蒼の大海から明けの大地へ、幾つもの涙の先で人魚姫は恋を知る

『結月 花』さんが得意とするファンタジーを基盤とした世界で情熱的な恋模様。本作はアンデルセン童話『人魚姫』を下地にした人魚と人の物語です。

 深き海の中を泳ぐ孤独な人魚姫『エレオノーラ』は過去に自分を助けてくれた王子の『エドワルド』に恋焦がれていました。しかし自分は人魚、彼は王子、偶にしか会うことが出来ず、会うたびに王子の護衛を務める青年『ギルバート』が厳しい言葉を彼女に投げて喧嘩をしてしまう。
 変わらない毎日、エドワルドと結ばれたいと願い、日に日に人間の世界への興味が強まるエレオノーラ。想いの強さゆえに遂に彼女は人間になれる薬を手にします。

 海の生物たちに古くから伝わる人魚姫の物語、王子様に恋をした人魚姫は人間の足を手に入れて海から飛び出したが、王子様とは結ばれず泡となって消えてしまった。

 想いが叶わなければ泡となる、その代償を知りながらもエレオノーラは薬を受け取り、とある出来事を切っ掛けに人間となり、匿ってくれたギルバートの下で人間として生活していくことになります。

 序盤から書かれる美しい海の情景に目を奪われ、エレオノーラ達の和気藹々とした語り合いに心を和ませ、やがて物語の湿度は高まり、読者の心に鋭いメスを突き付けてきます。
 恋に憧れたエレオノーラが体験するのは、綺麗な想いだけではどうすることもできない身分の違いとルール。それは嘘偽りの無い現実であり、彼女ではどうすることもできない事実でもあった。

 足が止まり涙を流すエレオノーラ、そんな彼女を優しく支えたのは、真面目でぶっきらぼうな彼の存在。彼を知り彼と触れ合う中で――人魚姫は本当の恋を知る。

 エドワルドと結ばれるために人間のルールを学ぶエレオノーラ、そんな彼女をぶっきらぼうながら支え見守るギルバート、王子としての使命を貫くエドワルド。
 童話『人魚姫』が張り巡らせる多くの謎、物語の攻勢が本当に巧みであり、そして綿密に作られた彼女達のすれ違いがお見事としか言えません。

 すれ違い、そう、すれ違うんです! とにかく絶妙なタイミングで皆がすれ違います。悪意によってではなく善意によって、彼女達の視線はギリギリの所で交わりません。想い合っているのに……好きなのに。
 こんなにものめり込んでしまうのは、エレオノーラを含む登場人物達がとても魅力的だからでしょう。
 美しく可愛く優しさに溢れる、人魚姫のエレオノーラは本当に好きになる主人公です。

 ここに新たなる傑作が誕生しました、
 脳も心臓も、体の全部が揺さぶられる『御伽噺』。おすすめの作品です♪ 是非一度読んでみてください。

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