ある日の夢日記

涼樹錦

10月13日 あばれる先生

 小さな片隅で慌てふためく男がいた。細身で背は高くもない、優しそうな顔をしている彼に罵声を浴びせる丸い金色淵の眼鏡をかける男、その男を彼は先生と呼んでいた。

 

 「お前一体何考えてるんだよ! どうやって責任取るつもりなんだよ」

 

 勢いの強い罵声に対して彼はひたすらにごめんなさいと顔中の汁を垂らして謝ることしか出来なかった。顔を叩かれ腹を蹴られ、もう既にふらふらしているが彼は逃げず必死に詫びていた。

 

 「ごめんなさい先生。ごめんなさい。もうしませんからやめてください」

 

 「何馬鹿な事言ってんだよ取り返しはつかないんだよ」

 

 口と手を両方器用にフル活用しながら男は彼に暴力を振るい続ける。しかし彼は微塵も逃げる素振りを見せず右手にあるスマートフォンをただひたすら大事に握りしめていた。

 

 一体何が男をこれほどまでに激昂させているのだろうか、とりあえずこのままでは彼が取り返しのつかない状況になってしまいそうなほど高ぶっているものだから、私がやむを得ず仲裁に入ろうとした時思い切って何かを踏みつけてしまったようだ。枯れた水分の抜けた木の枝を踏みつけたような乾いた音が部屋に響いた瞬間、男は鬼の形相で大股で三歩ほどあった私との距離を一歩で詰め右の拳を私のエラにめり込んできた。身体は大きく後ろに吹っ飛び派手に尻もちを突きながら手首を捻る。顔への衝撃と靭帯が捻れるような痛みに声も上げられずただ呆然と私の前に仁王立ちしている男を見上げる。

 

 男の足元辺りには十個程度の陶器製の壺が並べてあった。ただ一つだけ割れた壺と砕けてしまった何かの動物のようなものの頭蓋骨が転がっていた。

 

 「お前どういうつもりだ」

 

 男はそう言いながら私に顔を近付けて私の顔を両手で持ち床に投げつける。脳が揺れる。歪む視界の中で彼が私に駆け寄り身体を支えてくれた。力を借りながら私はなんとか立つことが出来た。

 

 「お前これがなにかわかるか」

 

 男が私に問うけれど、私にはその骨が一体なんの骨なのかわかるはずもないので素直に答える。すると男は興奮した口調で。

 

 「骨だよ! 骨。頭蓋骨さ」

 

 いや私にもそこまでの理解力は存在している。頭蓋骨なぞとっくにわかっていたが問題はそれが一体なんの骨なのかだ。そこが分からないからそのまま答えたのだが、どうやら男は意思疎通が苦手らしい。

 

 「でもな、ただの骨じゃないんだよ。こいつは宇宙人の骨なのさ。地球外生命体だ。お前には理解し難い貴重な代物なんだよ。そしてお前の隣に立っているそいつはこいつを滅茶苦茶にしやがったのさ。てめぇを助手にした俺が失敗だ。俺のミスだ。お前には失望したよ。さぁ、お前ら二人とも早くここから出て行ってくれないか。」

 

 そう言い放つと男は一人がけの椅子にドサッと腰を下ろし煙草に火を付けた。

 

 「そうそう、それとお前は退学処分にしておく。俺を敵に回したな」

 

 煙を吐きながら男は彼にそう吐き捨てた。

 

 「すみませんでした。今までお世話になりました」

 

 彼は震える小さな声でそう呟いて扉に手をかけた瞬間。

 

 「續橋、お前の行動全て見させてもらったぞ」

 

 扉の前には体格のいい大きな身体にに黒スーツを身にまとった男がいた。

 

 「な、倉本先生何でここに」

 

 どうやら黒スーツは男よりも立場が上らしい。

 

 「お前の生徒に対する言動、態度。教員失格だ。お前がここを出て行くんだ」

 

 黒スーツは低い声でそう言うと後ろから男達が現れて續橋という男を連れ去って行く。

 

 退学処分を免れた彼は薄ら笑いを浮かべ黒スーツから茶封筒を受け取った。

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