その五、エベルダおかみ、惚れるのこと(後)

 あら? こっちのあんたはどうしたね? 行かないんかい?

 え? 一人、しんみり飲んでるのがいいって? やだね、辛気くさいこと言わないでくれよ。

 あらやだ、うれしいこと行ってくれるじゃないの。

 あたしの顔眺めながら呑んだっていいこと無いよ? ほんとにもうー。


 え? いいのかい? どうしようかねぇ。じゃ、気持に甘えさせてもらおうとしようかね。

 じゃ、あたしはこれにするよ。お客人はどうするね、もう一杯いくかい?

 え? ボトルで? いいのかい? おやおや剛毅だねぇ。なんだい、一晩ここで飲み明かすつもりなのかい? もったいないねぇ、せっかくの夜だってのにさぁ。


 でもそう言う人ってあたし好きだよ。外海航路帰りの船乗りなんてさ、陸に上がったらうちみたいな酒屋なんてたいてい腰掛け程度で、すーぐにさっきの御仁みたいに箱に行っちまうか、辻に女探しに出てっちまうからねぇ。どーんと腰据えて呑んでくれる御仁なんて、なかなかいやしないもんさぁね。


 ん? あぁ、あたしかい? そうさね、もう15年くらいになるかねぇ。小さく店を初めて、少しづつでかくしてそれでなんとかかんとか、ここまでやってきたのさ。もともと箱に入って仕事をしてた時から酒は好きだったからねぇ。


 え? あぁ、借金やらなにやらでしがらみだらけになって、娼館に年季明けまで閉じこめられることを箱に入るって言うのさ。

 あたしの場合、親父がどうしようもない博打打ちでねぇ。おっかぁがやってた小間物屋の店の権利書持ち出して、それで借金の質草につかっちまったのさ。あとはお決まりの筋書きさ。紙切れ一枚で返せない借金の証文の代わりに身売りさせられてあとは10年間箱の中さ。

 そうだねぇ。でも、その10年の経験てのも今となっちゃぁいい思い出さぁね。


 あら、うれしい事言ってくれるじゃないのさ。

 ありがと、じゃぁ、あたしのその10年に乾杯。

 ――んー、ふぅ~~久しぶりね。こう言う楽しいお酒ってさ。

 え? やだよよしてくれよ、そんな恥ずかしい。

 そんな、こんなうば桜誉めたって何にも出やしないよ。あはは。

 え? やだそんな、そんなにじっと見つめないでおくれよ。照れるじゃないか。

 あ、そんな。わるいよ二杯目なんてさ。え? いいのかい? じゃ、ちょっとだけ。


 あたしさぁ、ほんと言うとこの酒好きなんだよ。そうそう、そうだろ? 味が深いのにあと引かないし香りがいいんだよ。

 あら? あたしみたい? 誉め上手だねぇこの人ったら。

 え? やだ、そう言う誉め方はよしとくれよ、そう言うのはもうやめたんだからさ。


 あ、そんな、謝んないどくれよ。

 あ、うん、そう、そうだけどね――

 気持ちはわかるけどさ。うん――、え? げん直しに二人きりで?

 そ、そうだね、お酒だけならいいかな。ま、勺の一つもしたげるよ。

 たまにはいっか。あはは。じゃぁ、先に店出て裏手で待ってておくれよ。すぐに支度するからさ。

 あぁ、いいんだ。店は従業員に任せるから。じゃぁね。

 

 待たせたねぇ、お客人。寒くなかったかい?

 でも、ちょいとあんた、なに驚いてんのさ。どうだい? あたしだって磨けばこれくらいはいけるわよ。

 アンタにもらった白粉おしろいも使ってみたんだけどどうだい?

 40過ぎの萎れた姥桜だけどまだまだ磨けば光るんだよ?


 うふふ、さっ、どこ連れてってくれるんだい?

 夜はまだ早いんだ。期待してるよ。

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