12月19日 南の島一週間旅行

12月19日 南の島一週間旅行


 地元の商店街の福引抽選会で一等賞の「南の島ペアで一週間旅行」の券を当てたのはいいものの、共に行く恋人がいない俺は残念なことに大学の友人と行くことになった。


 八月六日。夏真っ盛りのこの時期に更に南に向かうなんて旅行会社も頭がイカレている。そう愚痴をこぼした俺に対して同行者のノリは陽気な口調で宥めてくる。


「まぁ福引の景品でしょう。タダには何かしらの訳がついてくるものさ。まぁそんなことより束の間の旅行を楽しもうじゃないか。なんせ南の島で一週間だぜ! 海にバーベキューに花火もプランに組み込まれている。そこで綺麗な水着の姉ちゃんと……。もしかしたら西尾に念願の彼女ができるかもな!」


 期待に満ち溢れているノリの高々なテンションを目の前に笑わずにはいられない。


「やっぱりお前を連れて来て正解だったよ。楽しい旅行になりそうだな」

「おおよ! 誘ってくれたからにはしっかりとお前を楽しませてやるぜ!」


 モンスターをボールの中に閉じ込めたようなポーズを取りながらキラキラと目を光らせる彼との一週間の旅行に俺は心を躍らせていた。


「おう、でも電車の中だからあんまり大きな声で喋るな。あと座れ」


 そうこうしているうちに電車は目的地へと着いた。駅からフェリー乗り場までの徒歩20分ほどの道でもう既に滝のような汗を流していた。


「暑い。どうして夏はこんなにも暑いんだ」


 年々テレビのアナウンサーが「今年は例年より暑くなりそうです」と口にする度に「今年もか」と返すのが最近の夏。地球温暖化の影響なのか、はたまた地軸がずれてきているのか。多分もう暑さで頭がおかしくなっている自分に思わないところにオアシスが現れる。


「おいおい西尾、見ろよかき氷の屋台が出てるぜ! 助かったな!」


 まるで雪山で遭難した時に小屋を見つけたようなテンションのノリはかき氷の屋台を指差して子供のようにはしゃぎながら駆け寄る。

 屋台で出しているかき氷にしては種類がとても豊富で、俺は王道の苺練乳かき氷を注文。ノリはウサギかき氷を注文した。


「ウサギかき氷ってなんだ」

「わかんね」


 わからないのに注文したのかお前は。と突っ込もうとした途端にルビーのように光り輝く俺のオアシスが目の前に現れた。頂点からたっぷりと乗った苺をかき分けながらほんのり赤く染まったかき氷に匙を進める。爽快な味わいが一気に口の中を支配し、その快感は少しのタイムラグを置いて脳に伝わった。あまりもの気持ちよさに手が止まらない。しかし突如として先程の快感が一瞬にして叩き壊された。


「頭がキーンてする……」

「速く食べすぎだよ西尾。てか見ろよ、あれがウサギかき氷か! 可愛いな!」


 ノリが指差す方を見ると器の真ん中にウサギを模した白い物体が置かれていた。恐らく雪見だいふくに耳と目を付け加えたものだろう。そしてその上からきめ細かな氷がウサギに覆いかぶさった。すぐさまウサギは氷の中に隠れてしまった。コンデンスミルクをたっぷりとかけた真っ白いかき氷が出来上がった。


「パッと見て、ウサギ要素全くないね」


 ノリは少し残念そうな表情を浮かべながら瞬く間にかき氷を飲み込んでいった。

 オアシスの有難みを堪能しきった俺たちは先程までのような身体に纏わりつく靄もなくなり爽快感と幸福感の余韻を嚙みしめながらフェリー乗り場についた。真夏に南の島。そんな馬鹿のようなプランだが俺たちの目の前に立ちはだかる船はそれはもう立派なものだった。


「西尾……。これすごいな……。俺人生でこんな船に乗れるだなんて思ってもなかったよ。ありがとう」

「あぁ、ノリ。いいか教えてやる。人生っていうのは運がすべてなんだ。そして俺たちは人生の勝ち組さ」


 豪華客船に胸を躍らせ、乗船の手続きに向かった。

 何か手違いが起きた。スタッフに誘導されたのは先程の豪華客船ではなく、漁船に近い小さな客船だった。負け組だった。


「まぁ福引きの景品でそんなにいい船に乗れるわけないよね」


 ゲラゲラと笑いながらノリは漁船客船に飛び乗った。

 定刻になると船が目的地に向けて出港した。案外乗客は多い、やはり安いプランだから旅行費用を抑えたい者には需要があるのだろう。そして素晴らしいことに賑やかな女子大生グループが同乗していた。ノリと顔を見合わせて無言で拳を合わせる。やはり俺たちは勝ち組だ。この旅行もらった。

