クリオネと合流後、道を進むにつれ政府軍兵士が街に闊歩する姿が見られるようになった。

「兵士の数が多くなって来たな」

「政府軍の占領地域に入りましたからね」

 ミーナとレオが僅かに身構えていると、クリオネがあっけらかんと言ってのける。

「大丈夫よ。この国には身分証を持っていない住民も多いし、国境線の街ならまだしも、この辺りで外国人だと知られることはまずないわ」

 キルビレントに限らず、この周辺四ヵ国に住む人々を見分けられるような特徴はない。戦前ならば瞳の色が異なっていたようだが、戦後の発展と共に明確な特徴とは言えなくなっていた。街中に入ったら、外国人とキルビレント人との違いは殆どない。現地民の方が濃い肌の色の人間が多いくらいだ。

「なら問題は独立戦線の方ですね」

 ミーナの言葉にレオとクリオネは頷いた。

 アルーグの隣町まで来ると、政府軍の検問にぶつかった。道路を通行する車を片っ端からチェックしているらしく、進行方向に一台、反対車線に一台ずつ車が止められていた。検問の近くにはテントが張られ、数十名の兵士が出入りしている。ちまちまと武器携帯の有無を調べているらしい。

 一台の車につき、兵士の人数は五人。運転席を見張る兵士が一人、物色する兵士が二人。それにもう一人、銃口は向けずとも、銃の引き金に指を掛けている兵士がいる。独立戦線の戦闘員だと判断、もしくは逃げ出そうものならその場で射殺するつもりなのだろう。レオ達もその検問に近付いて行く。

「検問だ。後ろを開け。運転手は降りろ」

 有無を言わせぬ兵士にレオ達は大人しく従う。

「後ろはなんだ?」

 身体検査に応じながら、レオはへらっと笑って見せた。

「見てわかんないかい? ただの荷物だよ。次の街で下ろすんだ」

「確認する」

 合図と共に、背後に待機していた二人の兵士が荷台を開く。彼らの視界一面に並んでいたのは青々とした葉物野菜だ。朝取りでどれもいきいきと葉を広げている。

 クリオネは助手席から兵士達を振り返り、自慢げに言った。

「とっても新鮮な野菜でしょ?」

 後部座席はシートを倒し、買い込んだ野菜をトランクいっぱいに詰め込んだ。偽装する為に道中で買い込んだ物だ。

 ミーナは後部座席の溝に潜んでいる。若い男女に少女の組み合わせは訳アリと取られかねないと、話し合った結果だ。また、武器や弾薬は車中にあらゆる場所に分散させて、座席の隅や下にねじ込んだ。ライフルはミーナが座席の下で構えているが、もしもの時は使うしかない。

 兵士達はそれでも納得しなかったのか、二人がかりで箱に詰められた野菜を漁る。片手で掴みとれる青菜から、腕で抱えないと持てないくらいの大きな赤い実。髭に土の付けた根菜類。一つどけても出て来るのは野菜ばかりだ。

 クリオネが見かねた様子で車から降りた。

「ちょっと! あんまり触らないでよ! 一応、納品する商品なんだから。良質な物を提供してくれるって信用されてるのよ」

 ぷりぷり怒りながら、トランクに身体を乗り出し、兵士が触った物をいちいち元に戻して行く。兵士に自分の身体が触れようが気にもしない。いや、わざと当てているのだろう。

 レオ自身は兵士側の視点は勿論分からないのだが、クリオネの態勢からして身体のきわどいが見えているとは分かった。ありきたりなトラップだが、動揺しない男は一兵卒にはいない。

 触れる物全てをいちいち元に戻すクリオネに、兵士は面倒くさそうに唇を曲げた。ついに諦めたようで乱暴に荷台の扉を閉めると同時に、レオの身体検査に当たっていた兵士が冷たく一言「通れ」と吐き捨てた。

 レオは兵士達に挨拶替わりに手のひらを上げ、検問を通り抜ける。充分な距離ができると、背後のミーナが手にライフルを持ったまま、野菜の中から顔を出した。

「良いアドリブでした」

 クリオネは「これくらいは当然よ」と得意げにウィンクを返した。レオは意外に協力的なクリオネを、どう受け止めて良いのか分からなくなった。

 検問の街を過ぎると、アルーグまでは小さな丘を乗り越えてすぐだった。レオ達は丘に上り切る手前で車を止め、徒歩で見晴らしの良い地点まで来ると身体を腹ばいにした。眼下の景色に、アルーグの街の全景と、住居街フェンスで囲われた大型施設が現れた。クリオネが後者を指差す。

「あれがアルーグ基地よ」

 レオは双眼鏡を覗き込む。司令塔に火器を収容している施設、訓練グラウンド。一般的な陸軍施設だが、兵士の動きは慌ただしく、また戦車の一部は外に並べられ砲口を外に向け、臨戦態勢を整えている。ただ、規模は大きくない。エルナト国境が近いというのに意外だった。

「一般的な陸軍施設だな。それ程大きくもない」

「現在のキビレント軍は南のカムナガラ防衛を本懐としていて、この辺りに存在している軍事基地は大きくないそうよ」

「帝国の意向か」

「その通り」

 確かに、キルビレント軍の戦力は南部に集中していると聞いていた。キルビレントの影にマルクト帝国がいると分かっている者であれば、誰がどう考えてもカムナガラとの戦争を視野に入れた基地配備だと分かるくらいだ。

