第二章 荒野の光焔

 ダージを無事に抜け出した二人は、アルーグの位置を頭に入れながら北向きに大きく迂回し、夜明けの荒野を進んでいた。

 夜に馴染んでいた大地が、地平から注がれる光に色を取り戻して行く。太陽は眼前の東から顔を見せ始め、闇に染まっていた灌木かんぼくがはっきり視認できるようになった。情報屋が用意していた車両は頑丈そうな四駆で、砂塵を巻き上げながらも舗装されていない道を猛然と疾駆して行く。幾つかの小さな街を横目に通り過ぎ、舗装された国道に出た。軋んでいたスプリングの音が止み、車内に静けさをもたらし、レオは窓を開いた。夜明けの心地よい風が車内の隙間を通り抜ける。

「で、あの女は?」

「彼女は第五成功体。名をクリオネと言います。年齢は十七と聞いています」

 レオはハンドルを右手だけに持ち替え、左腕を車窓の淵に引っ掛けた。

 十七という年の割に成熟しているように見えた。

「第五……成功体には番号が割り振られているのか?」

「はい、成功した順番に数字が付けられています。研究所は、我々に対しては名で呼んでいましたが、研究者同士のやり取りでは数字で指し示していたようです」

 むごいことをする。レオは顔を歪めずにはいられなかった。研究所内部はどのような物だったのか実際には彼女達にしか分からないが、決して笑顔あふれる場所ではなかったと想像に難くない。

「あの時の独立戦線の反応から見ても、情報に上がっていた少年兵とは別だろうが、あの女の成功体が何故あの場にいて独立戦線に加勢していたか分かるか?」

「それは全く予想がつきません」

「そうか……もう一つ疑問があるんだが、君はキルビレントに着く前、成功体に君が殺される可能性があると言っていたな。しかし、あの一瞬に彼女に攻撃する素振りはなかったように思うのだが」

「私を殺す必要がない状況にいるか、私以上に重要な物を追っている。或いはその両方でしょうか……勿論、私情ではなく」

 煮えきらない返答だが、導き出される答えは一つしかない。

「成功体か」

「はい。不思議ではありません」

 成功体が成功体を狙う。最も効率的なやり方とも言える。こと、成功体をこの世から葬る目的であれば。

 獲得ならば生身の人間を向かわせ説得した方が誠意がある。彼らに仲間意識がない以上、成功体同士で話し合わせ、自軍に引き入れるという線も薄い。成功体を既に引き入れている国ならばその程度の情報は当然知っているはずだ。

 クリオネの行動が個人にゆるものか組織か国家かは特定できる段階ではないが、成功体の抹殺を目論む何かが紛れて来るのも、ある意味必然だろう。

「君の私見で構わないんだが、仮に彼女の目的が俺達と同じ成功体だったとして、彼女がその任務を受け入れたのは何故だと思う? 言わば、同族が殺し合うようなものだろう?」

 ミーナは指を顎に当てると少し考え込んだ。

「そうですね、彼女の場合考えられるのは……面白そうだから、でしょうね」

 あまりにも人間らしい感情に、レオは少し面食うと同時に焦燥が生まれる。

 これは、早急に本国に報告しなければならない。本国が成功体の獲得に何処まで本気なのかは分からないが、成功体同士で潰し合うのは不本意な筈だ。

「私達がキルビレントにいると分かった以上、クリオネはまた接触して来るかもしれません。既に独立戦線の作戦についても情報を得ている可能性もありますし」

「なるほど。俺達が成功体を追っていることにも察しがついているだろうしな」

「はい。私が誰かと共に動いているということからも、私の背後にも国もしくは組織の影を感じ取ることでしょう。ですから、彼女に会ったとしても、アルトミラの国名とあなたの所属は決して口外しないで下さい」

 一瞬、ぞくりとしたが、レオは素知らぬ顔を貫く。

「そこまで警戒しなければならない相手なのか?」

「成功体にも食えない人はいるということです」

 君も相当食えないが。レオは喉まで出かかった台詞を呑み込み、「肝に銘じる」と告げた。


 その日は遠からずやって来た。

 二日後。独立戦線アルーグ襲撃予定日が明後日に迫った日、二人はアルーグ近郊にある店に立ち寄っていた。

 ガソリンスタンドが併設された軽食屋で、外に公衆電話も設置されている。ボックス電話ではなく、吹きさらしの公衆電話だ。レオは公衆電話から見えるソファテーブル席にミーナを待たせ、ガラス越しに店内を監視しながらアルトミラ情報局員に連絡を取っていた。現在の居場所、ミーナの状況を迂遠した会話で伝えつつ、独立戦線と政府軍の動きを知り、現在の居場所とここまでの経過報告を終えた。

