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独立戦線は戦闘開始から一週間の内に、エルナト国境までを速やかに制圧した。制圧と言っても、迎え入れられた、という表現が近いかもしれない。住民達が独立戦線の登場を大いに喜んだからだ。特に国境ゲートの開放は大きかった。ゲートに通ずる道に溢れんばかりの住民達が集まり、独立戦線を褒め称え拍手喝采。喜びのあまりそのまま大規模な宴会が始まった。廃れたダージの住宅街に、こんなに人が住んでいたのかというくらいの盛況だった。同時にエルナト商人が入り、続々と商売を広げている。
キルビレントを独立戦線が掌握する日が、すぐそこに近付いていることを肌で感じた。
レオは戦闘の合間を縫い、数日前に本国への密偵と接触した。内容は言うまでもなく成功体の能力と、成功体とミーナの関係、そしてミーナへの新たな疑惑。ただ、ブレックの稀粒子の発現に関しては触れるだけに留めた。誰が何の為にブレックを破壊しようと試みたのか、そして何故それを頓挫させたのか。確かに重大な問題だ。明るみに出れば国際問題に発展する規模の事件であろう。だが、レオにとって重要なのはその中身だ。
成功体が本気になれば街一つ吹き飛ばすなど容易だという事実。ミーナの言ったように、成功体は正に兵器と言っていい。おまけに、彼らは自分で使用規模も使用段階も、そして使用先も選択できる。帝国は人類が犯してはならない領域に踏み込んだのだ。
連絡員との接触は独立戦線が司令部を置いている住宅近くで叶った。越境した際に情報屋と接触した小屋も歩いて数分の距離にある。この辺りは最初から独立戦線が確保していた土地のようだった。あれだけ厳しい国境警備をしていた政府軍には皮肉な話だ。
「今回の勝利を受け、帝国とアルトミラが動く。帝国が軍を動かしている。じきにキルビレントに入るという見方が強い。アルトミラはその動きを既に察知していて、内政干渉という非難を盾に、独立戦線の正式支援を表明するようだ」
独立戦線の猛攻に他の国にも動きが見える、と連絡員の男が重ねた。国際社会がいよいよ動き出したということだ。
アルトミラの動きは想定内だった。そもそも、アルトミラがミーナをキルビレントに差し向けたのは、ミーナを独立戦線支援の足掛かりとして利用する為でもある。こちらの報告を通じて独立戦線の詳細を知り、公式支援に乗り出す判断材料にしたかったのだろう。成功体云々は、アルトミラにとって口実に過ぎない。
帝国と真っ向から相対する形になるが、アルトミラには稀石研究所で行われていた人体実験の公表という、これ以上ない武器がある。公表されれば、帝国への批判はキルビレント内部における内戦の非ではなくなる。脅しをも辞さないつもりだろう。基本的に、国際政治の場は表に出なければ何でもありの世界だ。
「アルトミラは、内通者を派遣するように調整しているが、それまでの仲介役を一時的にお前に頼みたいそうだが」
レオは面白そうに眉を開いた。
「勿論、喜んで」
これが本国の連絡役からもたらされたとすれば、アルトミラの動きを本国も容認しているということ。となれば、断る理由はないし、何よりあの長官に恩を売っておいて損はない。いや、恩を売っておけという命令だろう。
「それで、成功体に関しての本国の判断は?」
「任務は続行だ。引き続き彼女の実態を掴むことを優先する。二人の成功体はこちらで追おう。彼女が他の成功体の情報を求めているならば提供もする。彼女にはまだ隠していることがありそうだからな」
「同意見だな」
レオは所詮、本国にとって駒でしかない。本国が右を向けと言ったら右を向くし、後退しろと言われれば後退する。レオ自身それは受け入れており、疑念はない。自分の行動は常に国益に直結し、それに誇りと矜持も持っている。
けれど、今回の決定には少なからず安堵している自分に気が付いた。それが、自分がミーナという存在に惹き寄せられていると意味していることにも。
結論は出さず、密偵と別れたその足で、グレイの元に向かった。
代表と話があると言ったレオは、二人して司令部の会議室として使われている部屋に入った。「君はここで待っていてくれ」というレオに従い、ミーナは部屋の前の壁に腰を預け目をつぶっていた。
レオの様子は最初の頃から比べるとかなり砕けた印象だ。四六時中見張ることもなくなり、ある程度ミーナの自由を許している。成功体の詳細を得たことと、ミーナが失敗作であるという断定ができたからだろう。けれど、未だにミーナから離れない点を見れば、まだミーナに何らかの価値を見出しているようだ。けれど、それこそがミーナの狙いだった。後は何処までこの状態を続けていられるかが問題だ。
