その四、ジャニス、上客を捕まえるの事(後)

 うん、売り姫って言うのはね、元々は「花売姫」って呼ぶのが正式なの。それが短くなって売り姫になったのよ。

 もっと昔はね、この商売も取り締まりが厳しくってね、本当に花を篭に入れて抱えて歩いて、花売りのふりをしていたから、そう呼ばれてたらしいの。

 殿方がね、売り姫を見付けるとこう尋ねるのよ。


「春咲きの花はあるかい?」ってね。


 ちなみに春咲きの花で尋ねたんだったら、それは『花が冬を越す』に引っ掛けて、一晩を二人で越したい。秋咲きの花で尋ねたら『一時だけの遊び』って意味になるの。

 そして、その女の人が色々な花の名前をその殿方に告げるのよ。一晩でいくらかかるのかを花の種類になぞらえながらね。


 たとえば、スノードロップとマリーゴールドがあるわよ、何て言ったらスノードロップが三月で、マリーゴールドが十月。十月は〇と考えるから、順番に数字を読んで30。銀貨の枚数で考えるから銀貨三十枚ってなるわけ。

 もっと大きい金額だと、カメリアとマリーゴールドとアドニスがあるわ、なんて場合は、カメリアは一月、マリーゴールドは十月で〇、アドニスが二月。銀貨なら一〇二枚で、銀貨が百枚で金貨一枚になるから、金貨一枚と銀貨二枚になるの。

 でもね、同じ花の名前は繰り返さずに一つ繰り上げて言うのが売り姫の流儀だから、金貨1枚だけ欲しい場合でも、カメリア、マリーゴールド、マリーゴールドってなるのを、言い重ねを避けて使われてない二月のアドニスを入れて言うの。

 でも銀貨2枚分は余計になるでしょ?

 だから、あたしたちはこう言うときはとりあえず銀貨ももらっておいて、あとからおつりと言って返すのよ。


 それでお足に都合が付けば、今度は『花』の具合の確かめになるわけよ。

 え? なんの花って? やだ、女の〝花〟に決まってるでしょ。

 お客さんと売り姫。二人で人気の無い物影に隠れて、こうやってそそっとあたし達が片足を伸ばして腰巻の合わせ目を少し開いてあげて、お客さんの手を招き入れるの。

 お客はお客で、その人なりのやり方で、あたしたち売り姫の〝花〟をお確かめになるのよ。


 でもねマシュウさん。注意した方がいいわよ。

 実を言うとね、このとき確かめられてるのはお客さんの方なのよね。

 乱暴か、丁寧か、慣れているか、不馴れか、そのお客さんの手の仕草で大体判るのよ。

 ここで印象悪くすると、あとで手抜きをされたり、お相手の時間を短くされたりするの。

 やっぱり仕事だからねぇ。あたしたちもお客さんと気持ちよく仕事をしたいからね。


 え? 喜ばれるやり方?

 ううーん。どうしよっかなぁ。教えてあげてもいいんだけど。

 うん、あまり聞かれたくないんだよね。

 ねぇ、場所変えよ。いい?

 うん。じゃぁ、少し遅れてついてきて、そいでこのお店を出て右にまわって。

 じゃね。

 

 あはは、来た来た。

 こっちこっち。ここよ。ほら、この路地裏よ。ここなら誰も来ないわ。

 いい頃合ね。他の人にばれなかった?

 あら、そんな事言われたの? フられたのか、って?

 あの席の周り酔っ払いばっかりだったからね。

 あたしが先に出たから逃げられたと思ったんだろうね。でも、いいじゃない。怪しまれずに済むわ。


 で? どうするの? マシュウさん?

 うふふ。はい、お上手。でも、いきなり春咲きなの? わたしはかまわないけど、おあし大丈夫?

 あら、自信ありそうね。うふふ期待してるわ。


 そうね。春咲きなら、フリージアとモーニンググローリー、それとサフランね。

 で、いくらになるかわかる? そうそう、銀で57よね。


 え? サフランの意味?

 あぁ、サフランはご奉仕価格だから値切りお断りの意味よ。

 あたしけっこうこれでもお値段高いのよ。そう、自分で言うのもなんだけどかなりの人気者なんだから。でも、素敵なマシュウさんだからご奉仕価格なのよ。うふふ。

 それで、そのお値段でいいなら、こう言うのよ。その花をもらおうか、ってね。

 いいのねそれで? ありがとう。


 でもお花にお水をくれるなら嬉しいなぁ。


 さあて、これってどう言う意味でしょう?

 うんうん、正解よ。すごぉい、よく判ったわね。

 そうよ、一杯飲ませてちょうだいって言う意味よ。宿に入ったらお酒をとって欲しいとき、お花にお水を、って言うのよ。

 えっ? ホントにいいの? わぁ嬉しい。

 えへへ、じゃぁ、いよいよアレね。あたしの〝お花〟を確かめね。

 さ、どうぞ。ゆっくりよ。


 どう? さっき話したとおり、売り姫ってお仕事するときはこうなの。3枚重ねの腰巻の下は何にも無しなの。


 そうそう、掌を上向きにしてね。そう、指先でそっとなぞるように、

 ううん。だめだめ、あせっちゃ。

 そう、ゆっくりと花びらをそうっと何度もなぞって、

 うっ、うん。あっ、いいそれ。あっあっ、やだ、そんな親指で――


 マシュウさん、すごっ。

 あっやだ、開いちゃう、ちょ、ちょっとごめん。待って待って。

 ごめんなさい。すこし掴まらせて。力が抜けちゃいそう。


 んっ……ふぅ、はぁ――

 ありがとう、落ち着いたわ。


 でもすごいわ、ものすごい上手よ。あたしが教える必要無いじゃないの、もう。

 女の弱いところ狙い撃ちじゃない。


 ひょっとしてマシュウさん。お国でも遊びなれてたりして?

 さっき掴まらせてもらったら、意外としっかりした体つきしてるみたいだし。本当に学者さん?

 ねぇ、あなたのお国のお話も色々聞かせてよ! そう言うお話大好きなの。

 今夜はゆっくり楽しみましょ!

 この先にいい連れこみ宿があるのよ。

 さっ、いきましょ。

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