 レオの会話が終わったと同時に、建物の陰に隠れるようにして立っていた男が小声でレオに話しかけた。

「目撃者によると、凄まじい戦闘力だったそうだが、それだけだ」

 男は電話の順番待ちを装って、煙草をふかし、道路でボールを蹴って遊んでいる子供達を眺めている。キルビレントに潜伏している本国の諜報員だ。既に何年も潜伏しており、永住権も取得している。肌は現地民のように焼けていて、タンクトップ姿も板についていた。ミーナからはレオは見えるが、この男の姿は見えていない。

「特別な力は使っていないと?」

 既に電話は切れているが、レオは受話器を持ったまま尋ねた。遠目には、レオは電話に返答しているように見え、二人は赤の他人に映る。しかし、二人のやり取りは先日の戦闘に現れたクリオネという成功体とミーナのことだ。

 他国や情報局への漏洩を防ぐ為、直接口頭でやり取りし、相手の男が今回の会話の詳細を本国に報告する手筈になっている。

「ああ。後、最初から武器は持っていたようだ。あの少女……ミーナに関しては成功体の女の印象が強すぎて、話題にも上がっていない」

 当然だ。あの戦闘、レオ達が到着した時既に勝敗が決していた。ミーナも驚異的な戦闘能力を見せたが、あの場でミーナを至近距離で認知した兵士はミーナの手によって全て殺され、目撃者は情報屋の三名と言って良い。逆に成功体の女は、無反動砲で政府軍のジープを二台も破壊している。

「情報屋の口止めはどうなった?」

「そちらはアルトミラ情報局が対応している。情報局としてもミーナの存在はできる限り秘匿しておきたいだろうからな」

「あの情報屋、組織として確立されていた。情報局の外部協力組織とは信じられないくらいだ」

「外注先まで粒を揃えているということか」

「ああ、全く気の抜けない味方だ。それと、ミーナから直接興味深い話も聞けた。あの女の成功体……名をクリオネと言うらしいが他の成功体を殺す為にここに現れた可能性があるようだ」

「成功体が成功体をか……帝国か?」

「状況からすればそれが一番筋が通る。成功体がバラバラに動いていることからも、誰かが帝国に加担していてもおかしくはない。が、無論、断定はできない。他国が一枚噛もうと動いているのかもしれない」

「最も効率的なやり方だろう。仮に帝国だとしたら、殺し屋を使用しないあたり、成功体という存在の厄介さが垣間見えるぞ。彼女と成功体との違いについては?」

「彼女が失敗作だという確証はまだ得られていない。実際、あの僅かな戦闘でもミーナの能力の高さが伺えた。ただ、二人の邂逅を見た俺の感覚だが、あの女の成功体とミーナには決定的な差があるようにも感じた」

「ミーナと成功体の関係に関しては、ミーナが説明していた通りか。成功体の実態は“稀粒子の発現”の現場を押さえるしかないぞ。本国もそう命令している」

「分かっている。必ず押さえる」

 レオ個人としても彼らの力がどのような物なのか、強い関心を持っていた。現状では、成功体の実情も想像の域を出ない。未だにあのクリオネという女が成功体という実感もない。

 レオは受話器を置いて呟いた。

「……やはり、おかしいな」

「何がだ」

「いや」

 レオの頭の中にずっと引っかかっていることがある。あの夜の戦闘で、ミーナはすぐに加勢を持ちかけた。殆ど何もなく済んだから良いものの、決して良い判断とは言えなかった。なのに何故加勢を持ち掛けたのか。まさか独立戦線を支援したい訳でもないだろう。しかも向かった先で偶然にも成功体と出くわした。あれは本当に偶然だったのか?

 クリオネと会った時のミーナの驚きようから、仕組んでいたとも思えないが、偶然の出来事だったと言われて素直に信じるような性格でもない。何かあると考えるのが定石だ。

 報告すべきだ、とレオは口にしかけたが、先に男に「おい」と制された。

「誰かがミーナと話している」

 視線を店内のミーナに戻すと、ミーナの向かいに長い黒髪の女が座っていた。

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