「何かあったのか」
ジンが部屋の前で佇むミーナを発見してそう尋ねた。
「あの男が独立戦線代表に話を。アルトミラから情報がもたらされたようです」
ジンはミーナの前を通り過ぎ、そのまま部屋に入るかと思えば、ミーナから少し離れた位置に腰を預け、腕を組んだ。
「お前がアルトミラに亡命したのも、情報収集能力と情報戦術を頼ってか?」
訳を聞こうと言うらしい。戦闘の最前線にいたジンとは先日の一件以来殆ど顔を合わせていなかった。
「はい。緩衝地帯にありながら、他国とも太いパイプで繋がっていて、帝国の人体実験という国家の醜聞を上手く活かせる。大国でなく小国であるという点も大きい。これ以上の国はありません」
ミーナは成功体と接触する上で、成功体から逃れる為の後ろ盾が必要だったのだ。全ての成功体に効果がある訳ではないが、それでも背景に国家が付いている限り、躊躇は生まれる。
「仮に私が一人でキルビレントに現れていたら、あなたは私を殺していたでしょう?」
「止む終えない。成功体にとってお前はそういう存在だ。生きている限り狙われる」
「だからこそ、生き残らなくてはならないのです」
ジンは「理解はできる」と譲歩を示したものの、その顔色は険しい。
「だが、俺はお前を認めるつもりはない」
「知っています。また、それで良いとも思っています。私の存在意義はそこにあります」
「……相変わらず甘すぎる……俺たちに対してもお前という存在に対しても。お前のそういう所が嫌いだ」
ミーナの返答が癪にさわったらしく、ジンの苦々しく吐き捨てる。それに対し、ミーナは珍しくふっと頬を緩めた。
「そうでしょうね」
一旦話題が途切れると二人の会話に鋭さが戻る。
「レオ・レグルスというのは本名か?」
「いいえ、恐らく偽名です」
「あの男、本当にアルトミラから来たのか」
「情報局長官に紹介され、アルトミラから同行しているのは確かです。が、二週間以上、共にいても、まだ正体は掴めていません」
「まあ、帝国ではないのだろうな。帝国の人間は臭いで分かる」
帝国、特に軍人は帝国の臭いが染みついている。脈々と守り続けて来た広大な土地への執念と、長い歴史を作り上げたという傲慢さというべき何かが。そういう種類の人間を研究所で何度も見かけ、軍参謀本部でも嫌というほど目にした。
「いずれにせよ、彼が私に価値を生み出している以上は共に動きます」
ジンは頭を左右に振る。
「解せん。やはりここで殺しておくべきか……本当に利用されたらどうするつもりだ? お前は普通の人間と殆ど変わらない。薬漬けにし、操ることも容易だろう。それが俺達にとって何よりもリスクだ」
苛立たちを隠さないジンに、ミーナは強い口調で言い募る。
「そうはなりません。私は私の意志のみで動くと約束します」
暫しの時間二人は顔を合わせた。ジンという人間は、成功体の中でも性格が分かりやすい。顔つきは鋭いが、こう見えて義理深く、正義感が強い。だからこそ、グレイに受け入れられているのだ。話が分からない男ではない。
「……本当に、お前のそういう所が嫌いだ」
嫌いだというわりに、声色に諦めが混じっていて、ミーナはまた少し頬を緩めた。
独立戦線にいる成功体がジンで良かった、としみじみと思う。ジンだったら、間違いなく独立戦線を勝利に導ける。独立戦線が勝利した後の、政府立ち上げにも力を貸せるだろう。
それから少し間を置いて、グレイがレオを引き連れて部屋から出てきた。グレイは並んで待っていたミーナとジンの間で視線を往復させると、邪気のない爽やかな笑みを浮かべた。
「なんだ、仲が良いんだな」
からかうような口ぶりに反応したのはジンだ。
「そう見えたなら、お前の目は腐っている」
ぞっとするような剣幕に、グレイの溌溂とした顔は笑みから一転、強張った。
「ははは、そう怒るな」
グレイは怒るジンを両肩を両手でぱんぱんと軽く叩くと、顔つきを変えた。
「帝国が軍を動かしているという情報がアルトミラから入った」
「キルビレントにか」
「ああ。ダージには必要分の部隊を残し、街を警護しつつ、緩やかに独立戦線本部ジョルジに戻るよう通達する。俺は先に戻る。レオはアルトミラとの連絡役で俺に同行することになった。お前と……それからミーナ、君にも俺と共に来て貰いたい」
ミーナは即座に頷いた。
麦の楽園 嶋村成 @nariyuu
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