10月17日 鯉幟

 「お前今日空いてる?」

 

 学校が終わり家に着いて親に買ってもらった新品のキラキラしたスマートフォンに先に家に帰ったであろう友人から連絡が来ていた。学校の規則でスマホは持ち込んではいけないものだから、少しでも早く家に帰って長く触りたいのだ。正直に言うと友人の誘いには気が乗らない。どうせ遊びに行ったってたいしたことはしない。きっとまた公園にでも集まってサッカーなり野球なり、いや多分最近流行ってる対戦型のゲームをするのだろう。私は上手く流行に乗れない性格だ、なので同級生がやってるレベル上げをする類のゲームはインストールするが家では一切やらないので学校に行く度に彼らとの差が開くのを感じてしまったからすぐにアンインストールしてしまった。今日も断ろう。家でTwitterやYouTubeを見たりする方がよっぽど有意義だ。そう思って彼に断りを入れようとした途端スマホがけたたましく鳴り響いた。

 

 あまりにも突然の着信音に驚いてしまいスマホを落としてしまった。急いで拾い上げ画面を見るとそこには大きく「佐藤」と書かれていた。全国で一番多い名字だが私の知り合いに佐藤は一人しかいない。高鳴る鼓動を抑え、今にも震えてしまいそうな声を抑え、深く深呼吸をしてから出る。

 

 「あ、出た。もしもし」

 

 「あ、もしもし。佐藤さんどうしたの」

 

 「いや、田中から東野山公園で遊ぼうって誘いがあって。あんたも行くのかなぁって思って聞いてみたんだけど」

 

 田中ってどの田中だ、と一瞬悩みもしたが答えは思ったよりもすぐに出た。

 

 「俺も連絡来たよ。行く、行くよ」

 

 「そっか、わかった。じゃあ私も行くね。またね」

 

 「お、おう。またね」

 

 そう言うと通話口から終わりを告げる音が流れる。

 

 「いぃよっしゃあぁぁぁきたぁぁぁ!!!」

 

 彼女と学校以外でも会えることに叫んでしまうほど喜んでいた。そして急いで田中に電話をかけた。電話はすぐに出た。

 

 「おーどした」

 

 相変わらず間抜けな声をしている。

 

 「今日。行くわ」

 

 「オッケー! 待ってるなぁ」

 

 「それとさ」

 

 「おう、なんだよ」

 

 「あのさ、佐藤さん呼んだのって、お前?」

 

 「そうだけど、まずかった?」

 

 「いや、最高だよお前。じゃあな」

 

 カバンを無造作に投げ捨てて急いで準備を済ませ思いっきり家を飛び出した。少しでも早くあの娘に会いたい。一心不乱に走り続けた。道の突き当たりに出ると目の前に川があった。左右には桜が川を覗くようにして咲き乱れていた。

 その満開の桜に私は思わず目を奪われてしまった。川沿いをゆっくりと下流に向かって歩いて行く。駅を通り過ぎ、飲み屋街を抜け、車通りが増え都会に差し掛かってきた辺りで電話が鳴った。

 

 「あんた今どこにいるの」

 

 その一言で我に返った。

 

 「今、海にまで来た……」

 

 「え、どういうこと」

 

 「いや、俺もわからない……桜を見ていたらつい」

 

 「なにそれ」

 

 彼女は小さくそう笑った。

 

 「もう早く来てよね。こっちつまんないんだから」

 

 「うん。ごめん、わかった。すぐに向かうよ」

 

 そう言って電話を切った。しかしふと我に返って今の状況を整理した。公園に向かおうとしたのになぜ今海にいるのか。そもそも何故、昼のあの時間に彼女から電話がかかってきたのか。学校で話す程度で電話したりなどしないのにどうしてなのだろうか。そう考え始めると自分がどんどん思考の沼にハマっていくような感じがした。どうにかここから抜け出さねば戻れなくなる気がした私は一本の蜘蛛の糸にしがみついた。思い込み。想像力は偉大だ。自己肯定感を高め、無いものをあるものにすることが出来る。想像とはまさにそんな力を持っている。

 私は自分の想像力に頼り、彼女は私に好意を持っていると自分に言い聞かせた。意外にも沼から早く抜け出せたが、道草を食っていた時間があまりにも長過ぎた。時刻は既に午後の5時を回っていた。急いで向かわなければ彼女が帰ってしまう。そう焦りを覚えた私は持てる限りの想像力を働かせ少しでも速く移動できるイメージをした。足の底から力が湧き上がり、全身に熱を感じ一瞬自分の体重が無くなったかと思い目を開けると目線が3メートルほど高くなっていた。宙に浮くことができた私は舞空術の如く川を一気に遡る。私が通った後には一面桜の花吹雪が待っていた。1分もせずに目的地が見えた。

 

 捉えた。

 

 私が彼女をロックオンした途端彼女も私を見た。遥か上空から隼の如く落ちる私を彼女は力強く受け止めた。

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