 女子大生はどうやら四人組で来ているようだ。一人一人じっとりと舐め回すように遠目で吟味する。皆素晴らしいルックスの持ち主だ。ただ単に俺が女性経験がない人生を貫いているからなのかは知らないが、個人的には百点満点。と勝手に心の中で点数をつけていく。真夏の服装が更に露出多めということもあって評価点は一気に百二十点を突破した。

 揺れる船内に三時間も居続けると猛烈な吐き気に襲われた。吐いても吐いてもこみ上げてくる吐き気。もう吐けるものは何もないというのに何かが腹から出て来ようとしている。


「西尾酔い止め飲まなかったのか」


ミネラルウォーター片手に優しい手つきで背中をさすりながらノリは問いかけてきた。ごめん。声も出せない。代わりに小さく頷く。貰った水で口を濯ぎティッシュで口元を拭いた。そのままノリに介抱されるがままなんとか眠りにつくことができた。

目的地に到着寸前のところで目が覚めたというか優しく起こしてもらった。幾分と体調は回復していた。寝ぼけた頭で辺りを見渡すと目と鼻の先に大きな島が見えてきた。その反対方向で甲高い声に混じる聞き馴染み深い声が耳に入る。どうやらノリは俺が寝ている間に女子大生グループと仲良しになっていたようだ。抜け駆けは許さないが介抱してもらった感謝としてここは見逃してやろう。

 ノリに遅れを取りながら俺も彼女たちの仲間入りを果たした。体調は全回復に近かった。

 船を降りると島のツアーガイドがやって来た。どうやら一つ目のイベントは昼食らしい。漁港で新鮮な魚をお腹いっぱい食べられるようだ。足の裏からエネルギーがこみ上げてくる。


「そうそう、それで西尾とは大学のサークルで出会ってさ、あの時こいつすごい面白いなぁって思って……」


 女子大生グループとの華やかな会話に花を咲かせて楽しんでいると第一イベントの漁港に着いた。

 海鮮が食べ放題という最高な昼食。野外テーブルにガスコンロを置いて自分たちで魚や貝、海老などを焼いて食べる形式。ウニいくら丼やマグロの海鮮丼なども食べ放題。

 しかし先程から俺はなかなか会話に入れずにいた。トークの主導権はノリが持っていた。女子四人とノリ一人で盛り上がるトークに退屈さを覚えた俺はいたずら心で会話に夢中のノリの靴紐を両足で結び合わせた。後でトイレ行くときにみんなの笑いのネタにされてしまえ。


美味しい料理に綺麗な女性たち。誰もが羨むような幸せな時間に暗雲が垂れ込んできた。ついさっきまで晴れていた空が一気に暗くなった。雨が降りそうな予感がしたが、その予感は斜め上をいくような形で大外れした。

流れてきたのは雨雲ではなく大量の鳥だった。蟻の大群のような勢いの海鳥が一斉に糞の雨を撒き散らしてきた。


「おいおいおおおい。やばいぞ速く逃げろ!!」


 そう叫びながら一目散に倉庫の中に駆け込んでいく。俺の後ろを女子大生グループがついて来る。


 倉庫まで逃げ切った直後、違和感を覚えた。ノリが隣にいない。

 先程までいたテーブルの方に目をやると地面に這いつくばって糞の雨に打たれるノリの姿が見えた。


「ノリ! 早くこっちに来い!」


 大きな声で叫んでも彼は動かなかった。地面が一面雪景色のように白く染まっていく。それに同化していくようにノリは真っ白い糞尿を打ち付けられていく。俺はただその光景を眺めていることしかできなかった。


 やがて鳥は去って行き、ノリの元に駆け寄る。


「西尾か。逃げるときに転んで足を怪我してしまったみたいだ。なんか靴紐が両足で結ばれてるんだ」


 そう言い終えるとノリはようやく靴紐をほどいて立ち上がった。


 その記憶を境にして、俺は知らない病院で目が覚めた。

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