その五、エベルダおかみ、惚れるの事(前)

 ねぇルリシラ。さっきの異国人、どっち行ったね?

 あっち? へえ、そうかい。じゃ、あれだね。ジャニスのやつ上手くやったね。

 相変わらず上手だねぇ。なんのかんの言って結局、男を引っ掛けてっちまうんだから。

 さすが、現役の本職は違うねぇ。

 あたしも昔はアレくらいは出来たんだけどさぁ、だめだねぇ歳とったらさぁ。


 えっ? あはは。いやだよぉ、この人ったらさぁ。おだてたって何も出やしないよぉ。

 こんなうば桜捕まえてよしとくれよぉ。

 あら、嬉しい事言ってくれるじゃないのさ。ありがとよ、気持ちだけはもらっとくよ。さっ、何するねお客人たち。男二人して、つっ立ってないでする事あるだろう?

 あら、ずいぶん強いの行くんだねぇ? でも、ウチのは飛びきり強いから気ぃつけな。あいよ、火吹酒の果実割りだったね。

 おやおやそちらさん剛毅だね、一気に行くなんて。あんまり無理しちゃだめだよ?

 どうだいもう一杯行くかい? あいよ。


 そりゃそうと、お客人たちどっから気なすったね。

 フィッサールの先? ってーとエントラタかい? あの東の再果てって言う? へぇー、ずいぶんまた遠くから来なすったね。

 商売は何してるんだい? うん、何扱ってるんだね?


 なんだいこれ? へぇ、ずいぶんまた小さくて可愛らしい小物入れだね。

 え? それじゃなくて中身を見ろって? どれどれ? 

 あら? 白粉おしろい! ちょっと失礼、すごいさらりとして色映りいいね、嫌な匂いもしないし、こいつはいいね。女連中だったら喜んで買ってくよ。

 最近、鉛でできた鉛白が禁止になったから、良いのが出回って無くてさぁ、あたしらも困ってたんだよ。

 えっ? いいのかい? ずいぶん高そうだけど――

 あらそうかい? じゃいただいとくよ。お礼に欲しがりそうな買付人に良いものが入ったって言いふらしとくからさ。

 ふふ、こんな良いものもらったんだ、それくらいは贔屓しないとね。


 でも、まさかこれだけを積んで遠路はるばるきたわけじゃないだろう?

 いろんな土地土地にいっちゃぁ、買付けして別んとこで売るんだろう?

 あぁ、今は女向けの飾り物や化粧品とかを扱ってるのかい。

 じゃ、香水や羅紗綿布とかもやってるのかい? やっぱり! かなり目利きの良い交渉人が乗ってるんじゃないのかい?

 だろ? これ一つとったって何が売れるのかわかってるみたいだからね。 


 良いこと言うね。そうだね、女ってのはキレイになるためだったら努力は惜しまないからね。でもそうなるといい道具や化粧品が必要になるんだよ。あんたら良いところに目をつけたね。 

 あぁ、そうか、ここいらじゃ高く売れても、元の品物を作ってるところじゃいくらでも安く買えるのがあるものね。

 そうかい色々と買っちゃぁ、あちこちで売って、また品物を探して、売り歩くんだ。


 それでどうだい? 景気の方はさ。

 だろうねぇ、いい品扱ってるもの。そりゃ商談も上手く行くさぁね。

 それじゃ、懐も温かいんだろう? そうかい。


 それで、今夜はこれからどうするんだねお二人さんとも。

 えっ? いい所かい? そうさねぇ、お客人がたここいらで遊んだ事はあるのかい?

 あぁ、誘われてならあるけど、自分では初めてなのかい。


 そうだねぇ、始めてなら、箱売りの売り姫に行くのが無難だねぇ。辻売りはもうちょい慣れてからじゃないと難しいかもねぇ。


 うんそうだねぇ、

 箱売りってのは娼館住まいってことさ。館の中でしか商売しなくて外には出ないんだよ。

 辻売りは逆に路傍や街角や、ここみたいな飲み屋で客待ちしてる売り姫さ。

 箱売りはその店まで足を運ばないと行けないけどその分面倒なやり取りがなくって店任せにできるから楽なんだよ。逆に、辻売りは交渉の仕方とか作法とか客が慣れてないと相手してくれないからね。


 でも辻売りの売り姫はその分、美人や技量のいいのが揃ってるのさ。みんな箱売りから始めて足抜けして辻売りになるからね。経験をつんでんのさ。

 かく言うあたしも売り姫してたんだよ。もう商売替えして一五年なるけどこれでも昔は売れっ子だったんだよ。

 あらやだ、この人、お世辞は良しとくれよ。

 上手い事言って遊ぼうったってそうは行かないよぉ。あはは。


 うん、そうだねぇ。お勧めの娼館だったら、この通りを路地三つくらい行った所の〝光り屋〟とか、そこから右に折れて少し行った所の〝天一堂〟とか、あとは北の方に一つ隣の通りの〝七つ屋〟とかがおすすめだねぇ。どれもいい子が揃ってるんだよ。女将おかみがしっかりしてんのさ。

 やっぱり店を任されてるそこの女将おかみが良くないと娼館は駄目だからねぇ。


 ただ、光り屋は一見さんお断りだし、天一堂は女将が偏屈だからねぇ。女はいいの揃ってるんだけど。

 まぁ、あたしなら七つ屋に行くね。高いこた高いけど、そのかわりあそこは内容がいいからね。

 七つ屋にロフィ-女将ってのが居てさ、気っ風のいい人なんだよ。 

 行くなら紹介したげるよ?

 そうかいわかったよ。ちょっと待ってな。


 おーい、セビーノ! 力衆の旦那呼んどくれ!


 お客人、今から呼ぶのについてきなよ。七つ屋まで案内してくれるよ。

 お、来た来た。あの人さね。力衆っつって町の守り手みたいなもんさ。

 あい、ありがとうよ! またおいで!

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