 カムナガラ近郊で立ち上がった独立戦線も、当初はカムナガラ防衛の為に建築されたこのキルビレント南部の政府軍防衛ラインを超えらないかと思われていた。いや、政府軍は南部で抑え込むつもりだったのだ。だが、国民が立ち上がり、軍からの離反者も吸収し、北部からの極秘支援が成され、挟撃に遭い突破された。独立戦線は南部から中央部へと占領地域を広めたのだ。しかし、彼らの動き暫くして急激に小さくなった。独立戦線を立ち上げた代表者であり、考古学者でもだったナセル・ハダットが政府軍に殺されたのだ。以後、ほんの数か月前まで独立戦線は死んだと噂されていた。

 レオは双眼鏡から目を外すと、クリオネに尋ねた。

「独立戦線に成功体がいるという話は本当なのか?」

 クリオネはレオをじっと見る。

「いるわ。一人だけど。ただ、私も誰かまでは知らない。私はそれを確認する為にこの国に来たの」

 嘘ではないように思えた。言った顔つきがミーナによく似ていたからだ。

「戦線というのは基本、じりじりと進行して行く。火器、塹壕、戦略、補給路の死守と持続的で確実な補給。基地を戦略するとなると、作戦完遂に数週間を見込むのが普通だ」

「成功体がその気になれば一夜です」

 ミーナが強く断言した。

「それ程圧倒的なのか?」

「聞いている筈です。潰そうと思えば一瞬でできます。魔術が現存した時代ならまだしも、今のこの世界において成功体の力はどんな兵器や軍事力をも凌駕します」

 この場には既に一人その力を秘めた成功体がいる。

「君も、ということだな」

 問い掛けたレオにクリオネはにこりと笑い「ええ、そうよ」と当然のように答えた。

「ただ、現状を見る限り、この国にいる成功体はそこまでは力を使っていないようです」

「そのようね。私できるだけ無傷で基地や施設を手に入れたいという面もあるんでしょうけど、たぶん独立戦線の戦闘員達を立てているんだわ。あくまでも独立戦線自身が勝利を勝ち取ることを重要視している」

「ええ。この成功体の性格が透けて見えます」

 言い繋いだミーナとクリオネが視線を合わせた。二人の頭の中では、当該人物が特定されたようだ。

「他の成功体はもっと容赦ないということか?」

 レオの質問に、クリオネが反応した。

「それもあるけど、私達は基本単独行動なの。力もあり頭脳もあり、危機に怯える必要もない。究極の自立生物と言える。ただ、力を生かすには組織力も必要だということは理解している。ただそれにしても単独権限は得る。組織に全面的に与し貢献し、他人を動かすなんてあり得ない。実際、一人で何でもできるのに、組織の思うまま動くなんて非効率だと思わない?」

 レオは答えられなかった。殆どの人間は一人では生きて行けない。人は誰かと共にいて誰かに影響を与えてこそ自分の価値を認識できる。組織に煩わしさ感じながも、組織に貢献している誇りも持っている。効率だけで生きて行ける程、人間は単純にできていない。けれど、彼女達は人間のそのしがらみのような物を非効率だ言い切れるのだろう。独立戦線にいる成功体が奇異に見えてしまう程に。

「クリオネ、能力のことですが、我々の動きは双方に悟られたくありません。なるべく抑えて頂きたい」

「分かってるわ。なにも最初から全力を出すつもりもない。使い所も量も質も自分で見極められる。私も今は内密に行動したいし」

 能力。反芻するようにレオは頭の中で繰り返した。本国、アルトミラと、噂だけは散々耳にしていたがようやくその能力とやらを拝めるようだ。未だに不可解なのは彼女達の関係だ。

 この半日、彼女らのやり取りに耳を澄ませていたが、ミーナの言っていた通り、彼女らは友人や仲間と言ったような関係ではないようだ。検問の際にクリオネは協力的な姿勢を見せ、対面上は違和感はないが、二人は腹を探り合っている。友人とも違う、知人とも違う。例えるなら敵軍の戦友という表現が最も近いかもしれない。相手の思考に対する猜疑心と戦闘における信頼感とが同居している。この原因が失敗作と成功体との違いだけなのかは分からないが。

「クリオネ、あなたは独立戦線のアルーグ急襲が政府軍に漏れていると言っていましたね」

「ええ、具体的な日付は兎も角、近いことは知っているようよ。それに現状から次に攻められるのはこの場所だと推測もできるでしょう。基地を攻めるなんて有り得ない、って高を括っていたら知らないけど」

 少し考え込むミーナに、レオは直感で「作戦の決行が早まるのか?」と尋ねた。

「はい。成功体の彼が組織内で何処まで影響力を持てているのか分かりませんが、私なら今にでも決行します。時が経てば経つほど、政府軍の警戒も強まりますから」

 三人は街に降りた。街の様子は基地が近いこともあって、建物に戦闘の痕は薄く、道路も整備されている。街は人々の生活に溢れ、露店も立ち並んでいる。流石に店に並んでいる品物は少ないが、夕食の食材を買い込む人々で活気はあった。戦場と隣り合わせの生活にも関わらず、人々の笑顔はアルトミラとあまり変わりなく、平和に思える。しかし、やはり兵士の姿は街のいたる所で見受けられた。人々の動きを監視し、反乱分子を探しているようでもある。兵士の動きは他の街よりも顕著だった。

 三人は兵士の目を掻い潜り、街オレンジ色に染まるアルーグの喧騒に紛れた。

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