12月26日 飲み会
12月26日
ある日の土曜日の午後。同棲している彼女が友達から飲みに行こうと誘われた。その友達は私も知っている共通の友達であったから私も同行することになった。
午後六時頃、太陽はもうすでに沈んでいたが繫華街の灯が辺りを照らす。週末ということもあってどこの店も客がごった返していた。集合場所として予約していたお店の前に丁度到着した時に彼女のスマートフォンに一本の連絡が入った。
「ごめん! ちょっと遅れるから先入ってて!」
誘ってきた方が遅刻するのかよ。と内心少し苛立ちを覚えながらも店内に足を進めた。彼女の要望で焼き鳥屋を予約した。ゆったりと座れる広めの席に案内された。メニューを見てみると少し値が張るものばかりであった。普段外で飲むとしたら絶対に選ばない、いや選べない店なのだが今回ばかりはいいじゃないかと奮発することにした。
「しばらくは贅沢できないね」
と二人で話し合って来た訳だからここでしっかりと満足しなければせっかくの機会がもったいない。いつもなら一杯目は安い生ビール、しかし今日は自分へのご褒美もかねて瓶ビールを注文した。彼女のグラスにもビールを注いで優しく乾杯を交わした。普段とは違う味の濃さとキレに狼狽えていると次々と料理が運ばれてきた。
四本ほどビールが空いても友人が一向に来る気配がない。さすがの彼女にも苛立ちが見え始める。どうやら友人は普段から遅刻癖があるらしい。
入店から一時間半経ってようやく友人が到着した。
「やぁ、久しぶり。随分と長かったね、どうしたの」
わけを聞いてみると。
「久しぶり~。いやぁ電車で逆方向乗っちゃって途中で携帯のバッテリーも切れちゃってお店の居場所とかもわからなくなっちゃってたんだ~」
遅刻した張本人はあっけらかんとしているその様子に益々怒りを覚える私たちの気持ちに気付いているのかいないのか。
「いやぁさすがにちょっと遅刻しすぎちゃったからここは私が出すよ~」
思ってもない発言に戸惑い反射で断ろうと口を開いた瞬間、脛に激痛が走る。何を言おうとしたのかいち早く察知してそれを防ぐ彼女の行動の速さに驚愕。
「えぇ、いいの? でも悪いよやっぱり。私たちもまぁまぁ飲んだし安くないから」
「全然大丈夫だよ! 最近お小遣い稼ぎ上手くいってるからさ」
「ありがと~!」
「マジうちらずっ友だもんね!」
ずっ友なんて久しぶりに聞いた言葉だった。もう既にそれは死語になっているとの認識だったがまだ使う主が現れるとは思いもよらなかった。しかし何といえばいいものか、正直に言うと私はこの女が嫌いだ。常識知らずで無礼な人間である。多分私以上に彼女の方がそういう人間を嫌うはずなのだが、関係を切らないのはこういうところなのだろう。
「そういえばさっき言ってたお小遣い稼ぎって何やってるの?」
彼女から友人にそんな質問が投げられた。三個で一串のつくねを一口で頬張りながら。
「私前から絵を描くのが好きだったじゃん、で最近自分の絵を売ってるの」
「それって結構稼げるのか?」
「うんまぁ割と、買ってくれる人はいい値段で買ってくれるよ。相場はだいたい10からかなぁ」
「めっちゃ稼げてるじゃん! でもそんな高い絵って簡単に売れるもんなの?」
「うーん、まぁ簡単じゃないかもね。二人だけに話すから本当に誰にも言わないでね」
気持ちよく酔いが回ったのだろうか赤裸々に全てを話してくれた。
「だいたいお客さんはSNSで探して見つかるんだけど、やっぱりキャンパスに描くと郵送とかで大変じゃん。客によっては住所ばれたくないからここで手渡しでお願いできますか。とか来るのよ。まぁそういうときだいたい指定される場所がラブホっていうね。そんなの目的ただ一つってわかるじゃん、そんな感じで割り増しにして結構稼いでる~」
私はブラックな方に進みそれを嬉々とした表情で語る友人に狼狽するが、彼女はそこからさらに話を掘り下げていく。
