ひっさつのつるぎ

 遊ばれているのか・・・。


 桑藤さんめ、これが君の本性なのか?


 違うな、きっと彼女は怒っている。


 彼女は怒るとこうなる子なのか。


 さっきまでの君が懐かしいよ。


桑藤「早く、もう一回呼んで」


 俺の左腕に桑藤さんの顔が近づいてきた。


 もう君の鼻がワイシャツに擦れそうだよ。


 ・・・このままやられっぱなしでは後で後悔するかもしれない。


 今日を脳裏に焼き付けられてしまうのは俺の方かもしれない。


 舐めるなよ、桑藤さん。


 餌食になるのは君の方なんだよ。


 手玉に取られてたまるか。


 良いよ分かった。


 君がその気なら、やる気なら、俺ももう一度攻めさせてもらう。


 まず手始めに、その前進を止めさせてもらうよ。


 君は既に、俺が手に触れる事への抵抗を捨てている。


 さっきのお手手にぎにぎでそれは解っている。


 だから!


 俺の左手でッ!


 君のッ!


 右手をっ!


 おおってやるッ!


 ズキュズキューン!!


 桑藤さんがソファーに付けている右手の甲を、上から押さえつける感じで左手を置いた。


 更に、桑藤さんの眼を直視し、反撃の一声をかける。


海人「理世」


 ババーーーン!!


 桑藤さんは一瞬だけ目を大きくしたが、その後すぐ今までに無い程目を細めた。


 どうだね桑藤さん、恋人でもない男に下の名前を呼びつけにされる気分は!


 そして気付いたぞ、俺がまたいじわるを始めようとしている事を。


 さあさあ、これでお互い引けなくなったが、君はどういう戦法で来るの?


 俺を止めるつもりかい?


 それともこの空気を壊す気かい??


 それともまさか、まさかとは思うが、俺を「やっつける」気でいるのかい?


 と考えていたら、まさか、まさかだった。


 桑藤さんが一歩前進してきたのだ。


 何故だッ!?


 手はふさいでいるのに、どうやって前進できるん・・・。


 左 手 は フ リ ー で す た 。


 全然抑えられてねええええええええ!!


 そのフリーだった左手は、俺の左太ももの上に乗ってきた。


 抑えられたのは俺の方だった・・・。


 俺の真横から顔を近づけてくる桑藤さん。


 思わず目線を横に外す。


 今俺が左を向いたら、間違いなく君にちゅーしちゃう距離だねコレ。


 そして今、君がどこに向かっているのか俺には解るよ。


 君のその口をッ!


 俺の耳に近づけているんだろうがッ!!


 桑藤さんが息をゆっくりと、しかし大きく吸い込んでいるのが聞こえる。


 やめろ・・・アレはやらないでくれ頼む・・・ヤメロオオオオオオオオ!!


桑藤「彼女でもない子の名前、呼びつけるんだ、乱暴だね海人君」


 うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


 体の震えが止まらない。


 耳元で、同級生の女の子が、俺の、下の、名前を呼びながら、俺を、乱暴だと、諭してくるッ!


 こんな経験ないですううううぅぅぅぅぅ!!!


海人「ィィィッ!」


 さっき彼女の口から聞いた謎の擬音が、俺の喉からも出た。


 いや、


 出 ち ゃ っ た 。


 ・・・君は、俺にそれをやっちゃダメなのに・・・。


 俺だけの武器なはずなのに・・・。


 許すまじ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 ド ウ シ テ ク レ ヨ ウ カ コ ノ ア マ 。


 もういい、喰らえ。


 俺はゆっくり左を向く。


 君が避けなければ、このまま俺は君にちゅーしちゃうだろう。


 避けてみなさい桑藤さん。


桑藤「!?」


 体を少し浮かせて、俺のちゅーから逃れる。


 誰だってそうする、俺だってそうする。


 で す が 、


 そのおかげで俺は、君の両腕を掴みやすくなったよ!!


桑藤「!!」


 掴んだッ!!

 

 気付いたかッ!?


 でももう遅いッ!!


 君はこのまま俺に押し倒されるんだよオオォォォッ!!


 俺はスポーツ万能とか、体がガッチリしているとかではないから、力にはこれっぽっちも自信が無い。


 だぁがぁ?


 男の子である俺は、君の半体重を持ち上げ押し倒す事などたやすい事なのだよ!


 わかるよ君のこの腕、この柔らかい二の腕。


 これでは俺を押し返す事はできないッ!!


 く ら え !


桑藤「海人君・・・」


 なんと、桑藤さんは再度反撃してきた。


海人「ふっ!?」


 思わず声が出た。


 俺が受けた反撃とは、


 「両わき腹を、両手で押さえられた」


 くすぐったくもあり、でも俺の行動に反発する意思も感じる。


 何て優しく、女の子らしい反撃なんだ。


 俺は電池を抜かれたように、動きを止めてしまった。


 どうしたよ俺。


 こんなもの、全然押し倒せるぞ。


 物理的にはなんのブレーキにもなってない。


 俺が体重をかけるだけで、もう簡単に彼女をソファーに寝かせられるぞ。


 ・・・その後、俺は何をするつもりだったんだ?


  そう考えていたら彼女を持ち上げている手の力が緩み、彼女のお尻をソファーへ着けてしまった。


 俺の金髪に逆立っていたかもしれない闘争心が消えた。


桑藤「私、怒ってるんだよ」


 優しい声で教えてくれる。


海人「うん」


 なんとなくわかってました。


桑藤「今のお仕置きだったんだよ?」


 あ、やばい、桑藤さん声が震えてる・・・。


海人「うん」


 コレ、アレだ、俺の負けのやつだ。


桑藤「仕返ししてたのに」


 みるみる涙が目に貯まって行く。


 もう俺は何て返せばいいか解らない。


桑藤「どうしていいか解らなくて、私頑張ったのに、力づくで、ずるい」


 遂に、「うっ、うっ」と言う声まで聞こえてきた。


 全く文章になっていないけど、全然意味解るよ。


 俺は桑藤さんの両腕から手を放し、少しだけ迷い箸の様な動きをしてから、俺の両わき腹に置かれている桑藤さんの手を握り、彼女の膝の上に持って行った。


桑藤「もういじわるしないで」


 「ふっ、ふっ」と、泣き声をこらえてる。


 我慢してる。


 よっぽど悔しかったんだろう。


 俺はこの事態を予想していなかったわけではない。


 罪を犯す気でいたのは、これが頭の片隅にあったからだ。


 自分本位で女の子に乱暴するなんて、本当に初めての経験だった。


 これはもう世間的に言う「レイプ」でしかない。


 人生最大の罪、そうなる事もあろう事は分かっていた。


 桑藤さんが勇気を出したあの「グレイテスト・リベンジ」は、彼女のやさしさだったのかもしれない。


 相手がそう思わなければレイプではないのだけれど、その負担は尋常じゃないよって事を教えてくれていたのかもしれない。


 お仕置き、って言ってたし。





海人「ゴメン」






負 け ま し た 。

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