その二、マシュウ、港街に思いをはせるのこと

 お? 始まったな?

 船長、ここの税関職員の港湾規定の説明口上か。

 アレが終わらないと、上陸作業は一切できないからな。まぁ、我慢しどころだ。

 わかるよ。

 こちら側としてはすでに一度聞いてるのだから二度めは勘弁してほしいが、彼らにも彼らの事情があるからな。


 それにしても、

 この港に来るのはこれで五度目になるが、やっぱりこの口上は聴き応えがあるな。

 もう何度も耳にしているが、舞台俳優の名乗り口上と見得を切るのに似ている。


 あぁ、そうだな、確か歌劇歌手とか言ったか。パルフィアは舞台演劇も盛んらしいからな。自然に役人の口上もそうなるんだろうな。


 うむ、朗唱と言って、劇のセリフを歌うように唱える技法があるんだそうだ。それを思い出すね。

 最初にこの港に来たときに、取引した商人のもてなしで劇場に招いてもらったんだ。

 ただ、その土地での正装をする必要があったから、少々手間取ったけどね。

 船長、君も見たことはあるんだろう?


 ほう? この土地の美女とね。

 いわゆるあれだろう?

 そう、遊女――、あるいは娼婦といえば良いのか?

 

 違う? ほう? 呼び名が違うのか。

 この土地独特の呼び名がねぇ。

 なるほど、興味が湧いてきたな。


 もちろんだよ。気になるに決まってるさ。何しろ言葉と風俗、それが俺の学者としての本分だからな。

 でもそれはあとの楽しみにとっておくよ。そう言うのは自分の目と耳で聞いたほうが良いからな。

 

 あるのか? いい場所が?

 ほう、酒場か。なるほどそこで客待ちをしてるんだ。他には?

 

 ふぅん、路上か。でもその土地の流儀を知っておかないと危険な目に合いそうな気もするね。

 娼館があればそれに越したことは無いんだがな。

 船長、君はどうするんだ?

 あぁ、行きつけの娼館があるのか。だったら俺は酒場でお相手を探してみようとするかな。

 

 なに? 選り好みしすぎるな?

 それを言うなよ。俺の女性に対して求めるものが厳しすぎるのは自覚しているよ。

 でも、教養と礼儀と思いやりの無い女性は一緒に居て苦痛なんだ。

 願えるのなら、僕と同じ歩調で歩いていける女性ひとと仲良くなりたいからね。


 む? 高望みしすぎると生涯独り者? か――

 ははは、君に言われると耳が痛いな。でもこれだけは運命の女神だけが知っているものだからね。俺は俺の道を歩くだけさ。

 

 お? そろそろ口上が終わるな。


 話している内容は、


 出入国税関についてから始まって、


 船員手帳の常時携帯義務、

 船乗りの誰もが嫌がる身体検査、

 行動範囲の制限に、

 所在報告義務、

 そして、税関施設の立ち入りの制限――


 この6つだったな。何度も聞いてるからすっかり覚えてるよ。

 でも、ベテラン船員は大丈夫だが、新入りの船乗りの中には規定をわざと無視するやつが居る。どこの船でも必ず問題になる。

 

 船長、甲板長や、航海士長にも命じて、規定の厳守を厳重に通達するようにしてくれ。

 愚か者の過ちで、出港が遅れたり、船員が一人減るのは絶対に避けたいからな。

 

 そのとおりだ。礼儀と礼節と勤勉、それが我々エントラタの船乗りの矜持だ!

 俺たちは未来を切り開くために海に繰り出したのだからね。

 

 それでは俺もあっちに行くとするよ。なにしろ表向きは通訳として居るからな。

 それじゃ、また後でな。

 行ってくるよ。

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