「それって絵も売れてセックスもできてあんたには一石二鳥じゃん、天職見つけたねおめでとう」
「でもぉやっぱりぃ、彼氏じゃないとあんまり気持ちよくないっていうか、てかみんな下手くそ過ぎてキモい」
静かな店内に友人の笑い声が響く。私はこういうところがどうも苦手なのだが、彼女はそれをみて面白がっているようだった。
「でも本当に二人ともお似合いでいいな、羨ましいなぁ」
「いやぁ照れるな。ありがとう、素直に受け取っておくよ」
「でもあんた顔は可愛いんだしすぐに彼氏くらい出来るでしょう、絵も一緒に売れてるんだから」
「えぇ、でも出会いがなかなかないんだよねぇ。あ、彼氏君いい人紹介してよ~」
「そうだ! あんたなら今彼女募集してる男の知り合いくらいいるでしょ」
「え、俺⁉」
「え、いるでしょそれくらい。ほら見てこの子こんなにも可愛いんだから、欲しくない男いないでしょ」
「あぁ、まぁ確かに」
そう言い切った途端また脛に激痛が走った。
ごたごたと言いながらも私はSNSのトーク履歴を上から順に見ていく。誰か女に飢えている男はいないだろうか。画面をスライドしているうちに一人の男に目が留まった。沢田。その名前を見た瞬間すぐに通話発信ボタンを押した。沢田は職場の同僚で顔もよく性格もいいのだが何故かずっと童貞を貫き通している。本人曰く早く卒業したい気もあるのだがなかなかそんなチャンスがないのだという。電話は三コールほどで出た。
「もしもし」
「あ、もしもし沢田? 今暇?」
「まぁ別に暇だけどどうした?」
「今彼女と彼女の友達の三人で飲んでんだけどさ、なんか男一人でなかなか肩身が狭いんだよ。よかったら来てくれない?」
「おぉ、まじ? その女の子可愛い?」
「まぁ割とモテるらしいよ」
「わかった行くわ。場所教えてくれたらすぐ向かう」
お店の位置情報を沢田に送ると想像以上に早く着いた。
「あ、お邪魔します。沢田っていいます 」
「あ、どうも彼女の佐々木です」
「その友達の森下です」
「あ、同僚の斉藤です」
と軽く挨拶を交わした後、沢田はそのまま私の隣に座った。しばらくはお互いぎこちない時間があったが酒も入り一つの話題で会話が弾めばすぐに仲良くなれるものだ。
時折友人が彼女に耳打ちする。すると彼女の方から。
「さてここで席替えをしましょう。沢田さんはこっち座って。私は彼氏のところいくね」
淡々とした席替えが始まった。席替えした途端に友人から沢田に対する猛烈なアタックが始まった。
どうやら結構沢田のことが気に入ったらしい。対面から見てもわかるほどにボディタッチが激しい。沢田もまんざらでもない様子だから彼をここに呼んだのは正解だったようだ。
最初こそ緊張していた沢田もいつの間にか緊張も解けてきたようで次第に顔も赤くなりつつ出来上がってきた。ここぞというチャンスを絶対に逃さない友人には本当に感心する。あれよあれよという間にいつの間にか二人は退席してしまった。
「あれ二人もう帰っちゃったの」
トイレから出てきた彼女が言う。そして二人で声を揃えて叫んだ。
「あ! お会計!」
「11万6千円になります」
なんでこんなにも食べたんだ。と自分たちのエンゲル係数に驚きつつも今回は仕方ないと財布からカードを出す。
「すみません。こちら使えないようですね……」
まさかカードが使えないとは、渋々現金を下ろしにコンビニに向かった。しかし私はATMの前で絶望を味わうのだった。残高5万2千円。手持ちのお金と合わせても完全に足りない。店に戻り彼女に訳を話すと。
「あら、そうなの。じゃあ私のもの引き出してきていいよ。番号はわかるでしょ」
再びコンビニに戻り。彼女の口座の残高を見る。残高200円。再び絶望に駆られた。
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