麦の楽園

嶋村成

プロローグ

プロローグ

 その日、レオ・レグルスは上司からの指示で、ある聴取を傍聴することになっていた。

 マジックミラーの向こう側の真っ白な聴取室には、十五歳の少女が座っている。

 透き通るような白い肌に、肩までの白髪。少し薄いピンクが全体にかかったような変わった髪色をしている。身長は低く、成人サイズの椅子に足のつま先が付くくらいの座高。

 見るからに薄幸そうな、いとけない少女だ。しかし、誰もいない聴取室を真っ直ぐ見据える水色の瞳は、いやに落ち着き払っていて、それだけで彼女が単なる少女ではないことを物語っていた。

 少女とは今日が初見のレオは、表情だけは変わらないものの、内心驚いていた。聴取室は約三メートル四方の箱型で、部屋に入っただけで圧迫感があるはず。だが、彼女は平然そのものでピクリともしない。あんな十五歳は何処に探してもいないはずだ。しかも、ここは警察ではない。この国家の諜報部を取りまとめる情報局本部だ。既に、少女への聴取は何度か繰り返されており、その度に殆ど同じこと聞かれている筈だが、少女に億劫さは微塵も見られない。

 部屋の扉が開き、少女の聴取に当たる男が入って来た。男は席に着くと、間は置かずに口を開いた。

「では聴取を最初からもう一度繰り返します。質問には端的に答えて下さい。まずは、名前、性別、年齢から、お願いします」

「はい。名前はミーナ。性別は女。年齢は恐らく十五歳です」

 少女ははっきりと明達に答えた。

「年齢が恐らく、というのは?」

「ただそう教えられただけで、私自身に確証がないからです」

「教えられたとは? 何故、確証がないのかな?」

「私には六年前以前の記憶……つまり、年齢に換算すると九歳ですが、九歳以前の記憶がありません」

「それは何故?」

「九歳の頃、マルクト帝国領、アルプトラウム稀石きせき研究所で人体実験を受けたからです。記憶の消失は、その実験の後遺症だと考えられます。年齢は実験後、研究所の研究員に告げられました」

「アルプトラウムというのは、マルクト帝国北西山岳地帯の地名で、稀石研究所というのは、二週間前爆発事故で崩壊した研究所だね?」

「はい、そうです」

「では、君が受けたというその人体実験とは? 詳細も含め簡潔に」

「未知の力を秘めた岩石――稀石を、人体に埋め込む実験です。実験内容を簡単に説明しますと、人体の胸を切開し、胸骨体に稀石を埋め込む手術です」

 実際に、彼女の胸部には生々しい手術痕があり、レントゲンには存在し得ない白い影が胸骨体に癒着している様子が映っているという。

 眉を顰めてしまうような惨たらしい内容だったが、少女の顔に絶望や苦悩は一切なく、ただ報告しているだけのような錯覚に陥った。

「君が受けた、ということはその実験は成功したということかな?」

「結果を言えば、はい。ですが、経過を考えれば、いいえ、かもしれません。何故なら、4人の成功体を生み出すのに、1188人の子供が亡くなったからです」

 その後も質問は続いたが、少女の瞳は悟り澄ましたように静かだった。

 少女が語った内容は、この世界の勢力図を揺るがしかねない物だった。事実には驚愕し、またこれから起こるであろう世界の巨大なうねりを想像し、身震いさえした。だが、レオは彼女の話よりも、彼女の異常なまでの冷静さに悪寒を覚えていた。

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