は、能力の延長線上に起こる発光現象です。一定の条件を満たさないと発現は起こりません。能力自体はインサイトと呼んでいます。今のはインサイトのほんの一部です」

 ミーナは息も乱さず、すらすら答える。

 クリオネら成功体は、体内に宿した稀粒子により、大気中に含まれる稀粒子を操ることが可能。稀粒子は互いに共鳴し合う性質を持っており、成功体が意志で盾を命じれば稀粒子は一定の場所に盾のように隊列を組む。稀粒子は肉眼では捉えられない微細な粒子だから、傍から見えない透明な盾という訳だ。また、稀粒子は地域によって濃淡はあっても、大気中に飛散している。だから彼女らはいつでもこの能力を発動できるのだと言う。

「見た目には超能力にも見えるが」

「超能力は空想上の産物で実在した確認はありませんが、あれは脳の知的感覚や未知の能力が増幅し超音波となって物理的現象に反映され現れると推測します。しかしインサイトは、体内に埋め込まれた稀石を介して、体内に循環している稀粒子と空気中の稀粒子を反応させる能力です。個人的には、超能力よりも物理的で信憑性のある能力だと思います」

「俺達は魔術絶後世代だ。何を言われても不自然に思えるよ」

 レオは速度を緩めないクリオネと、涼しい顔をして自分の後ろにぴったり付いているミーナが恐ろしくなった。しかし、唇は自然と歪んでいた。

 あれが能力の一部か、と。

 魔術が大成を極めたのは、今よりおよそ二百年前。

 現在、大気中に放散されている稀粒子だが、かつては地層に分布していた。魔術がまだこの世に存在していた頃、魔術の元となった物質と言われている。しかし、数百年前の魔術戦争により地中にあった稀粒子は殆どが空気中に分散。地表に陣を描き、地中から稀粒子の反応を借りて力を体現していた魔術は、これと共に衰退。以降、稀粒子の存在は歴史上から消えていた。

 所が二十年前、稀粒子が岩石に浸透し、岩となっていることが発見された。

 アルプトラウム研究所から十二年前に発表された論文によると、稀粒子はどんな圧縮を受け、集積され、形状を変えたとしても消失しない物質であると判明している。魔術戦争で大量に消費された稀粒子だが、実際は地層から大気に放散されただけであって、惑星全体を見れば稀粒子の濃度は変わっていない。だから魔術が衰退しても、稀粒子は残ったのだ。それが長い時間をかけ、地表の岩壁に浸透。石の性質を変貌させ、僅かに透過し虹色の色を持つ。これを稀石と呼んでいる。何故、稀粒子が現代になって岩石となったか詳しいことは判明していないが、ここ数十年で急速に発展した人間生活に伴う大気の濃度分布図の変化によるという説が有力とされている。

 魔術は滅んだが、技術が進歩している現代。この力を技術で利用しようとするのは、普通の流れだろう。今もまだ研究は続いている。しかし、いずれの研究も成果を上げられず、結果として常軌を逸した方法で実りを見せたという訳だ。

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