その十一、ジャニス、話すのこと(前)

 はい、2本目お願いね。あとグラスも新しいのに変えてちょうだい。お願いねー。


 おまたせ、今頼んだからね。

 マシュウさんたらお酒強いのねぇ。真面目そうに見えるけど、どんなに飲んでも顔に出ないのねぇ。

 普段から結構のんでるんでしょ? 女を酔わせて酔い潰して介抱したりとかしてない?

 あら、そんなこと言っていいの? あたし本気にしてもっと飲ませちゃうわよ?

 言ったわね? これで床に入る前に寝ちゃったりしたらただじゃおかないから。うふふ。


 でしょ? こんないい女を前にしてお酒で負けたら男がすたるってもんよ。

 あら、さっそく二本目来たわ。おあしどうする? 後でまとめて払う? そう? わかったわ。


 ごめんなさいね、まだ飲むから後でまとめて精算するわね。

 え? ロコルの女将さんから? ありがとうー、あたしこれすきなのよ。

 はい、たしかに。


 はい、おまたせ。ブランデー、2本目来たわよ。

 それとここの宿の女将さんから差し入れだって。

 白蜜桃って言ってこの辺ではお酒のおつまみによく出るのよ。

 どう?

 すごい甘いでしょ? でも、甘いだけじゃなくてあとを引かないから食べやすいのよ。


 それじゃさっそく2本目行きましょ。注いだげるわね。はいどうぞ――

 あら、ありがと。それじゃあたしももうちょっと飲もうかな。

 はい、かんぱーい。

 ふぅ、美味しぃ。やっぱりお酒を飲むのが上手なお客さんが相手なのっていいわ。楽しくお仕事できるし。

 そりゃもちろんよ。いくらお酒に強くても酒癖悪い人の相手は面倒くさくてさぁ、

 すぐに暴力ふるうのは論外としてもさ、愚痴ばっかりの人とか、説教癖のある人とかに当たると最悪なのよね。

 そうね、そう言うのはもっとたくさん飲ませちゃって潰しちゃうわね。

 うん、前後不覚になるまで飲ませて宿の外に放り出すのよ。


 え? まずい?

 まずくないわよぉ。だってぇ、この商売だと売り姫と寝る前に酔い潰れると身ぐるみ剥がれても文句が言えないのが流儀なのよ。男たるもの、女に体を開かせるなら、それなりの男の甲斐性を見せてくるのが粋ってもんよ。

 えぇ、売り姫の遊びってのは、金で女を買うんじゃなくて、その女性と過ごす時間を買う物なんだ――って、昔から売り姫遊びに通じてる粋な人はよく言うのよね。


 そう、女の体を買うんじゃなくって、その女の人と一夜を共にするそのひと時を愉しませてもらって、その代価としておあしを払う――、昔からそう言う戒めがこの国の花街では伝えられているのよ。


 あら? もっと聞きたい? この国の売り姫の歴史?

 あ、そっか。マシュウさん学者さんだったわよね。いいわよ、お酒飲みながら聞かせてあげるわ。

 元々わね、この国って150年位前はものすごく自由がなかったのよ。

 禁欲的で、規則だらけで、なにより身分差別がすごかったんだって。あたしらみたいな娼婦も取り締まりが厳しくてさ、捕まえられたらそのまま牢屋送りとか島流しとかそんな時代が有ったの。


 どくさ――、えっと、えっと――

 あ、そうそれ! 独裁政治!


 昔はこの国も王様が一番偉くて、その下で貴族が威張ってる。

 でも、身分の低いものは食うや食わずで仕事もない。

 男なら船に乗るか、鉱山でも行くかすればいいけど、女は結局、体を売るしかなかったのよね。

 それで貧しい女は捕まる恐怖に怯えながら、物売りのふりをして、お金を持ってそうな男に声をかけて体を売る――

 はじめは色々とやってたみたいだけど、そのうち花を籠に入れて売り歩くようになったの。そして、取り締まりから逃げて体を売ってることを誤魔化すのに、お客との交渉をするときも花になぞらえてやり取りするようになったってわけ。


 そうよ。さっきマシュウさんに教えたやりとりよ。


 1月がカメリア、2月がアドニス――

 それから順に、スノードロップ、チューリップ、フリージア、ルピナス、モーニンググローリー、ヒマワリ、コスモス――

 ここまでで1から9を表して、それに10月がマリーゴールドで零になるの。

 11月のサフランは値切りお断り、12月のシクラメンは予約済みって感じ。


 実際にはここまで決まるまでに色々と変わってきたらしいわね。勿論、昔の独裁時代は、取り締まりでバレないように毎日少しづつ変えたりとかしてたんだって。

 うんそうよ、お役人に睨まれても怪しまれないようにって、必死に工夫してたのよ。

 なにしろバレたら身ぐるみ剥がれて監獄送りだったらしいから。

 うん、本当にひどい時代だったらしいわよ。


 だから、今でもその時代の名残があるのよ。

 たとえば、銀貨100枚で金貨1枚なんだけど、金貨1枚分、欲しいとするわね。

 お客には銀貨の枚数で説明するの。

 そして、1月が1、2月が2、10月が零として表すの。

 すると銀貨100枚はカメリア、マリーゴールド、マリーゴールドとなるんだけど、これでは花の銘柄を説明してるにしては不自然でしょ? だから、最後の10月のマリーゴールドを繰り上げて1月にするの。でも今度は1月のカメリアがだぶるから2月にする。2月はアドニスだから――

 カメリア、マリーゴールド、アドニス――こう言う順番で言うの。


 すると値段としては銀貨102枚になるから金貨1枚に銀貨2枚に相当するでしょ?

 お客は売り姫に実際に金貨1枚と銀貨2枚と渡して、売り姫は銀貨2枚をお釣りとしてあとでお客に返すの。

 昔はそこまで神経使って商売してたんだけど、今は売り姫遊びの作法として残ってるのよ。


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